俺をヘッドハンティングした憧れの先輩、実は残念美人でした
夜々
第1章
【プロローグ】
――――営業は仕事の基本である。
世の中には様々な業界があり、それぞれに数えきれないほどの企業、会社がある。
ただそのほとんどの会社内にはさらに細分化された業種が存在する。
事務、現場、経理、人事、製造ライン……そして
学生時代、教師や親に散々言われた「将来何になりたいか考えなさい」は、
税理士や銀行員になって大きなお金を動かしたい。
あるいは現場や製造ラインに携わって手に職をつけたい。
はたまたパソコンを扱い、朝から晩までプログラミングをしていたい。
人の数だけ人生があって、俺なんかにはそのどれもを否定する権利も、するつもりもない。むしろ素晴らしいことだと思う。
だけど大体の会社では初めから望みの職種、働き方ができることは少なく、大抵は営業部に回されることからがスタート。
自分たちが相手にしている
改めて言おう――――営業は仕事の基本、だと。
ただ1点。これだけは譲れないということがあるとすれば…………。
――――――――夏場の営業はクソだ。
「あっちぃ……」
5月の末だというのにギラギラと太陽が照り付ける今日この頃。
10数年前から再三にわたり言われ続けて来た、地球温暖化問題が着実に進行していることを感じながら、俺“
就職祝いにと親からプレゼントされたお気に入りの腕時計を見やれば、午後4時を回ってる。
マジかぁ。
時刻を確認した目が自然と上を向くと、随分と前に南中を果たした太陽が西の空にあった。もう陽が沈みだしてるってのに、まだこんなに暑いのかよ。
大学卒業から3年目の社会人ライフ。去年まで私服でオフィスワークに準じていた
陽光を浴びで熱をこれでもかと吸収する黒のジャケットは、燃えてるんじゃないかと錯覚するほど熱く。額から滲み出る脂っこい汗は、先ほどから拭いても拭いても留まる事を知らず湧き出てくる。
「早く帰りてぇ……あぁ……コンビニ寄んないといけないんだった……」
野暮用を思い出し目に付いたコンビニ入る。
自動ドアが開き、俺が入ってきたことを知らせるささやかな音楽が店内に流れる。
外とはまるで別世界のように冷房が効いた店の中に、俺の口から自然と安堵の吐息が零れ出た。
**********
「ただいま帰りましたー」
営業から帰ってきた俺の声が狭いオフィスに響く。
「お疲れ様」の労いの応えを期待をしていなかったと言えば嘘になるが、今はそれよりも一分一秒でも早くジャケットを脱ぎたい気持ちが勝っていた。
慌てるようにジャケットを脱いでハンガーラックに。
「うっわ。汗でベトベト……シャツも脱ぐか」
汗染みというか、水ぶっかけられたのかって言うくらい中に来ていたシャツが湿ってた。これだけ汗掻いてたら臭くもなってるだろうし、まったく……これだから夏の外回りは嫌なんだよ。
あらかじめオフィスのロッカーに用意していた着替えを取りに行く道すがら、来客用にと置いているソファに寝転がっている人影が視界の端に映った。
その存在を認めた俺の視線の焦点がソファへと固定される。
フリルの付いた奇抜な髪留めを使い、鮮やかな金髪を頭の後ろの方で小さなツインテールにしていることを除けば、至って普通のどこにでもいるような女性だ。
…………いや、彼女の年齢を考えればツインテールはちょっと厳しいし、金髪というのも少しばかりアブノーマルの可能性はあるが。
「女子の中でも背低い方なんだよねぇ」と自称していた身体をソファにすっぽりと納めた彼女は、身に纏っているワイシャツの皺など構うモノかと、身長に反比例するかの如く成長が著しい豊満な胸を穏やかな呼吸に合わせて上下させている。
――――“
俺の大学時代の先輩にして唯一の同僚。そして新進気鋭の我が社、“朝日奈カンパニー”の社長である。
そう、社長なのだ。
このだらしなく涎を口から零しながら就業時間中に堂々と眠りこけているコレが。
人がクソ暑い中外回りに出ている時に……という気持ちを理性で制止、俺は膝を折って朝日奈先輩の肩を揺する。
「先輩起きて下さい。今日やるって言ってたノルマ終わったんですか?」
「うにゅ……ん? んんんんー、あとさんじゅっ……ぷん……」
「どんなけ眠るつもりだよ!?」
こういうのって普通「あと5分」とかじゃないの?
