第9話 Ⅹ 討伐隊、逃走

完全に囲まれているな。一点突破して逃げるのが正解なんだろう。ただこの世界の人間との貴重な接触機会だとも思う。とにかく情報が欲しい。覚悟を決めてその場でじっとして出方をうかがう。


(なぜ動かない。気づいていないってことはないだろう? )


サリューは相手がまったく動き出そうとしないのでいぶかしく思っているがこのままでは進まない。魔力波で信号を送り包囲網を狭めていく。とうとうお互いがはっきりと見える位置まで近づいてきた。


六人はその異形に気圧されそうになる。一見すると土でできた等身大の人形といったところ。だがその顔の中央に鎮座ちんざする深紅の宝石は今までに感じたことのない異質な気配を放っている。


その存在はこちらに敵意を向けるでもなく悠然とたたずんでおり、人型であることも相まって一層不気味さをかもし出している。


通常、魔物と対峙たいじした時のような攻撃的な魔力の気配を全く感じない。潜在的な魔力量は想像よりむしろ低いのかもしれないと感じ始めている。


不気味ではあるが恐ろしさは感じない。サリューは心を落ち着けると正面から近づいて行った。


囲んでいるのは六人。顔をぐるりと回して一瞥いちべつした後、記録した画像の分析を高速で行う。


一際ひときわ魔力の反応が大きい赤髪褐色肌の女性。目は黄色。多分リーダー格。一番魔力が活発に動いていた。なにかしらの方法で指示を出しているのかもしれない。あれは耳か? 放射状に逆立てたような髪の毛の間、猫とか狐とかいった耳に似たものが生えている。獣人じゅうじんというヤツだろうか。


ジャックス部の仲間、山下君がこういうの好きだった。割れた腹筋が見える。胸当てとショートパンツの出で立ちで手甲と脚甲を身につけている。腰の後ろにはベルトで吊るしたダガーが一本。近接ファイターのようだ。


一番背が高いのが金髪の男性。長い金髪を後ろで縛っている。目は灰色。長めの直剣をさやから抜いて右手でかまえている。革の軽装鎧。


三人目は茶髪のショートボブの女性。目も茶色。革の軽装鎧。腰のホルダーに左にショートソード、右に水筒をつけている。


四人目は三人目と容姿がよく似ている。ショートの髪を後ろで縛っている。双子姉妹かな? 装備は三人目と左右対称になっている。


五人目は革のヘルメットをかぶった背の低い男性。革のフルメイルを着込んだ体格はがっしりしていて小さめの石斧を右手に持っている。左手には小さめの丸盾。両腰には予備の石斧を提げている。ドワーフってヤツか?


六人目が一番異質に見える。赤髪の獣人の後方右側にいる。背が低くて肌が緑色をしている。、、、ゴブリンというヤツではないのか? いや人か。人の形をしているものは人でいいのか。俺は違うけど。身長相応の可愛らしい顔立ち。薄茶色のローブを着ている。武器は持っていないようだ。


個性的な面々が俺を取り囲んでいる。緊張と敵意をビンビン感じる。特に正面にいる赤毛の獣人。顔には不敵な笑みを浮かべている。


不意に散歩でもするかのようにこちらに向かって無防備に歩いてくる。どこまで近づくつもりだと思って見ていたら急に接近をやめる。1メートルくらいの距離を開けて対峙することになる。


「☆□、%&○¥+@$。」


突然、何かをしゃべりかけてくるが何を言っているのかわからない。聞いたことがない言語だ。自分の割れた腹筋を手でぽんぽんたたいてこちらに挑発するように手招きしている。どうやら腹に一発入れてみろよとか言っているようだ。


、、、ええ、なにそれ、怖いよ。なんなんですか、一般人捕まえて。やめてくださいよ


「おい。先に一発殴らせてやるよ。」


いきなり無防備に魔物に近づいたと思ったらさらに魔物に話しかけた。テセムルは目を見開いてこいつ大丈夫か? といった表情を浮かべる。ほかの四人を見ても特に動揺した様子を見せていない。相変わらず魔物を注視してスキなく様子をうかがっている。


(言葉は通じないか )


