第2話

巧は気がつくと何もない白い空間に立っているのを感じた。立っているといっても重力が感じられずに目印も何もないような空間で自分の感覚が正しいのか彼にもわからなかった。ただ、彼の目の前に相対するように一人の人物が立っていることでかろうじて自分は直立の姿勢をとっているのだと自覚できた。巧は目の前の人物をまじまじと見つめる。


(見覚えがない、、、。誰だ?それにこの空間はなんなんだ?)


記憶が曖昧になっているせいで不安がこみ上げてくる。ここにきた経緯を思い出そうとしても頭に霞がかかったようで不快感が襲ってくる。不快感から逃れるように再び目の前の人物に注視するとどのような人物なのか観察する。


透き通るように白い胸の部分ぐらいまで伸びた長髪で作り物めいた整った顔立ち、虹彩の色は青く柔和な表情を浮かべている。身長は白い空間のせいでよくわからないが自身の目線から考えて170㎝ぐらいのように思えた。神官のような白いひらひらした服を着ている。白い空間にいる白い人。普通の人間なら怪しいことこの上ないと感じるが、巧は目の前の超然とした人物に興味を引かれていた。


巧がとにかく情報を得ようと質問をしようとしたところむこうから話しかけられた。


「君は展示会場で暴走したロボットを止めようとした。」


声の質から男であることがわかったが、この存在に性別の意味があるのか疑問に思った。相手が確認を促していることが感じられたため、働かない頭に鞭打って答えを絞り出す。


「ああ。そうだ。」


「そして、ハッチから操縦席に入り緊急停止レバーを引いた。」


「、、、、そうだ。」


確認をしながら記憶をまさぐるとだんだんと認識が明瞭になってくる。それと同時に思い出したくないという気持ちが湧き上がりいらだちや焦燥に似た感情が形成される。


「その直後、君は衝撃に襲われ体が機体から投げ出された。」


「、、、、。」


もはや確認の相づちを待つまでもなく続けていく。


「投げ出されたその体勢が悪かった。君は天井を見ながら頭から堅いコンクリートの床にたたきつけられた。」


「、、、そのあとどうなったんだ。」


全身から脂汗が吹き出すような心臓が締め付けられるような感覚に襲われながら次をうながすと謎の男は左手を突き出し横に振る。男と巧の中間付近の、巧から見て右側に映像が映し出される。


病室のように見える。木目調のビニルシートの床の上、白を基調としたベッドがある。頭に包帯を巻き、人工呼吸器につながれた人がベッドの上に横たわっている。腕には点滴が刺さり、心電図などのモニターがバイタルを表示している。ベッドの横には巧の両親と妹が沈痛な面持ちで巧を見つめている。


人工呼吸器のマスクで顔はほとんど確認できないが、家族がいることであれは自分なのだと確信することができた。バイタルモニターの波形は弱々しく医学知識のない巧にも危険な状況のように思われた。


「君の死は確定している。」


男は事もなげに告げる。死神なのかとも思う。表情をうかがうが無表情をつらぬくばかりで何を考えているのがわからない。ふと、目の前の男がこちらの状況の理解を待っているのではないかと考えが浮かぶ。この男が何者で何のためにこんなことをしているのか疑問がわいてくる。思考を巡らせていると自然と冷静になれた。好奇心が仕事をし始めるとこの死神に似つかわしくない美しい男の話に乗ってやろうじゃないかと意欲がわいてくる。


「なにが望みだ?」


まさか死に際の少年にわざわざ茶飲み話をしに来たわけでもないだろう。何か狙いがあると思い単刀直入に問いかける。いままでのやりとりから目の前の存在に合理性を感じている。


「君にある世界に行ってもらいたい。」


漠然とした答えが返ってきたので持てる知識を総動員してあいてから情報を引き出そうとする。


「それは俺のけがを完治した上で別の世界に送り込むっていうことか?」


「この世界の身のまま、かの世界に転移すれば時空をわたる衝撃で死ぬことになるだろう。」


「では今の俺の、魂、、、のようなものを現地の命に移すのか?輪廻転生のように。」


「輪廻転生などありはしない。」


「? ではどうする?」


男は目の前に右手をかざすと手のひらの上に浮かぶように深紅の宝石のような物体が出現する。


「この石に君の情報をすべて写し送り込む。」


「、、、石になったとしてどうしようもないと思うが。」


「この石に秘められた力を使いこなすことができれば君は自由自在に自分の体を形成することができる。今まで君が行ってきた競技のように機械の身体を構築して生きることも可能だ。」


