第15話
スライムとの戦闘から数日、俺は森の奥に向かって進んでいる。そろそろ戻ってもいいかなと思うが再び人間と鉢合わせになる可能性を思うと踏ん切りがつかない。
あまり代わり映えのない森の景色を眺めていると真っ直ぐに伸びている木が増えてきたように感じる。木の幹も太く背が高くなってきているようだ。木々の間隔が広くなり灌木や草が減ってきている。歩きやすいところだ。
この体は食べる必要がないので採取することはしないがたまに地面にキノコが生えていたりする。こういったものを食べる生き物がいるんだろうなと生態系に思いをはせる。
やがて少し開けた場所に出る。倒木がいくつもあり青空が見える。倒木を調べてみると腐っているものがあったり真新しいものがあったりと倒れた時期は一致しないようだ。
腐っている木にはいも虫がいたりキノコが生えていたりしている。その中に焦げ痕があるものがあった。山火事ではないよな。数本だけというのはおかしい。落雷だろうか?落雷だったら縦に裂けているか。木の根本付近が焦げて炭化している。人間がやったのだろうか。こんなところまで来ているのか?
さらに調べていると鋭い爪でひっかいたような痕がついているのを発見した。動物?火を使う動物がいるのか?この世界ならいるか。雷をだす鹿がいるくらいだ。そんなに珍しくもないのだろう。このまま探索すると接触することになるか。太い木を倒せるぐらいだ。相当に強い相手だったら戦うのは危険か。
などと考えていると魔力を感じた。威圧的な魔力だ。どうやら縄張りに入られて頭にきているらしい。どこから来ているのか探ってみると森の奥の結構遠いところからだ。これだけ距離があるのに気づいたのか。
相手はこちらを警戒しているのかゆっくりと近づいてくるのが気配で分かった。俺の方も魔力を高めながらゆっくりと歩み出す。逃げれば追いかけてくるだろう。いままでの経験から正面切って戦うのがこの世界の流儀のようにも思える。
森の中に入りしばらく進むと相手がこちらに近づいてくるのが見えた。大きな熊だ。四つ足をついて歩み寄ってくる姿は大きさはわかりにくいが前世で言うならヒグマぐらいの大きさかもう少し大きいように思える。
毛並みは黒褐色を基本として所々赤色の毛が目立つ。5メートルぐらいの距離を置いて相対する。熊は二本足で立ち上がると腕を広げる。咆哮を上げこちらを威嚇する。立ち上がると3.0メートル近くある。でかいな。威圧感も相まってなおのこと大きく感じられる。熊は威嚇が終わると四つ足で地面を踏みしめいつでも飛び出せる体勢をとる。
にらみ合いが数秒続くと俺はこちらから仕掛けることにした。足の裏に土の魔力を収束させ踏み込む。地面を伝わった魔力は熊の下の土を円錐状の槍にして突き上げる。
―土隆槍!
土の槍は熊の腹部に迫るが直前で体をひねって躱される。熊は躱した体勢から滑るようにこちらに突進を仕掛けてくる。
速い!
こちらも魔力を体に込めて後ろに飛ぶがスピードは相手の方が上か。追いつかれそうになったので上に飛び木の幹にカエルのように張り付く。手のひらや足の裏の土の粘度を調節するとこんなこともできる。
しかし、熊も垂直に跳んで同じ高さまで迫ってくる。爪による振り降ろしの攻撃がくる。とっさに隣の木に飛び移り躱す。あの巨体であそこまで跳べるとは。元居た場所は爪により深くえぐれている。本来のフィジカルの高さに加え魔力による強化も高い。防御力もイノシシより高いと推定する。雷魔法の貫通力が頼みになりそうだ。
木の上から相手の出方をうかがっていると熊は魔力を高めだした。いままでに感じたことがない魔力だ。
どんな魔法だろう?
すこしわくわくしている自分がいる。気を引き締めないと食らってしまいそうだ。熊は思い切り息を吸い出した。吸っている空気は魔力を帯びているためか周りの空気と屈折率が違うのか揺らめいて見える。空気に干渉する魔法か?などと考えていると息を吸うのを止めた。
来るか?