人型だから言葉がわかるんじゃね? と短絡的に考えたサリューは話しかけてみたがどうやら通じていないように感じた。この距離まで近づいてなお威嚇いかくの波動すらださない。本当に生きているのかと思うほどだ。


ただ近づいてよく見てみると、内包している魔力は話しに聞いたとおりかなりのものだ。


反応を見せないのはまだ生まれて間もないからなのか。こいつはいいカモだ。そう判断して初撃から最強の技をたたき込むことにした。


顔から笑みを消し精神を集中させる。右手に魔力を集中させ純粋な魔力を集約させる。方向性を整え相手に気づかれないように準備を完了させる。


「ぼさっとしてんなよ! 」


サリューは声を上げると自然体からはじかれたように拳を繰り出す。棒立ちしている魔物の腹に拳がうなりをあげて向かっていく。


一瞬で魔力がふくれ上がったと思ったら何か叫んで腹を殴ってきた。対抗しようと腹筋を入れるつもりで魔力を腹部の表面に集中させる。


拳が触れる瞬間を狙って最大の魔力を込める。すると拳は直前で急停止。


トンっ、、と軽く拳が押し当てられる。


えっと思った次の瞬間、相手の魔力が内部に浸透してきた。障壁となる腹部表皮の魔力をすり抜けるように浸透してその奥の素材、土やセルロース繊維、背骨に染みわたっていく。


突然、浸透した魔力が攻撃性を帯びて部材を支える魔力をバラバラに分解する。


このままじゃ身体が真っ二つになるっ!


危機感を覚えた俺は急いで魔力を崩壊部に集中させ繋ぎ止める。目の前の獣人は一瞬驚いたようだが直ぐににやっとした笑みになる。


まわりを囲ってた人たちはすでに肉薄している。剣で切りつけ、石斧でたたいてくる。目の前の獣人は一際素早い動きで両の拳を繰り出してくる。


全方位からの滅多打ち。全身に魔力を行き渡らせそれに耐える。魔力で物質の結合を強化すると言うことは当然その部分が動かせないと言うことだ。全身を固めている今は大して動けない。


相手のスタミナが切れるまで耐えて耐えて耐え抜くしかない。痛覚があったらとっくに心が折れていたな。


純魔力生物アキアトルの倒し方は狩猟ギルドに問い合わせればある程度教えてくれる。魔力を使わせて弱らせてから安全に核となる魔石を覆うように魔力で包むことだ。事前に確認していた五人は立てていた作戦を実行していく。


囲んで滅多打ちにして魔力を使わせて削っていく。内包魔力が少なくなれば相手の戦力は低下していく。これは水の入ったバケツに穴を開けるのに似ている。最初水は行きよいよく穴から出て行くがだんだんと勢いが落ちていく。


純魔は普通の魔物よりもその法則にあてはまる。弱らせれば安全に狩れる。狩猟は余裕を持って安全に行う。それが狩猟ギルドの信条であり新人は必ずたたき込まれる。五人はそれに従い手堅い作戦をとっている。


(そろそろ次に行くか )


サリューは拳を繰り出しながらも冷静に状況を見ていた。


じっと耐えていると攻撃の手がゆるんできた。そろそろ脱出をと考えていると五人の動きの雰囲気が変わった。


攻撃の手を止めて息を整えているものもいれば場所を移動して攻撃にそなえるものもいる。


茶髪ショートボブの姉妹とおぼしき二人が左右の位置に来る。手に持っていたショートソードはいつの間にかさやおさまっている。


腰に下げた水筒の蓋を開けると水筒の口を持ったまま下に傾ける。水は地面に落ちることなく利き手を覆い、形を作っていく。


水の魔法か! なにそれ、カッコイイ


二人は水で鉤爪かぎづめを作り左右から同時に襲いかかってきた。


姉妹で狩猟者をしているリッカとセッカは水を操る魔法に小さいときから適性を示していた。そのこともありその能力を利用してのし上がっていこうと二人して決めた。息の合った連携で獲物を仕留めるのが得意である。


