第14話【月宮明斗は残業する】

 

 AI化が進む現代。

 50年後には今ある職業の半分以上は無くなってしまう、と世間の一部では実しやかまことしやかにに呟かれている。

 なんてたってAIに失敗はないのだ。

 そりゃ故障はするだろうし、そもそものプログラムに不備があれば失敗はあるだろう。

 だがAIの仕事には人間のようなムラが限りなく無い。

 故に単純作業、反復作業の職業は真っ先にその席をAIによって奪われると言われている。


 ――――ならば人間に残された仕事とはなんだ?


 そう……創作である。

 巷ではAIイラストや大学生の卒論の代筆などで問題になったが、アレも結局元ネタや条件を指定してやらなけらば不可能なのだ。

 絵、小説、漫画、作曲……などなど。真の意味で0を1デザインにすると言う仕事だけは現段階のAIには不可能だ。


 そしてそれは俺の職業“ウェブデザイナー”にも同じことが言える。

 クライアントの指定したデザイン、仕様に沿ったホームページを始めとしたWebページを、ソースコード……俗に言うC言語の羅列によって組み上げるこの仕事。全く同じデザインや仕様でも、デザイナー毎に大なり小なり違ったソースコードになっている。

 まぁウェブデザイナーを複数に雇っている企業は、個性という名の粗を無くすために、研修過程でその企業のノウハウを教えているわけだが。


 閑話休題。


 つまりはシステムという、色々な縛りがありそうなモノでもその実は製作者各々の独創性と思考の組み立てによって個性が出る、唯一無二の作品へと昇華されていく。


 …………などと言うことがないのが現実である。


 なんてたって人によって得手不得手、さらに好き嫌いがあるのだから。どんなことだって同じことが言えるように、覚えたての手法は使いたくなるし、苦手なことは極力避ける。

 いちいちリスト化する気はさらさらないが、そもやりたくないプログラムは無意識に選択肢から除外しているし。

 その上、クライアントだって言ってはなんだがただの人なのだ。プログラミングに長けてもいなければ、高尚な芸術家であることも稀有。俺を含めて浮かぶアイディアなんて量産型もいいところ。

 よって依頼してくるウェブページはどれもゲームの2Pカラーよろしく、似たり寄ったり。そこまで技術と完成度の上限が決まってしまえばあとは簡単。1つのソースコードに対して、脳内でテンプレート化された続きのコードを選び、キーボードを叩き続けるのみ。


 もちろん、だからといって1日で何件も作れるわけではなく……大体は日毎にノルマを決めて、簡単なモノだとだいたい数日から1週間かけて製作、試運転、納品まで持って行く。


「ふぅ……うわ、もうこんな時間か」


 今日進めたいところまでを終えた俺は、何気なく窓から外を景色を除くと、夕陽が空を茜色に染めていた。続いてデスクトップの右下にあるデジタル時計を確認。

 定時15分前。割とギリギリの時間だ。


「明斗くん今日の分は終わり?」


 ギョッとしていた俺に気付いたのか、離れたデスクからそんな先輩の声が飛んでくる。 顔ごと視線をそちらへ寄せると、口を一文字に結んだまま口角を少しばかり上げた先輩と目があった。

 何か良いことでもあったのだろうか。

 デスクに肘を立てた方の掌に自らの顔を置いていた彼女は、心なしか楽しそうに見えた。


「ええぇ、まぁいつもの業務はひとまず」

「ふうぅん。アタシもついさっき終わったところ。さすがに今から別案件に手出すのも中途半端だし、もう定時までのんびりしましょ」

「そうっすね」


 丁度キリが良い所で終えているのに、変に他のことに手出して結局グダグダになるなんて目も当てられない。こういう時は深追いし過ぎないに限るのだ。

 進んだところまでのデータを上書き保存できたのを確認した俺は、パソコンの開いていたタブを閉じて、新たに動画ファイルを開く。先輩も背もたれに体重を預け寛げる体勢でスマホ触ってるし、俺も残りの時間を私用にあてることにしよう。

