機鋼神エイジャックス

井上 斐呂

第1話

円形に縁取られたコンクリートの床の上、巨大な人型の鉄の塊が激突し轟音を響かせる。その高さは5メートル程に及ぶだろうか。赤色の機体が拳を繰り出せば対する青色の機体は腕を交差してそれを防ぐ。


屋根付きの競技場内は有機ELの白色光に照らされ機体を鮮明に浮かび上がらせる。鉄の巨人の一挙手一投足に会場は怒号が飛び交うまでにヒートアップしていく。巨人の中に座るパイロットはそれ以上の緊張と興奮の中にいるだろう。


観客は会場に設置されたモニターに表示された衝撃蓄積値を時折確認しながら勝負の行方を見守っている。パイロットの安全を守るため胴体部の衝撃蓄積値が一定以上になると敗北が決定する仕組みとなっているのだ。


(今日のレッドライトニングは調子がいいな。このラウンドで決着がつきそうだ。)


リングより10メートル以上高くなった観客席から戦いを冷静に見つめながら新堂巧は勝負の行方を予想すると、彼の隣にいる友人の勝美浩一郎を横目でうかがってみる。


友人は推しているチームの機体、レッドライトニングの応援に集中していたので声をかけることなくリングにまた視線を戻した。


リングの上では群青の機体、ネイビーストームが相手の攻撃を姿勢を低くして躱すと今度は怒涛のラッシュを繰り出す。一見、優勢に攻撃しているように見えるがレッドライトニングは攻撃を冷静に見極めてガードでいなしていく。ネイビーストームの大ぶりの一撃に合わせてカウンターを決めにかかる。相手から延びる腕を上部に滑らせるようにガードを潜り込ませてそのまま胸部に拳を叩き込む。場内にブザーが鳴り響き設置されたモニターに勝利チームの紋章が表示される。同時にスピーカーから勝利者を告げるアナウンスが流れる。


『勝者。チームレッドライトニング!』


赤色の機体側、チームレッドライトニングの勝利だ。アナウンスの直後、レッドライトニングを応援していたものは歓声を上げ、ネイビーストームを応援していたものは落胆の声を上げる。場内は勝利者を称える拍手と歓声で埋め尽くされていた。


試合後、新堂巧と勝美浩一郎は自販機の並ぶ談話スペースにきていた。腕時計型の端末で代金を支払うと、黒褐色の炭酸飲料に口をつけながら二週間後に行われるジャックスの競技会と展示会について話し始める。


ジャックス(JAXX:junk arts extreme versus)とはもともとジャンクパーツからロボットを作成してどちらかが破損して行動不能になるまで戦うというアングラ競技であった。超電導モータと大容量コンデンサの普及もあり人気の高まりとともに一般の間に広がるようになるとルールがスポーツのように整備されることとなった。先ほどの試合はジャックスの中でも最高峰、Aクラスの戦い。通称エイジャックスと呼ばれるものであった。


「コーイチ。そっちの機体の完成度はどんな感じだ?間に合いそうか?」


「うーん、総トルク規定さえクリアすればって感じかな。全体はあらかた完成していて後は調整だけだね。もっと上のクラスでやりたいよ。」


「高校生じゃDクラスが精一杯だよな。金もかかるが足がない。」


この二人はともに高校のジャックス部に所属する間柄である。Dクラスの試合を2週間後に控えている。ジャックスはクラスによって機体の大きさ、重さ、モーター総トルクに制限がある。規定からはみ出すと当然失格となり不戦敗となってしまう。


「タクミの方はどう?」


「こっちはVRゴーグルとコントローラーのリンクがいまいち。まあ、試合前には完成させるさ。」


「お互い試合はなんとかなりそうだね。その次の日の展示会はもちろんいくよね?」


「当然。Aクラスの機体に乗れる機会なんてそうそうないしな。最新の脳波コントロールや神経電位コントロールを体験したい。」


二人はしばらく雑談を続けた後、家路についた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

エイジャックスの試合を観戦してから2週間後の土曜日、二人はDクラスの試合に臨んでいた。


(捕まったら終わりだな。)


