第2話【朝日奈社長はたまにパワハラする】
「よしっ、んじゃ今日の報告をお願い!」
そう朝日奈社長が言ったのは、彼女が3つ目のアイスの袋を開封してからだった。
時刻は既に17時を回っている。
弊社“朝日奈カンパニー”は超が付くほどのホワイト企業なので社員全員が定時に完全退社。おそらく今日はこの報告を共有したら終わりだろう。決して仕事がないから結果的に早く帰れるわけではない……と社長は言っている。
「えーっと、今日話してきたのは以前役場から依頼をを受けた時に紹介してもらった個人経営のラーメン店と地方ボーリング場。あと2つ隣の街にある車の部品販売会社の計3社行ってきました」
今更だがウチの会社は超小規模のウェブデザイン会社だ。
といっても大手のように歴もコネもなく、当然名が知られている訳でもないので、仕事は自分の足で取りに行くしかない。
マッチングサイトなんかを利用すれば受注量は増えるだろうけど、いくらかマージン取られるのが難点だからな。
それと受注限定でネット記事制作も行っているが、あくまでメインは前者だ。
「で、結果からいえば前者2件は割と好感触。まぁ役場が仲に入ってくれたからってのが強いと思ってるんすけど」
「ふふんっ、さっすが明斗くん。いや真にさすがと褒めるべきはアタシね」
営業に行ったのは俺のはずなのに何故か自分の手柄として、ふんぞり返る社長。あんた「社長が出向くときは商談の最終詰めの時よ」とか言ってオフィスに残って事務してただけだろ。なんならそれすらせずに眠りこけてたし。
「あの時はアタシたち国民の血税でおまんま食べてるんだから、もっと奮発しなさいと思ったけど、オマケで他企業に我が社を売り込んでもらうってので手を打ったのは妙手だったわ」
「どっちかって言うと社長がゴネて無理矢理飲ませた感じの案件だったでしょ……。まさか公務員相手にあそこまで粘るとは思ってませんてしたよ。つーか社長、言葉の節々がなんか年寄りくさ――――」
「は? 誰がババアですって? 雫ちゃんまだまだ若いんですけど」
「いや若いって俺より4つ上なんだから」
「20代ですけどなにか!? なんならお肌は10代前半ですから! ハイ論破! 雫ちゃんは若いでけってーい!」
営業報告はどこへやら、いつのまにか社長は長机に乗り上げて俺に迫真の顔で、自分は若いと主張していた。
本当に若い子はそんなに若さに執着しないのでは……なんて反論をしようものならば、どうなるか……。その結果が容易に察せた俺は大人しく閉口し、首を縦に振る事でその場を切り抜けた。
まったく……社会人は時に理不尽に大して目を背けなければならないのが辛いぜ。
「社長は若いで別にいいすけど話続けますね。ざっくり聞いた感じ、ラーメン屋はシンプルにウェブサイトが欲しい。ボーリング場の方は数年前に社員が作ったホームページがあるけど、その社員が辞めて以降放置しているので改修したいとのこと」
「ふーん。つまりその2件に関しては明斗くんに任せれば良いってことね」
「ええ。プログラミングできない社長は必要ないっす」
「その言い方は
ウェブデザイン会社なのにプログラミングできる人材が俺1人って中々に致命的だと思うんだが仕方がない。数ヶ月前に色々あって急遽発起された会社なので、人員確保は後回し。
ないモノはないと割り切って仕事に専念する他ないのだ。
「じゃあさじゃあさ、君が頑張れるようにアタシが応援してあげるね」
「は?」
まさに名案といわんばかりに緋色のカラコンが入った瞳を輝かせ、社長が奇天烈なことを言い出した。
「すんません、何言ってるか分かんないんすけど」
「だーかーらー君がお仕事頑張ってる間、社長であるアタシが後ろで応援してあげるの。フレーフレーってね」
「邪魔でしかない奴だ」
「じゃ、邪魔!? この美人でナイスバディな若社長を捕まえて邪魔ですって!?」
「いや、人がソースコードを書いてる傍で騒がれたら邪魔じゃ――――グヘッ」
と、俺が言葉を紡ぎ終えることはなかった。
なぜなら怒り心頭のあまり席を立った社長が俺の両肩を大きく揺さぶり、そのままヘッドロックの体勢へと移行したためである。
「どーお? 雫社長の大きなおっぱいは? こんなナイスバディな上司が応援してくれるなんてお金払ってもできないかんねー」
「ぎ、ギブ! ギブギブ! 社長、無理……これ決まってるっ……!」
力を入れれば簡単に折れてしまいそうなほど細い社長の腕だが、綺麗に嵌ったのかがっちりと締め付けられ、中々抜け出せない。ぶっちゃけ胸の感触なんて楽しむのはおろか、感じる余裕すらない!