「体を構築できたとして俺は何をすればいい?」


「何もしなくていい。好きにしてかまわない。」


「、、、どういうことだ?ここまでお膳立てしておいて何も目的がないなんてわけないだろう。」


「疑問はもっともだが目的と呼べるようなものはない。」


「信用できないな。」


相手が情報を隠しているような気がして簡単には承諾できないでいる。このまま死ぬことが確定するならばメリットこそあれデメリットはないはずだ。それでもすべてを預ける以上少しでも信用できる何かが欲しかった。


「君が在りし世の未来においてかなえることができない希望を彼の地では異なる形ながら実現することが可能となるだろう。」


同じ形式の問答は効果的ではないと判断したのか急に予言者めいた口調で話し出した。果たしてそれは功を奏した。巧は見透かされてような気分になり、若干の不快感を覚え詰問するように言った。


「どういう意味だ。」


謎の男は巧の言葉にかまう様子もなく続ける。


「Aクラスのジャックス、特別にエイジャックスと呼ばれる競技はチームの経営陣の意向が大きく影響する。チームの最終的な意思決定は操縦者や技師を超えて行われることが当然のようにある。」


唐突にジャックスについて語り出したこの謎の存在について巧はおやっと思った。超然とした存在が別世界の遊びについてなぜ語りだすのか意外に思い話に耳を傾ける。


「多くの人間が関わる競技だ。個人の意思は反映させづらい。おまけに莫大な金銭がかかる。新技術や新戦略を試すのも容易ではない。」


いったん話を区切り巧の様子をうかがった後また話を続ける。


「君の叶わぬ望み。それはすなわちエイジャックスの個人参戦。」


(痛いところをついてくる。しかし、それがすべてじゃない。チームで勝利を目指すことにも意味はあるはずだ。操縦士とメカニックの両立は難しいが、、、。)


「個人での参加ができるのはせいぜいCクラスまで。Dクラスでの実績をいくら積もうとBクラスひいてはAクラスのメインメンバーになれる保証もない。」


たたみかけるようにメリットを強調してくる。


「この石の力を適切に使うことができればより大きなロボットをひとりで作成することも可能だ。銃火器類を装備することもできる。」


巧はこの男を信用してもいいのではないかと思い始める。巧についての情報を精査した節がある。どうでもいい理由で話を持ちかけているわけではないということに安堵を覚える。しかし、聞いておかなければならないことがある。


「確認したい。いくつか質問したいことがある。」


「かまわない。」


少し迷ってから質問を口に出す。かすかな緊張を伴った。


「あの事故を起こしたのはおまえか?」


「答えは否だ。物質界に干渉することは今は不可能だ。」


わずかな表情や声色の変化ものがすまいと注視していたが何事もないかのようにあっさりと答えた。答えの真偽を確認する手段はないが嘘は言っていないように思われた。わざわざ嘘をつく必要性がこの超常の存在にあるとは思えない。この質問が重要であるとは考えていなかった。意味はなかったとしても聞かざるを得なかったというのが正しい。重要なのは次の質問だ。


「俺を別の世界に送り込んだとしておまえは何を得ることができる?」


「、、、、、、可能性だ。」


初めて表情に変化があった。答えるべきか迷っているのか長めの間を置いて答えた。


「可能性とは?」


踏み込んだ質問をすると独白するように語り出した。


「私にはやり残したことある。そして、私自身はそのことに干渉するすべがない。私にはそれを完遂する義務はない。しかし、事態の解決を私は願っている。」


「ならそれを解決してこいと俺に命令すればいい。俺は拒否できる立場でもないだろう。」


「すべての決定は自由意志で行われなければならない。可能性は開かれなければならない。私の意思が可能性を決定すればそれは可能性を閉じることに等しい。故に私にできることは因果のゆらぎに石を投げ波紋を起こすことだけ。」