その技を駆使して二人同時に左右から攻撃を仕掛ける。身を低くして接近しそこから顔面の魔石をすくい上げるように狙う、と見せかけ大腿部だいたいぶに水の爪を立てる。


インパクトの瞬間、ゴムのように伸びて遅れて動いた水が叩きつけられ魔物の大腿部をえぐり取る。


その瞬間、サリューがテセムルに指示を出す。


「テセムル! 今だっ!」


「は、はい! 」


テセムルは両手に魔力を込め地面に手のひらをつける。


土の中に魔力が浸透しそれが対象に向かって伸びていく。対象の足下に到達すると地面の土が固まり足の裏と癒着ゆちゃくする。体が土でできた魔物は逃れようともがくが足を地面から離すことができない。


拘束が完了した。


骨までは達しなかったがかなり広範囲に損傷を受けた。えぐられた大腿部を修復していると足の裏に違和感を感じる。地面から足を離そうとするが足の裏がくっついている。地面に縫い付けられたようだ。


足に込める魔力を増やして抵抗するがびくともしない。こちらが込める魔力の半分くらいで拘束している感じだ。効率がいいな。緑色の人は背が低く童顔でかわいらしい感じだが今は必死の形相ぎょうそうで踏ん張っている。


そんなに頑張んなくていいって! こっちは戦うつもりはないんだから!


まわりで五人は何をしているかと言えば休憩してる。憎たらしくなるほど冷静だ。きっちり息を整えたら拘束を解いてまたタコ殴りするつもりだろう。


だがそれならこの拘束から抜け出せれば逃げ出すチャンスが生まれる。足に込める魔力をさらに上げて脱出を試みるが相手も込める魔力を増やしてそうはさせまいとする。顔を見るとさらに深いしわを刻んで必死さが増している。


君はよくやっている、もう休んでいいよ


心の中で言うが伝わらない。ふと足の裏の魔力を解いて癒着部ゆちゃくぶを切り離せば抜けれるかと思い試そうとする。が、その瞬間いやな予感がして逆に魔力を増やす。


これ、魔力を解いた端から相手の魔力に浸食されるパターンだ。下手すると身体全部もっていかれる。なんて凶悪な魔法だ。


そうこうするうちに赤毛の獣人が目の前に立つ。次に来るのは最初に食らったあの技だろう。それはまずい。こちらがどの程度の復元力を持っているのはばれているだろう。腕や足をもがれたら逃亡の可能性はかなり低くなる。


どうする? 一瞬、いっそのこと亜空間から刀を取り出して攻撃するか? という思いがよぎる。亜空間の存在なんて認識できないだろう。一級品の不意打ちだ。


ただ殺すつもりでやらなければ効果はないだろう。そんな覚悟はない。何かないかと考えふと思いつく。


両手のひらに魔力を集めていく。赤毛の獣人は警戒して接近をやめた。


いいぞそのまま警戒してろ


亜空間から土を取り出して手のひらから触手を生やすと振り回して距離をとらせる。


射線が通った!


触手を必死の形相でふんばっている緑色の少年に伸ばす。赤毛の獣人がそうはさせまいと触手を殴ってくる。


それをくねっと触手を曲げることで回避。回避しながらも触手はどんどん伸びていく。踏ん張っていて少年はそれに気づかない。周りの仲間は少年に声をかけるがもう遅い。


少年の額を触手でべしっとたたく。後ろにひっくり返った少年は凄い形相ぎょうそうで驚いている。


拘束が解けた俺は足に魔力を込め回れ右して後ろに向かって走る。


長い金髪でひょろ長い兄ちゃんが行く手をさえぎってくる。


俺は亜空間の中で土の水分を調節して泥を作り出す。


その泥を右手のひらを向けて金髪兄ちゃんに向かってぶばっとまき散らすと、ぎょっとした兄ちゃんは身体をひねりながら横っ飛び。地面をゴロゴロと転がる。


、、、やっぱり嫌だよな。それ、、、


障害がなくなりさらに加速。灌木かんぼくの茂みにダイブして亜空間に身体を収納。代わりにウサギを取りだしウサギの腹腔ふくくうにコアが収まるようにして憑依ひょういする。


若干おなかがぽっこりしているがどこからどう見ても完全にウサギだろう。


ぴょんぴょんぴょんと跳んでその場からなるべく離れる。いきなりウサギ狩りを始めるとは思わないがさすがにあの場にはいられない。


このあと彼らがどうするのか見てみたい気持ちもあるけれど。

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