第28話【朝日奈雫は脳破壊する】
「という訳で恋バナをします」
「どういう訳か全く分からないんだが」
時計を見やれば既に日付を跨いでいる。
100歩譲って……というか朝日奈先輩の性格的に何も起きねーな、と判断し、同じ部屋で寝るとこまでは妥協したのだが……。
布団を敷いてからが長い長い。
まさかの晩酌2ラウンド目を挟んで、さらに手ごろなテーブルカードゲームを嗜み、ようやく布団に入ったところで、まだ寝ないという。
「だってだって、お泊りといったら恋バナじゃん」
「自分の歳考えて下さいよ、歳」
「は? まだ若いですけど何か?」
あんたさっき、大人がどうの言ってただろ……。
自分の都合の悪いことは忘れる特性でも持ってんのか。
「あ、わかった」
と、先輩が何か閃いたようだ。絶対ロクでもないことだ。
「明斗くん……さては“脳破壊”を恐れてるなぁ?」
「脳破壊?」
なんだその物騒な単語。
ハンティング系のゲームにある“部位破壊”の最上位言葉だろうか。にしても脳ミソ破壊はエグイを通り越してグロいな。
響きからしてどう考えてもR《アール》指定が掛かりそうな雰囲気満載の単語に、頭を捻っていると、1人得心いった先輩は、うんうんと頷く。
「わかる。わかるよぉ。こんなにも美しくて綺麗で可愛い上に、おっぱいまで大きな自分だけの美人上司に、他の男の影がチラつくなんて嘘でも聞きたくないよね!」
「は、はぁ……何言ってるんだこの人」
「でも安心して! この朝日奈雫、神に誓って告白するわ! 生まれて20……うん年、未だこの身体は誰にも許さず穢れてないから!」
何故か急に世界観が飛躍した。あと地味に年齢誤魔化したな……。
ん? というか、
「それって先輩、誰とも付き合ってないってこと?」
「えぇそうよ。だから君はユニコーンの如くアタシのことを――――」
「恋バナにならないじゃん」
「へ?」
俺のツッコミに先輩が唖然となる。なんでわかってないんだよ!
「先輩に恋愛経験がないなら俺の語りだけになるだけじゃんか!」
「大丈夫、アタシの好みのタイプとか、付き合ったら何したいって話広げるから」
「余計小学生の恋バナになってるわ!」
今どき……というか古今東西いつどこでも20代折り返しで、好きなタイプやら理想のデートの話で盛り上がるのは痛い。
しかもこの人、自分に恋愛経験ないの隠してもないし。
「ということで明斗くん! 君の恋バナを聞かせて欲しいナっ」
と先輩は満面の笑みで俺に丸投げしてきやがった。
なんつー無茶ぶりだ。……まったく。
恋バナ……恋愛経験ねぇ……。
「あ、もしなかったら理想のデートとか家庭とか、けっ……結婚願望とか聞かせて。そ、それでもし良かったら、君と……あ、アタシの理想を試して――――」
「えーっと……初めて付き合ったのはたしか高2で――――ん? 先輩どうかしまた?」
どうやら俺は自分が思っている以上に、社畜魂が刷り込まれているようだ。先輩の我儘なんていつものことだと、早々に割り切って自身の過去を話し始めてしまう。
だというのに、俺に恋愛経験の告白を強いてきた当の先輩がいきなり放心してしまった。
どういう感情なんだこの顔? 無……どころか心なしか青白くなってる気がしないでもない。
やっぱ酒飲み過ぎたんじゃないだろうか。
これでも社会人歴も数年は積んでいる。酒で気分が悪くなった奴の介抱も経験がある。
「お手洗い行けますか? 無理そうならコレにゲロっちゃってください」
サッと立ち上がった俺は、近くにあったおつまみを入れていたレジ袋を手に取り、受け皿とする。
飲み過ぎた時は吐くに限る。
恥や外聞なんて知らんこっちゃない。いっそのこと喉に指を突っ込んで無理矢理吐かせてやるのもアリだ。
まぁ、さすがにそこまでやる技量も度胸もないので、先輩の背中を
ただ実際に先輩の背中に触れるまで、俺はとあることを失念していた。
すなわち―――――今の彼女はパジャマ姿であること。
当たり前の話だが、パジャマ……寝巻は寝る時用の服装。いうなればもっとも身体に負担のかからない服だ。
特に夏が目と鼻の先まで迫ったこの時期は、薄手のモノが多い。
薄い生地越しに感じる彼女の体温と柔らかな肌の感触。
極めつけは腕の付け根のやや下辺り。パジャマのさらに下にある横一文字の固いナニか。その正体に意識を持っていかれそうになった寸前、
「だ……大丈夫」
「ほっ、本当すか?」
モゾッと先輩が動き、手で俺にもう良いと伝えた。
「うん……気持ち悪くなったとかじゃないから」
「でも顔まで青いっすよ」
「大丈夫大丈夫。これはお酒じゃなくて、受け入れがたい現実を突きつけられたといか、まさか逆にアタシの方が脳破壊されそうになっただけで……」
いったいどういうことなんだ。
今の数分の間に先輩の身に何が起きたのか理解できなかった。
ただわかるのは、脳破壊とはげに恐ろしきモノであることのみ。
「そ、それで明斗くんは高2の時? に描いてたイマジナリー彼女との青春ってどんな感じだったの?」
「勝手に俺を痛い奴にしないでください。ちゃんと現実に存在する女子でした」
「うぐっ」
また先輩が小さく呻く。やっぱりどこか調子が悪いんじゃ……?
