第19話【月宮明斗は招かれる】


 土曜日の昼前。

 いつもなら休日ということで家でゴロゴロしている俺は、会社の最寄駅から電車に揺られること30分。3駅隣の街へと降り立った。

 この辺りには大型ショッピングモールもなければ、めぼしい百貨店、食べログ評価が特段高いカフェがあるわけでもないので、散策するのは片手で数えるほどである。


「『電車降りました。これから歩きます。駅から第2中方向で良いんですよね?』……っと、送信っ」


 ホームを出る前にメッセージアプリで、そうチャットを送る。1分ほど画面を見つめていたが、一向に既読が付く様子がなかったので俺はスマホをズボンのポケットにしまい、メッセージ通りの方角へと歩き出した。

 チャット履歴を遡れば、これから向かう先の正確な場所も書かれていたはずだが、一応の確認として聞いただけだから、ソチラの方は確認しなかった。

 昨日会社で会った時は駅から徒歩10以内って言ってたから、見当違い所を歩かされても、たかが知れているだろう。


「それにしても暑いな……」


 街路樹の影によって形成された影の道へと送った俺は、この異様な暑さを作り出している太陽を睨みつける。

 気温はまだ6月だというのに既に30度を優に超える日が数回観測されており、体感だと今日も同じだろうな。


 駅から歩くこと10分足らず。

 正面に大きいマンションが見えてきた。

 

「あれか」


 「近くまできたら直ぐわかるよ」とは言われたいので、俺が今日招かれたのは十中八九あのマンションだろう。

 明確な目的地を得た俺は進行方向を微調整すべく、直近の十字路を左に曲がって微調整。するとマンションの入り口が見えて来た。


 デカいとは思っていたが、セキュリティも万全なようで。

 エントランスに到着した俺は、硬く閉ざされた自動ドアの前に設置されている、ダイヤルボタンが付いたパネルを前に感心する。

 言わずと知れたオートロック。個人の部屋の鍵と合わせて二重式の鍵は安全性が担保されているが、やっぱ家賃やら諸々が高くつくんだよなぁ。

 あるいは女性が1人暮らしするには、最低限オートロックこれくらいはしないと危険なのだろうか。

 なにはともあれ、目的地に到着した俺は今日俺をここに呼んだ人物の部屋の番号を、ダイヤルボタンに打ち込む。


『はーい。どちら様?』


 電子音掛かったその声は、普段から聞いているモノと全く同じ。されど仕事が休みオフの日故か、少しばかり声色が柔らかいような気がする。


「ご飯食べに来るよう呼ばれた月宮です」

『え? あ、明斗くん? まだそんな時間じゃ……嘘!? もう12時!」


 なんか慌ててるな。

 インターホン越しにバタバタと忙しない音が聞こえる。


「あの……とりあえずエントランス開けてくれません?」

『おっと、そうだよね。うん。はい、どうぞ。アタシの部屋は5階だから待ってるよ』

「あざっす」

 

 そんな短いやり取りを終えると、エントランスの扉が開いた。

 

「さて、俺はこのダンジョンから無事に帰って来れるのだろうか……」


 少々大袈裟なモノローグを自分で添えた俺は、朝日奈先輩が棲んでいるマンションへと足を踏み入れた。



 **********



「――――明斗くん。今週末アタシの家に来てね。美味しいモノご馳走してあげる」


 いつだっただろうか。

 たしか最近の会話だ。

 朝日奈先輩は料理ができないんじゃないか? という俺の発言を気にしていた先輩から、先日そんな誘いを受けた。

 最初は普通に断った。

 うん。失礼を承知で白状するとスッゲェ怖い。

 だって先輩、絶対普段料理してないもん。どんなことでも習慣化できてないことで無理に張り切ったら大惨事になるのはお約束なのだから。


 第一、俺は“料理ができないこと”自体は悪としてないのだ。仕事から疲れて帰って来てから自分のためだけに料理して、食べて、食器片してなんて手間はしたくない。他人ひとに振る舞うならまだしも、自分だけなら妥協できる。なにより最近の総菜は上手い。