結局、「社長の応援は最高です!」と10回言わされるまで、俺の意識はこの世とあの世を反復横跳びする羽目になってしまった。
**********
やはり俺の予想通り今日の業務は、営業結果を社長に口頭報告するだけで終わった。
「社長、水道の蛇口ちゃんと締めました?」
「もっちろん。どこも消し忘れないわ。あ! ごめんエアコン消してないかも」
「がっつり忘れてるじゃないすか……」
ホワイト企業であるウチの会社は完全週休二日制であるため、土日にオフィスに来ることは無い。
だから今日のような金曜はより入念に戸締りを行う。
案の定稼働し続けていたエアコンに2日間の停止命令を下し、ついでに他の電子機器も再度確認。
…………よし。
「オッケーっす。タイムカード押しますね」
「はーい」
最後に社長と自分の分のタイムカードを押して、正真正銘今週の仕事が全部終わった。
鍵を掛け踵を返して社外へと通ずるエレベーターへと向かう社長に続く。
「んんんー! 今週も頑張ったー」
下階から上がって来るエレベーターを待っていると、隣で社長が大きく伸びをした。
小柄な体をめいいっぱいに伸ばし、一気に脱力した様は知り合いという贔屓目を抜きにしても“できる美人OL"を漂わせている。
実際は今日なんてオフィスでいつ来るかも分からない、電話当番してただけなんだけどな。
贔屓目を抜きにした方が様に見えるとはこれ如何に。そんな適当な思考を頭の片隅でこねくり回しつつ、俺はこれからの予定に漠然と組み立てていく。
「とりあえず今日取ってきた案件は来週の水曜までに第一試作仕上げて、車会社の方はこっちの意見まとめてまた来週末に伺いに行きましょうか。アポお願いしても?」
「それで良いんじゃない。月曜に改めて話して火曜にはメール送っちゃおか」
そうこうしている内にチーン! という音と共にエレベーターが到着する。
ゆっくりと開かれた扉の先には誰もいない。2人悠々と入って1階のボタンを押す。
丁度いい時間帯だったのか。あるいは他の階の人たちはまだ仕事なのか、俺たちを乗せたエレベーターは途中停車することなく1階へと着いた。
外へ出ると車や人が話す声など様々な音が溢れかえり、まるで先刻までとは別の世界にやってきたような感覚に襲われた。
夏の音を感じさせる5月末の空は見事なほど美しく茜色に染まり、見えているだけで今日も1日頑張ったと思わせてくれる。
疲れたし、そっそと帰って土日は仕事のことなんて忘れて1人でのんびりにしよう。
「んじゃ、社長お疲れ様――――」
です…………そう俺がたった1人の同僚兼上司に別れの挨拶を告げようとした刹那のことである。
右肩にバシッという衝撃が走った。
見やれば社長の手が肩に乗せられている。
「…………」
何も言わず……何を言って良いのかわからないまま、視線を社長の方へと向けると、ニッコニコとしか形容できない満面の笑みを称えた美人さんの顔があった。
が、花も恥じらうような可憐な容姿とは裏腹に、その簡単に折れてしまいそうなほど細い手には、“逃がさない”という言外の言葉が込められていて、
「明斗くん――――飲み、行こっか」
「え……?」
突然の申し出に間の抜けた声が漏れた。
「飲み、行こっか」
聞こえなかったの?
そう言うように再度、誘ってくる社長。
「いや俺今日は疲れてて、もう家でゆっくりしたいなぁ……とか――――」
「飲み、行こっか」
「えっとその…………」
いつの間にか社長の手は俺の両肩を掴み、物理的にも逃げることも困難。さらに1歩、笑顔にしては些か圧を孕んだ笑みの社長が俺との距離を縮めた。
「飲み、行こっか」
もはや、俺にノーという選択肢は用意されていなかった。
**********
【蛇足】
今回、本シリーズ初投稿日のため、プロローグ投稿日の同日12月16日(月)、21時40分にも1話ずつ投稿するので、3話まで読んで読書継続の可否を判断してもらえたらな、と思います。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
ただいま本作はカクヨムコンテスト10に参加中でございます。
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