レジ袋をサッと構えるが、やっぱり先輩は大丈夫と手で俺を制する。本当に大丈夫なのだろうか。
「大丈夫大丈夫。どれだけの数誰と付き合おうが、最終的にアタシが勝てば問題ない……ないんだから……」
何やらブツブツと呟く先輩。内容までは聞き取れなかったが、表情筋を殺し瞬きせずに言の葉を紡ぎ続ける様から見て呪詛の類であろう。
「あの……やっぱ恋バナなんてやめて寝ません?」
「うんん。聞く。聞かせて」
「…………なら続けますね」
と、確固たる意志を感じさせる目で促されたので、再び俺はもう遠い昔……まだ高校生だった頃の記憶を掘り起こす。
「まぁ、続けるって言っても大したことないんだけど……。初めてというか、唯一できた彼女も今思えば……いや、あの時から別に好きじゃなかったな」
「え? それってどういう――――」
「当時俺が
大学進学以降はピタリと連絡することが途絶え、住んでる街も違ったから成人式でも顔を合わせることもなかったかつての友人たち。
「高1から同じクラスで、俺を入れて男女4人のグループだったんすけど、その内の2人が付き合いだしてさ。あれ『恋人は良いぞ』とか『お前らも付き合えよ』やら『ダブルデートしよう』みたいに推されて、俺も彼女も強引にくっ付けられて……」
どっちが告白したかなんか覚えてない。なんならしなかったんじゃなかったっけ。
今思えば、あいつらは俺たちを想ってではなく、“ダブルデート”とか“カップル2組のグループ”みたいなモノに憧れや羨望感があったんだろうな。
それでも当時の俺も彼女もグループが大切で、みんな友達として好きで、義理を立てるように、あるいは現状を維持するために付き合った。
「あぁ……だからってその子が好きじゃなかった訳じゃなかったな。ただ特別ではなく、グループの他の奴らと“同じ好き”だったって訳で」
一応、恋人だし? と2で出かけたりしてみたけど、いつもの4人グループで遊びに行った時と変わらず、恋愛マンガやドラマのような甘い展開などはまるでなかったな。
「結局、俺と彼女の関係は3年の進級でグループがバラバラになったことで解消。発端の2人から何か言われることもなかったから、そっちも分かれたんじゃないかな。そんな訳で特に面白味のない俺の恋愛話はこれにておしまい」
まったく持って“めでたしめでたし”ではないが、パンパンと手を叩いて話を締めくくる。
はぁ……これでも俺の唯一の恋愛体験。大事に、というより普段は記憶の奥底に封印しているモノであるが、久しぶりに思い返してみても特段面白味なんて皆無だな。
それでも一応、先輩からのリクエストに応えるという目的は達成できたんだから、良しとしよう。
そう自分の中で結論付けた俺は、意識を外界へと向ける。
先刻まで漠然と認識していた視界が確かな像を結び、その解像度を上げていく。
どうやら大したことないと言っていたのは本当のことのようで、先輩は両膝を内側に向けた……俗に言う“女の子座り”で俺の何の足しにもならない語りを清聴してくれていた。
その顔色には血色が戻っており、ともすれば少しだけ熱に浮かされたようにすら見えた。
「えーっと、つまり……」
と、右手の人差し指を口元に当てうわ言のように呟く様は、とても年上とは思えないほどあどけなく。
「明斗くんは、まだちゃんとお付き合いしたことはないってこと?」
「ナチュラルに今の話はカウントしない判定なんすね。……否定はしないけど」
俺自身、アレが初めての恋愛だったとは胸を張るつもりはない。
彼女に“友愛”はあっても“恋”はしてなかったのだから。
いうなれば中学生高校生特有の“恋に恋している”状態だったのだろう。きっとそんな体験を積み重ねて本当の恋愛というものを知るのだろうが、残念ながらそれ以降現在に至るまで俺には縁のないことだ。
「へー……そっか。フフッ、まだなんだぁ。クフフフ……一瞬焦っちゃったけど、良かった」
先輩がそんなことを何度か噛みしめるように口にし、胸を撫でおろす。
その気持ちを共感できるかどうかはともかく、理解できないこともない。
一般的に見れば、これといって特徴のない……いいとこ中の中の見た目の俺と、訊く人の大多数が美人、可愛い、と太鼓判を押す朝日奈先輩。どっちの方が恋愛経験豊富そう? と問われて“俺”と答える人はまずいない。
その認識は
きっと俺が先輩の立場でも焦ってたと思う。そりゃ俺のしょうもない恋バナ聞いて安心するわけだ。
「なんか今日はいい夢が見れそう! おやすみ!」
「え、あっ、はい……おやすみ」
って、急だな。
思い立ったら吉日を地で行く彼女は、これからホントに寝るのか? と疑ってしまうような快活の良い声を放ち床に就く。
その様に数瞬唖然としていた俺は、正気を取り戻した後に1人ごちた。
「俺が
俺って来客だよね?
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【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
ただいま本作はカクヨムコンテスト10に参加中でございます。
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