 と、体感ものの数分もしないうちに終業を知らせるベルが鳴った。

 同時に先輩がデスクから勢いよく立ち上がる。


「さっ、帰るわよ明斗くん。そ、そうだ! これから一緒にご飯なんてどう? たまたまタイムラインに流れて来たんだけど、近くに新しいイタリアンの料理ができたんだって。た……たまたま流れて来ただけで、アタシがわざわざ調べたとかじゃないんだけど……せっかく足の届く範囲でオープンしたのなら――――」


 と、綺麗な金髪の毛先を手で弄りながら、何故か妙に余裕のない表情で捲し立ててくる先輩。視線も合わせてくれないし、心なしか余所余所しい。

 しかしそんなことは申し出の内容に比べたら些事である。

 俺は申し訳なさから苦笑を顔に貼り付けながら、座ったまま部下思いの社長に頭を下げた。


「すみません。せっかく誘ってもらったんですけど、まだやることがあるんです」

「え? やることって仕事?」


 そこで先輩は、定時を過ぎていると言うのに俺が帰る支度を……それおどころかパソコンの電源を落としてすらいないことに気付く。


「仕事って言えばそうだけど……まぁ、半分遊びみたいなもんかな」


 言った俺はこれから何をするのか、タイムカードレコーダーから戻ってきた先輩にデスクトップを見せた。

 

「これ一昨日取ったダンス動画じゃん」

「えぇ。幾つか参考になりそうな動画見て勉強したんで、そろそろ編集に取り掛かろうかなって」


 デスクトップには先日撮影した先輩のダンス動画が、曲名ごとに名前を付けられて3種。さらに各種類に別テイク番を4つずつナンバリングした計12の動画ファイルが表示されている。

 コレらを最長1分間の尺で曲やテロップの挿入、切り抜きを行い編集し、最後に動画のタイトル、ハッシュタグを付けてアップロード1歩手前まで仕上げるのだ。


「もちろんタイムカードは先に押しとくんで心配なさらず。これはあくまで俺が残業ではない個人的な理由で残ってるだけなので」


 極論この作業は家でもできるのだ。ただ家のノーパソより会社のパソコンの方が性能が良かったり、会社ここでやった方が気分的に作業効率が上がるから残るからってだけ。

 だから先輩がもっとも危惧しそうな残業問題についての対策を口にする。

 しかし――――。


「駄目よ」


 いつになく凛とした先輩の声がオフィス内に木霊する。


「朝日奈カンパニーはクリーンな会社なの。社員に1分たりともサービス残業なんてさせられないわ 」

「サビ残なんて大袈裟な……。心配しなくてもダラダラしながら試しに弄ってみるだけなんだから――――」

「駄目なものは駄目よ。いい? タイムカードはきちっと帰る時に押すこと」


 そう言った先輩はパソコンを覗き込むために近かった距離をより一層、詰めて来た。

 真っすぐっと見据えてくる緋色の双眸が、こちらの視線を外すことを逃がさない。

 でもそれは決して威圧的ではなく、むしろ俺の身を案じてくれるような。暖かい眼差しを注いでくれていて……。


「わかりました。ならできるだけ早く切り上げられるように頑張ります」

「うん! よろしい」


 俺の返事を聞いた先輩は、満足気に大仰に頷いた。



 **********



「――――先輩、まだ帰んないすか?」


 壁に掛けられた時計が夜9時に差し掛かった時分。

 動画編集を始めてから何度目からの“伸び”をするついでに、俺は来客用のソファを大胆にも寝そべって使う先輩へと質問を投げかけた。


「んー? あ、もうこんな時間。明斗くんはあとどれくらいいるつもり?」

「まぁ……あと少しいようかなって」

「じゃあアタシもー」

 

 そんな気の抜けた返答が返って来る。

 彼女の服装は数時間前とは異なる。一言で言えば“オフ”。

 社長である朝日奈先輩の金髪カラコンが許されている時点で当然の話だが……弊社、朝比奈カンパニーは社員の服装にとてつもなく寛容である。

 直接営業に行く際などはさすがにスーツに袖を通すが、基本的に身嗜みに関しては自由。俺も先輩も私服で通勤、業務に勤しんでいる。

 が、今の先輩の格好は、そんな緩い社風の中でも一線を画す。

 

