第28話 暴かれる真実

 三十分後――


 真一の自宅の前には、スーパーマツナガの社用車であるライトバンが停まっている。そして、自宅の居間にはスーパーマツナガの店長である敦がいた。真一たちと相対あいたいし、亜希子の隣のソファでふんぞり返っている。

 敦は、ダークオリーブのタータンチェックのネルシャツにデニム姿。居間に入ってくるまでは、その上に「スーパーマツナガ」のロゴが入った紺のエプロンをしていたが、今はそれを脱いでいる。


「店長、ご足労いただいて申し訳ございません」

「いいよ、いいよ。高木(亜希子)さんが謝ることじゃないでしょ。で、一体何なんですか、これは。仕事中に呼び出されて、迷惑極まりないんですが」

「急なお呼び立て、申し訳ございません。亜希子の夫の真一と申します」

「はぁ。あのねぇ、高木さんのお願いだからこうして来たけど、大した用じゃなかったら、場合によっては業務妨害で損害賠償を請求しますから。分かってんの?」


 薄ら笑う敦。その隣では亜希子が口元を手で隠しているが、ニヤけているのがはっきりと分かる。しかし、真一に動揺した様子はない。


「店長さん、はっきりお聞きします。私の妻と不倫関係にありますよね」

「はぁ? あるわけないでしょ。それは何か証拠でもあんの?」

「それでは、こちらをご覧ください」


 先程同様、ドライブレコーダーで録画された動画をノートパソコンで再生した。顔色の変わる敦。


「店長、これって取引先の帰り道、私が気分悪くなった時のものですよね」


 敦の動揺を察した亜希子が助け舟を出す。


「あ、あぁ、そうだよ」

「で、私がダウンしてしまったので、仕方なくホテルで店長に介抱してもらったんですよね」

「そ、そうだよ! 思い出した! あの時の映像か! 旦那さん、勘違いさせてしまって悪いけど、そういうことなんだよね。奥さんに手を出したりなんてしませんよ。私も店の責任者ですし」


 敦と亜希子が顔を合わせて笑い合う。


「では、何もなかったと。そう言い切るのですね」

「ウソは言っていませんよ」

「正直に言ってください。ウソだったら、反省なしと見なしますが……もう一度聞きます。妻と不倫関係にありましたね?」

「だから無いって言ってんだろうが!」


 顔を真っ赤にして大声を上げ、怒りをあらわにする敦。


「ねぇ、これ以上店長を巻き込んで迷惑かけるのやめてよ。私、働けなくなっちゃうよ」


 亜希子はしれっとのたまう。


「……わかりました」


 真一はバッグから自分のスマートフォンを取り出し、電話をかけ始めた。


「…………もしもし……はい、入ってきていただけますでしょうか。はい、お願いいたします」


 通話を終える真一。


「ゲストをお呼びしました」


 ガチャリ


 誰かが家の中に入ってきた。その人物の気配が居間に近づいてくる。


「! り、涼子……」


 敦の妻である涼子だった。ソファに座っていた沙織が立ち上がり、涼子をそこへ誘導する。目の前に座っている妻の姿に、動揺が隠せない敦。亜希子は状況がつかめず、キョロキョロしている。一方、涼子は無表情だ。


「それでは、店長さんの奥様を交えて、もうひとつの映像をご覧いただきます」


 真一はノートパソコンに保存されていたもうひとつの動画データを再生した。


「ヤダ!」

「ウソだろ……」


 亜希子と敦は驚きを隠せない。興信所が撮影した公園の駐車場での行為が鮮明な映像で映し出されているのだ。ノートパソコンのディスプレイには、背徳の快楽に溺れるふたりの表情がはっきり映っていた。


「私、ふたりに言いましたよね。正直に言えと。ウソだったら反省なしと見なすと」


 唖然として言葉のない亜希子と敦。


「もう全部正直に話してください。関係はいつからですか?」


 真一の問いに、亜希子も敦も答えられない。


「いつからですか?」


 再度問う真一に、亜希子が重い口を開いた。


「この時が初めてです……」


 それに呼応するように敦も口を開く。


「あの……最初のホテルに入る映像は……本当に奥さんが気分を悪くして、介抱のために……」


 敦の言葉に、小さくため息をついた涼子。

 真一はバッグから紙の束を取り出し、ローテーブルの上に広げる。


「正直に言えと、私何回言いましたか?」

「!」

「!」


 真一が広げた紙の束には、LIME(チャットアプリ)での亜希子と敦のやり取りが印刷されており、そこには言葉では表現できない目を覆いたくなるような写真もあった――


『浮気相手の男に股開いてピースサインして、馬鹿じゃないの!?』


 ――あの時、美咲が見た写真ももちろん含まれている。


「え? な、なんでこれが――」

「あの時、美咲が撮影したものだ」


 驚く亜希子。


「え、いや、だって、あのスマホは壊して――」

「クラウド、って知ってるか?」

「クラウド?」

「美咲のスマホは確かに壊れた。でもな、あの時撮影した写真は自動的にインターネットを通じて外部のサーバーにも保存されるようになっていたんだ」

「…………」


 亜希子は唖然としている。

 さらに真一は別の写真が印刷された紙を見せる。


「!」

「!」


 亜希子も敦も顔が真っ青だ。

 その紙には、ふたりの性的行為の映像が印刷されている。どうやらホテルなどで写真や動画を撮影したもののようだった。どれも見るに堪えないような直接的な場面の映像ばかりで、沙織は娘である亜希子のあまりの痴態にそれらを直視できず、口元を手で押さえて顔をそむけた。


「亜希子、君は何年か前に美咲と写真をやり取りしたことがなかったかい?」

「え……?」

「君のスマホも、撮影したり保存したりした写真や動画が自動的にクラウドへ保存されるようになっていた」

「それが何でここに……」

「その保存先、美咲と『共有設定』していただろ。覚えているかい?」

「!」


 驚く亜希子に、真一は怒りの表情を浮かべる。


「笑顔の美咲が写っている楽しそうな写真と一緒に……こんな写真や動画が山程保存されていたよ!」


 バンッ


 ローテーブルの上に並べられた写真を叩く真一に、ビクッと怯える亜希子。


「お前たちの不倫期間は一年半以上に渡る。LIMEのチャットの情報、写真や動画のクラウドへの保存日時の情報で全部明らかになってる。もう知らぬ存ぜぬでは通せないぞ」


 顔色が真っ青の亜希子。

 しかし、敦が怒りに顔を歪めながら、ソファにふんぞり返って叫んだ。


「知るか、ボケッ! 何か文句あんのかよ! 何だ、金が欲しいのか? この貧乏人! いいぜ、払ってやるよ。百万か? 二百万か?」


 自暴自棄になったのか、いやらしい笑みを真一に向ける敦。

 そして、その矛先を妻の涼子へも向けた――






----------------



<次回予告>


 第29話 狂える背徳者



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