左腕が異様に大きい銀色の機体、レフトハンドが腕を振り回しながら、巧が操る白色の機体を追い回す。スピードで勝る白い機体は一定の距離を保ちながら右手の空気式銃を敵機胸部に設置されたダメージセンサーに向け射出していく。攻撃が当たらないことに業を煮やしたのかレフトハンドは動きが直線的になり大ぶりの攻撃でバランスを崩すことが増えていく。


(そろそろか。)


レフトハンドが左腕を大きく振り回した瞬間白い機体は縮地の容量で一気に前方に加速する。脚部から腰部、肩部から腕部へと内蔵アクチュエーターの駆動を伝えていき、敵のダメージセンサーめがけ銃口部をたたきつける。


ダメージ量が基準値を超えたため審判から試合終了の合図が鳴らされる。会場にけたたましくブザーが鳴り響きモニターに勝者である新堂巧の名と機体名が表示される。会場の至る所から拍手が鳴り響く。巧は拍手に答えるようにゴーグルを外し、コントローラーを掲げる。その後、キャリーケースに機体一式を丁寧にしまいこみ会場を後にした。


ジャックスの試合は1日に1回までが原則である。これは戦闘によるダメージの蓄積で機体に不具合が生じ、2戦目の試合開始前後に戦闘不能になることが多かったからだ。VRゴーグルを装着して操縦するため選手のなかにはVR酔いを起こすものがときどき現れる。その負担を軽減する目的もある。


休憩室に来た巧はモニターに目をやる。


(コーイチの試合はもうすぐか。)


程なくして友人の試合が始まった。最初は劣勢だったが隙をついて4本の隠し腕を出して相手を拘束し、一方的にダメージセンサーを殴り続けて勝利してしまった。


(一見、色物に見える機体で手堅く勝つところがあいつのすごいところだな。)


友人の技術に感心させられたのち、自販機で甘めの缶コーヒーを2本買うと勝利した友人の帰還を待つことにした。


やがて浩一郎が休憩室の入り口に見えると巧は手を振って友人を呼び寄せる。


「ありがとう。」


買っていた缶コーヒーを手渡すと二人はプルタブを開け一息ついた。そして、試合についてどちらともなく話し出した。


「そっちは余裕で勝てたみたいだね。」


「いや、そうでもないさ。ロマン機体だから楽勝かと思ったけれど操縦士の技術はなかなかのものだった。予想外に持久戦になったよ」


「コンビでやっている人たちだったね。メカニックは趣味に走りすぎな気がするけどそれでいてランクは結構高いのがすごいね。」


JAXXはランキングの順位で参加できる試合が限定される。この二人は中学生から頻繁に試合に参加し、今ではトップクラスのランカーとして名をはせている。


「飛び道具を実装したんだね。照準の調整、大変だったでしょ?」


「結構な。ルール上問題ないから試してみた。うまく当てることができたけど威力は低いからそれだけじゃ決め手に欠けるんで結局、接近戦になる。」


コーヒーを少しのみ口内を潤して、今度は浩一郎の試合について語り出す。


「相変わらず妙な機構をつけるのが好きだよな。」


「褒め言葉と受け取っておくよ。」


「実際褒めているんだ。あれで堅実に勝ちを拾っているのは素直に凄いと思っている。」


「作戦が成功したときはやってやったって気分になれる。それが好きなんだよ。もちろん確実に勝ちがほしいときは手堅くまとめるけどね。」


二人はしばらく対戦相手など試合についての話をしてから明日の展示会の予定を確認して帰路についた。


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次の日、展示会場のゲート付近で合流した二人は腕時計型の端末で自動改札を通る。まずはパーツ関連の企業ブースが並ぶスペースに入る。超伝導モータ、大容量コンデンサ、バッテリー、ケーブル、工具、金属3Dプリンターなどがゆったりとした間隔で整然と展示されている。クラスC・D用のパーツは手のひらに収まる程度の大きさだが、最新のパーツはプログラミングなどのバイトをしている二人にとってもそこそこ値段の張る物であった。