 それに料理ができないのと、飯マズは別カテゴリだろ。

 社長として会社を運営しつつ、自分も通常の業務をこなす先輩が、手間のかかる料理を習慣化できてないのは特段変な事じゃないのだから。

 そう補足しようとしたのだが……。


「アタシが仕事を理由に家事を放ったらかす、ダメな女とでも!? シズクの良妻力舐めんじゃないよ!」


 と、逆に謎の闘争心を焚きつけてしまった次第である。

 一人称が“シズク”になってるあたり、相当ムキになっている様子であらせられる。


「まぁ昼飯なら、そう凝ったもの作らないだろうし大丈夫だろう……たぶん」


 そう俺が希望的観測を見出すのとほぼ同時にエレベーターがチーン! と目的の階に着いたことを知らせる。

 先輩の部屋はエレベーターの対岸にある、いわゆる角部屋。端まで歩くのが面倒な反面、間違えて他人の部屋に入ることないのはちょっと良いな。

 なんて思考を弄んでいる内にもう先輩の家の前だ。


「押して良いんだよな……?」


 玄関扉を前。あと数センチ人差し指を前に向ければインターホンが俺の来訪を中にいるであろう先輩へと知らせる。

 が、その僅かな指の動きを行うことに躊躇いが生じた。

 

 思えば俺は女性の家にプライベートで訪れたことはあっただろうか?

 ある。

 それもガキの頃とかではなく、割と最近。といっても大学時代であるが。

 じゃあ何故、俺はこんなにも緊張をしている? 

 あぁあ……そうか。ではないんだ。

 記憶にあるのは全部サークルや学部の友達数人と宅飲みしたり、タコパしたりと……まさに性別など関係なく、一友達の家に遊びに行く感覚でしかなかった。


 しかし今はどうだ。

 社会人として未熟ながらも独立した今、1人暮らしの大人年上の女性の家にお呼ばれするというシチュエーション。

 何もないと分かっていても、男ならではの邪な思考が刺激されてしまう。


「いやいやいや。相手はあの朝日奈先輩だ。俺のことき使うし、我儘だし、たまに若い者ぶってイタイし変なことなんて怒るはずないから」


 そう自分で言い聞かせて、俺はついにインターホンを押した。

 刹那、中から呼応してチャイムが聞こえると、まもなくしてパタパタパタと走っているような乾いた音が近付いてくる。


「いらっしゃーい。待ってたよ明斗くん」

「————っ」


 中から開けられた扉より現れ、朗らかな笑みで迎えてくれた朝日奈雫先輩の姿を捉えた俺は、息を飲んだ。

 理由は明白。先輩のエプロン姿の衝撃である。

 丁度調理中だったのだろうか、先輩は淡い黄色のTシャツの上からエプロンを付けていた。

 それも胸の所に顔よりデカい真っ赤なハートがあしらわれた……創作物くらいでしかお目に掛かれないアレだ。

 ただそれが先輩に似合わないというのは別の話で……。

 結論から言えば似合っている。

 小柄な上に金髪赤瞳、なおかつ大きなハートを内側から押し上げるボリューミーな双丘は、あたかも二次元の人物をそのまま連れて来たかのような可愛さがあった。

 だが、その一方で年齢というどうしようもない現実リアルが脳裏にチラつく。

 “エモい!”という感性と“きっつ!”という理性は共存できるらしい。


「こんちわ。本日はお招きいただきー……ありがとうございます?」

「フフッ、もしかしてお姉さんのお家に初めて来て緊張してる?」

「そ、そんなことは別に……!」

「そうよね。さっ、立ち話もアレだし中に入って」


 そう促された俺は先導する先輩の背中を追って、初めて先輩のお宅へとお邪魔することになった。



 **********


【あとがき】

 

 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 ただいま本作はカクヨムコンテスト10に参加中でございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!

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