身構える。熊がこちらに向かって口を大きく開け息を吐き出すと黄色味を帯びた炎が発生する。火炎はやや放射状に広がりながら真っ直ぐにこちらに伸びてくる。木の幹を足場にして飛んで避ける。熊の上を飛び越えて背後に着地するが熊はすぐに炎を吐き出したままこちらに向き直り追撃してくる。
俺はバックステップで距離を取る。魔法である限り飛距離が伸びると魔力が拡散して威力が落ちる。距離さえとれれば魔法はそれほど怖くはない。などと考えたのがよくなかった。
炎は俺の眼前で壁のように広がり視界を覆う。その炎の壁を切り裂くように熊の爪が横薙ぎに顔面を襲う。熊はこちらの視界がふさがった一瞬で距離を詰めていたようだ。魔力を含んだ炎により視界だけでなく気配までくらまされた。十分に魔力の乗った一撃は兜のアイガード、頭蓋骨を砕き、魔石製の両目をえぐって吹き飛ばす。視界を完全に奪われた。後ろに下がりたくなるのをこらえ前に出る。両目を吹き飛ばされながらも魔力を練り“雷閃”を握る。
― 一式・雷迅角!
電子の固まりを纏った刃は熊の胸のあたりから肩を刺しつらぬく。痛みに耐えかねたのだろう。熊はのけぞりながら叫び声をあげる。痛覚があったら反撃は無理だった。そのまま押し切られていたかもしれない。なんとか痛み分けに持って行けたか。
差し込んだ刀にさらに魔力を込めて切り裂いてやろうとする。追撃を察知した熊は短めの足で蹴りを放ってくる。腹部にまともに食らい後ろに吹き飛ばされる。当たる瞬間に亜空間に刀をしまい、栓を失った熊の傷口から血が吹き出る。
俺は顔面の失った部分に土を盛りコアを移動させて視界を確保する。コアから熊を直接見ると熊は少し驚いているようだった。その様子を見て若干溜飲が下がる。その間にも熊は魔力で傷を回復させている。かなりの再生速度だ。回復中に追撃を行おうと考えたが断念する。とりあえず距離を取って様子を見る。
傷が回復したのだろう。相手は再び魔力を高め息をする。また炎による目くらましから接近戦を仕掛けてくるつもりか。今度こそ仕留めるという意思を感じる。ならその勝負に乗ってやろうじゃないか。じっと相手の準備が整うのを待つ。
やがて熊は炎を吐き出してくる。それと同時に俺は手のひらを炎に向けて水流を放出する。炎と水流は同じ軌道上、熊と俺の間で衝突する。魔力を帯びた炎と魔力を帯びた水が交わると爆発が起こった。狙い通り水蒸気爆発が起こる。さすがにこれは予想できなかっただろう。予想外のことが起こったら知能があるなら自然と警戒して動けなくなるだろう。俺は爆発を迂回するようにすでに動いている。
今度は逆に俺が熊の死角をついて熊の横から攻める。右手に“雷閃”を握る。わき腹から入って心臓に向かうように突きを放つ。直前で気づいた熊は体をひねり避ける。避けられたが体勢はくずれた。
立て直す隙を与えないように追撃を行う。手数を増やすために左手に“銀翅”を出して二刀流にする。二本の刀を変則的に繰り出して切りつけていく。熊に反撃させないようにフェイントを混ぜ変幻自在の攻撃を繰り返す。魔力を十分に載せて切りつけるが毛や皮膚が恐ろしく硬い。毛を切り飛ばしうっすらと皮膚を切り裂いていくが致命傷にはほど遠い。それでもいくらか出血はさせている。連撃の合間に時折、熊から反撃の爪攻撃が来る。しかし、体重も魔力も乗っていない苦し紛れの攻撃。手甲や切り払いでいなしつつ切りつける。そこでふと違和感に気づく。
いつの間にか防御力が弱くなっている?
切りつけるときの反発が軽くなり出血量が増えている。
魔力切れか?、、、いや、火魔法か!
熊の体の周りに屈折率が異なる空気の層ができている。直前で気づくが遅かった。熊は歯をガチッと噛み鳴らすと爆発が起きる。爆風で吹き飛ばされて距離を取らされる。空気中に可燃ガスを混ぜて溜めていたらしい。どうやらメタンガスかなんかを操る魔法のようだ。魔力防御は中途半端になったがそれほど魔力を込めていない攻撃だった。地面に背中から叩きつけられるがダメージは少ない。
体勢を立て直して向き直る。熊の方は回復をしている最中か。傷が治癒されて塞がっていく。確かにダメージを与えているはずだが手応えがあまり感じられないな。脳か心臓を狙いたいところだな。
お互いに出方をうかがっていて膠着状態に陥る。考えを巡らせる。自分のアドバンテージはなんだろうか?、、、やはり亜空間殺法だろう。魔力は物質に干渉できるが魔力で物質を作り出すことはできない。亜空間にいくらでも物質を保管できるのが最大の強み。遠慮なく使っていこう。腹が決まると戦略も浮かんでくる。こちらから仕掛けることにしよう。
刀を仕舞う。まずソフトボール大の水弾をいくつも作り放物線を描くように熊に向かって放つ。熊は一瞬、上空の水弾に気を取られる。その隙に魔力を込めた足を踏み込み土に魔力を流し込む。
―縮土陥凹!