しかし、俺がツッコんでいる間にも先輩はふにゃりと表情を緩めて、再び夢の世界を飛び立とうとしている。
そうはさせぬ! 先ほどより力を込めて先輩の肩を揺すること数分。ようやく先輩が上体を起こしてくれた。
「ふわぁ……明斗くんおはよー。あとおかえりー」
「はい、ただいま帰りました」
欠伸を豪快に噛み殺した先輩が、それまで頑なに閉ざしていた瞼を持ち上げる。
切れ長の双眸が俺を真正面から見据えた。
寝顔はあどけなかったが、鋭い目にシュッと鼻梁。リップを塗っているのかぷっくりとした唇によって、先輩が大人の女性なんだと再認識させられる。
そう思ったのも束の間。クシャっと音が聞こえそうなほど表情を崩した先輩は、まるで子どもが親にモノを強請るかのように開いた両手を差し出した。
「明斗くん頼んでたアイスー」
「あの先輩。俺、お遣いじゃなくて営業に行ったんですよ?」
「うん。知ってるよ」
当たり前じゃん、とでも言いたげな至極真面目な声色。じゃあその手は何なんだ。
「あ……もしかしてアイス買ってきてくれなかったの!?」
「いやちゃんと買ってきましたけど」
「なんだぁ、驚かさないでよー。さっすが明斗くんっ」
帰りにコンビニで買ってきたアイスを袋ごと渡すと、先輩はさっそく中からアイスを1つ取り出して封を開けた。ちなみに先輩から頼まれていたのは1つではなく3つ。まさか一気に全部食べないよな? と思ったが、1個目の大福の皮でバニラアイスを包んだ2個入りの奴の片方を一息に口に含んだので、そのまさかなのかもしれない。
「んんーん! 冬に食べるのも良いけど、やっぱ暑い中頑張った後の食べるアイスは格別だねぇ」
「あんた外出てないでしょ……先輩にとって俺の営業の結果よりアイスの方が重要なんだ」
「え? そんなわけないじゃない」
「ホントかなぁ」
「ホントホント。むしろ結果を直ぐに聞かないのは君を信用してる証拠だかんね。あ、あと仕事中では先輩じゃなくて、しゃ・ちょ・う!」
「はいはい、わかりましたよ社長」
信用ねぇ……なーんか上手いように口車に乗せられている気がしないでもない。
おそらくそんな考えが顔に出ていたのであろう。
「しょうがないなぁ明斗くんは。ほらこっち向いてアーンして」
「こ、こうです――――んがっ!?」
先輩……もとい社長の言葉に言われるがままに口を開けた刹那、口内にデカくて柔らかい塊が放り込まれた。
モチモチの舌触りのをソレを歯で潰すと、中から冷たくも甘いミルクの味が飛ぶ出てくる。
「外回りお疲れ様。これは私から君へのご褒美だよ」
そう言って至近距離まで顔を近づけた社長に妖艶な雰囲気を纏ったウインクを送られる。
「さっ、座って。ゆっくりしながら今日の成果を聞きたいな」
「…………わかりました」
これは妖艶さを兼ね備えつつも子どもっぽくお調子者な社長と、そんな彼女に振り回されることに辟易しつつも楽しんでしまう、チョロくて馬鹿な
**********
【蛇足】
私事ではありますが、2度目のカクヨムコン参加となります。
コンテスト期間中に完結を目指して執筆していくので、お読み頂けると嬉しい限りです。
また今回は本シリーズ初投稿日のため、プロローグ投稿日の同日12月16日(月)、17時40分と21時40分にも1話ずつ投稿するので、3話まで読んで読書継続の可否を判断してもらえたらな、と思います。
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ
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