 上下セットと思しきピンク一色の無地のトップスと短パン。トップスはもはやインナーと呼んで良いほどの薄さのブラウスで、鎖骨が完全に露わになるほど肌面積が広い。

 短パンもお尻さえ隠せればいいというほどの丈しかないが、先輩ご自慢のデカケツが常人の尺度に収まることは無く……。ソファの上で身動ぎする度にお尻と足の付け根の境目がチラリと覗いている。


 何故こんな部屋着よろしくのラフな服を会社に置いてあるのか、甚だ謎であるが今現在進行形で使えてるからなぁ。


「先輩ってもしかして暇なんすか?」

「そんなことないよお? これでも社長だから大事な社員のことを労わってあげたり色々大変」

「の、割には満喫してるように見えるんだけど……もしかして会社にこんな時間まで居残ってるの楽しんでる?」

「えへへへ」

「精神が文化祭の準備で居残る高校生だ」

「え? アタシ高校生に見える?」

「お好きにどうぞ」

 

 ちなみにだが先輩は既にタイムカードを押している。なんなら1度退社したのだ。

 が、何故か帰ってきた。

 ただ1つ違うのはその手にはレジ袋が入っており、中からはおにぎりとパン、コンビニスイーツとお茶……といった、夕飯を買ってきてくれたのだ。

 その後も会社に居残っているのは、きっと俺を待っていてくれているのだろう。

 社長としての罪悪感。あるいは数時間前に言っていたイタリアンがよっぽど気になるのか。どちらにしろ俺は早く編集を済ませなければな。

 

 それから俺の作業が終わったのはさらに1時間ほど経過してからだった。


「あー……やっば。身体中ガチガチだぁ」

「お疲れ様ぁ。どう? 出来栄えは」

「ショートの編集は初めてなんで、まぁまぁって感じかな」


 立ち上がった俺はのんびりとした足取りで先輩が待つソファへと歩み始める。

 うわぁ……柔らけぇ。

 腰を下ろすと、先ほどまで座っていた椅子との座り心地の違いに、思わず感嘆の息が零れてしまった。


「やば。動きたくねぇ。目も疲れた」

「当たり前じゃない。君、今日のほとんどを座ってパソコンに向かってたんだから。せめて休憩する時は立ったりしないとダメよ」

「なんか先輩、お母さんみたいなこと言いますね」

「誰が年増よ誰が」


 “お母さんみたい”の解釈の仕方が独特だな……。


「あ、完成した動画ヤツ見ます? 比較用に幾つか作って――――あだっ」

「だ・か・ら。今日はパソコンと睨めっこし過ぎって言ってるでしょ」


 ふと思って立ちあがろうとした途端。狙い撃ちするかのように額を小突かれた。

 想像以上に強力。はたまた俺の疲労が溜まっているせいか、ボフッとソファに尻餅をつく。

 

「動画は気になるけど、今日はこれ以上君を働かせる訳にはいかないの」

「さいですか……」


 そう窘められたら反論はできず、視線のやり場に困った俺は、頭をソファの上端に預けて瞳を閉じる。

 あぁ……どっと疲れが押し寄せて来た。動きたくねぇ。

 もういっそのこと会社に泊ってしまおうか。けど家に帰った方が休めるしなぁ。

 そんなこと考えていたら、いつの間にか立っていた先輩が再びソファへと腰掛けた。


「今君のタイムカード推したから何時でも帰れるよ。

「ありがとうございます」

「……まぁ見るからに疲れてるし、ちょっとだけここで休むと良いよ」


 10分くらいしたら声かけるね、と言ってくれる先輩。

 今回はその申し出を受けることにしよう。


「そうっすか。ならお言葉に甘えて……」

「うんうん。この敏腕若手美人社長にまっかせて!」


 自信満々に豊かな胸元を揺らす先輩を見届けた俺は、身体を弛緩させ注意力を下げ、最後に再び視界を断った。



 **********


【あとがき】

 

 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 ただいま本作はカクヨムコンテスト10に参加中でございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る