熊の足下の土が50センチメートルほど一気に沈む。一瞬だが熊は宙に浮いた状態になる。その高い身体能力も浮いた状態なら無意味。その一瞬を狙って土魔法の発動と同時に俺は駆けている。熊に高速で接近しながら亜空間から水を出し圧縮しながら一抱えもある水球を作り出す。水球を熊の腹に押し当てて圧力を解放。熊を吹き飛ばす。吹き飛ばされた熊は何度かバウンドして木にぶつかって止まる。俺はそこに落下しながら迫っていく。水球を解放したとき姿勢を制御して空中に飛ばされるように調整したのだ。空中で水魔法を使いバーニアのように噴射して姿勢をとり“白剛鬼”を構える。バーニア制御を続け落下位置を調整して熊の上に落下していく。最高のタイミングを計り熊の脳天めがけて全力で振り下ろす。
―二式・天水貫撃!
肉厚の刃は熊の頭頂骨を割り砕き脳の表面まで食い込む。そこに一拍遅れて刃の峰に水の固まりがぶつかり刃を脳まで押し込む。確実に脳を破壊したはず。手応えを感じた俺は刃を引き少し後ずさって距離を取る。構えは崩さずに様子を見る。
しばらく待ってさすがに死んだかと思い構えを解こうと刀を下げる。その瞬間、死んだと思った熊が起き上がり突進してきた。とっさに刀を横向きにかまえてコアをかみ砕こうとする熊の口に噛ませる。ガードはできたが後ろに倒れ込む。地面に押し倒された格好になった俺は熊を押しのけようとするが体格差で押し切られる。熊は“白剛鬼”をかみ砕こうと牙に魔力を込めてくるので対抗して魔力を込める。膝から棘を出して相手の腹部に突き立てるが魔力も勢いも乗らない攻撃では効果はないようだ。熊は怯むことなく攻めを継続する。あがいているうちにも熊の脳は再生を始めている。
なにっ! そこまでできるのか!
これは首を切られても再生できる説が現実味を帯びてきた。だが感心してばかりもいられない。熊は致命傷の再生をしながらも攻撃にも魔力をさいている。命がけで攻撃をしながらも自身の生存を諦めていない。ここが正念場と定めてギリギリまで出し尽くすつもりか。こちらも生半可な攻撃では押し切られる。抵抗をしながらどうするかと考える。“白剛鬼”にひびが入り始める。
そういえば兜に仕込んだサブウエポンがあったな。正直、動作確認はできていないのでどうなるか不安ではある。亜空間内でシミュレーションしようとしても解析不能だったいわく付きだ。まあ実践で試すしかない代物だ。今使ってしまおう。
俺は腹をくくるとポニーテールのような兜飾りに魔力を流す。サソリの尾のように持ち上がり先端につけた紡錘形の飾りを直りつつある熊の割れた頭部に向ける。魔力を振り絞りサソリの針を熊の脳に突き立てる。先端の飾りには例の魔石が仕込んである。魔石に刻んだ雷魔法を使い起動させる。予想では魔力の暴発が起きるはずだ。カウントダウンが始まる。
5、、、4、、、3、
カウントの途中で爆発が起きる。熊の頭が吹き飛び“白剛鬼”もへし折れ、割れ、砕ける。こちらの頭も吹き飛んだ。直前にコアを体の中にしまいこんでよかった。頭はないが頭の中に直前のタイミングで警報が鳴り響いたので緊急回避を行っていた。危ないところだった。
爆発の規模はそれほど大きくはない。しかし、威力はかなりのもの。爆発に巻き込まれた物体は粉々になり跡形もなく破壊されている。これは危険だ。いままでコアが警報を発することなんてなかった。この威力をみればそれも納得だ。魔力暴発を利用するのはやめておこう。
とりあえず撤収を始めるか。残りの魔力もだいぶ少なくなっていることだろう。まず俺の体の上に乗っている熊の遺体を亜空間にしまう。吹き飛んだ頭を土で作り直して起き上がる。最後に無残な姿をさらしている“白剛鬼”の残骸を回収してその場を後にしようとする。
すると昼間なのに急に暗くなった。なんだ?と思い上を見る。そこには巨大な生物が空中に浮かんでいた。
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