謎の男は少し間をおいて続ける。


「私は可能性を探していた。膨大な試行回数を繰り返したのちあらわれた最適解が君だ。君こそが私の可能性なのだ。」


巧の答えを待つようにだまったまま見つめる。巧はこれ以上話をするつもりがないことを悟りそろそろ答えを出すべきだと思った。もとより答えは決まっていた。重要なのは信頼できるかどうかだ。都合のいいように利用されるのは避けなければならない。この存在は巧についてかなり気を遣っているようにも思える。巧の趣味嗜好まで考慮した上で提案を持ちかけている。ならばこちらも応えなければならない。


「わかった。別の世界にいこう。」


すでに相手も答えはわかっていたと思う。しかし、声に出してはっきりと伝えることに意味があると判断した。もとより後戻りはできない。覚悟を決める必要があった。


「そうだ、もう一つ質問がある。俺が暴走した試作機を止めなかったならどうなっていたと思う?」


今更そんなことを聞いたところでどうにもならないと思っていたが、自分の死に意味があったのかどうか無性に気になってしまった巧は質問がつい口から出てしまった。


「君があれを止めていなかった場合、死者は4人、けが人は多数、君や君の友人もけが人に含まれていた。君はよくやったと思う。」


その言葉を聞いて巧は少し肩の荷が下りたような気になった。完全に心に燻っているものがなくなったわけではないがそれでも救われた気になったことは事実だ。


「それでは君の肉体の死とともに施術を開始する。次に目覚めるときは異世界となる。私とも二度と会うことはないだろう。」


そこで巧の意識は徐々に薄れていき眠りにつくように意識を失った。


巧の病室。そこでは目を覚まさない巧が横たわるベッドを、巧の家族とおぼしきものたちが悲痛な面持ちで囲んでいた。心電図は拍動の間隔が長くなり波形は弱くなっていた。やがて完全に波形がなくなり心臓の停止を無機質な機械音が告げる。病室にすすり泣く声が響く。


重苦しい空気の病室にどこからともなく真っ白な男が現れる。周囲の人間には見えていないようで誰もその男に注意を向けない。男は巧の遺体に近づき深紅の結晶を横たわる額にかざす。すると結晶から何本もの赤い光の糸のようなものが脳に向かって伸びていく。結晶がまばゆく明滅する。しばらく明滅を繰り返すと光が収まり光の糸も結晶に戻っていく。男は結晶をつかむと病室から消え失せる。後には、いつまでもすすり泣く声が響いていた。


とあるビルの屋上に男が現れる。結晶を持った手を天にかざすと黒い円が空間に現れる。円の中はときおり紫や赤の閃光が走り、もやのようなものが渦巻いている。結晶から手を離すと、黒い穴に向かって結晶が吸い込まれていく。完全に結晶が見えなくなると黒い円は直径を狭めていき完全に消失した。虚空を見つめる目には感情の変化は見られない。だが、男は心の中でつぶやいた。


(願わくば自身の目的の優先よりも触れ合う世界への深い愛敬の念をもたんことを、、、、)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

月のない深夜、高山よりも遙か上空、黒い円が現れる。そこから深紅の結晶が徐々に先端から現れてくる。完全に結晶があらわれると黒い円はゆっくりと閉じていき、結晶が自由落下を始める。かなりの速度に達したとき結晶は光の玉に包まれ減速する。そのまま垂直に落下し直下に森林が確認できる。さらに減速し森の木々の間を抜けゆっくりと光の玉は地面に降下する。光の玉が消えると木の根の間、深紅の結晶が静かに光沢を放っていた。無事異世界に到着した瞬間であったが巧の意識はまだ目覚めてはいなかった。


そんな中、空間のゆらぎに気づき興味をひかれた存在がいた。


(なんだ。妙な気配を感じる。)


それはゆっくりとねぐらから這い出るとぐるりと周辺を見回し気配の出所を探る。気配を探り当てると目を凝らす。目線の先にかすかな赤い光の筋が確認できた。しかし、すぐに消えてしまう。


(あれほど強かった気配がすぐに消えてしまった。確認は無理か。)


大きな力は感じなかったが今までに感じたことがない種類の波長を感じて胸の奥がざわつく。


(何かが起きる前触れか、それとも、、、。なりゆきを見守るしかないか、、、。)


心に留め置き、ねぐらへと帰る。夜の世界は何事もなかったかのように静まりかえっていた。




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