次のエリアに抜けるとクラスB用の展示スペースであった。高さ2メートル近くある人型の鉄塊が無数に並びコンパニオンがいる空間は自動車モーターショウを彷彿とさせる。Bクラスになると個人での参加はほとんど見られない。おもに金銭面の事情で。そのため、企業主体のプロチームが自社の宣伝も兼ねて参加している。二人は少し露出が多めのコンパニオンから目をそらすように無言でその場を後にした。


クラスBエリアを抜けると本日一番のお目当て、クラスAの展示エリアに到着した。等間隔にそびえ立つ巨躯はそれぞれのチームカラーに染め上げられ異様な圧を放っている。Aクラスではプロチームが観戦チケット代やグッズの売り上げ、ファンクラブ会員費、クラウドファンディング、複数のスポンサードなど様々な方法で集金している。各チームとも先端技術の応用に挑戦し性能の向上や操縦者の技術向上に努めているおかげで技術メーカーも惜しみなく投資できるというものである。


そのAクラス展示場の一角に円形に壁が設置されているスペースがある。壁の高さは1メートル程だろうか、人が入らぬように仕切られている。その中に骨格フレームがむき出しでケーブルにつながれた機体が両膝をついてうなだれたような姿勢で鎮座している。


(あれが最新式のコントローラを実装した試作機か。)


円の側にある受付には長蛇の列が並び、試乗を希望する人はまだかまだかと自分の番が来るのを待っている。試作機の後方にはタラップが設置されていてそこから背中のハッチにアクセスして乗り込むようだ。


「大分並ぶな。クラスBのプロ操縦士もちらほらいるのか。」


「この間雑誌で見たヒダカ工機の操縦士もいるね。今度の技術はBクラスでも採用される可能性があるからね。」


2人は最後尾に並ぶと、視界に入るAクラス機体について議論したり、今後の自分たちの試合について会話をしながら順番を待った。


(なんだ?)


巧に番が回ってくる前に試作機に異変が起こった。動かせるのは上半身だけのはずだったが立ち上がろうとしている。倒れないように固定がされているが想定外の負荷がかかっているためかボルトが徐々に緩んでいく。


「と、止めろ!」


アテンダントの技師がモニターをチェックしていたもう一人の技師に指示を出す。すかさずキーボードに指令を打ち込むがモニターには赤くエラー表示が点灯する。


「駄目です! 止まりません!」


技師は何度か停止を試みるがいずれも失敗に終わる。その間にも固定ボルトは緩みを増し、機体の揺れが大きくなっていく。


「誰か、助けて!」


巧の前に試乗していたのは小学生ぐらいの男の子であった。コントロールシステムのバンドで体は固定されていて振り落とされることはないが突然の下から突き上げるような衝撃に少年はパニックを起こしてしまう。神経電位・脳波コントロールのため操縦席で慌てふためいている男の子にあわせて機体上半身は腕や首をを振り回す。


(まずいな。)


このままでは暴走した試験機が場内を暴れまわってしまうかもしれない。そうすれば何人も死者がでるかもしれない。そう感じた巧はタラップを駆け上がる。


「ちょ、ちょっと!タクミ!」


浩一郎はとっさの行動に出た友人を止めようとしたが、すでにタラップの頂上部手前まで到達していたため間に合わなかった。


巧は機体の揺れを見極め、機体背部のハッチにタラップから飛びついた。


(試作機でも機体の構造はAクラスの企画に沿って作られているはず、、、)


通常のAクラスの規格であれば座席の右下部に緊急停止レバーが備え付けられている。物理スイッチとなっていて、このレバーを引けば電源からのエネルギー供給が物理的に完全に遮断される。機体を止めることはそう難しいことではないと巧は考えていた。


大きく揺れるコックピットの中で手すりにしっかりとつかまりながらレバーを探すとほどなくして見つかった。目立つように赤く塗られたレバーは一目でその存在を確認できた。巧は慎重に表示を確認してからレバーを思い切り引く。金属がぶつかるような音がして電極の接触が切断された。コックピット内の電飾がすべて消えると脱出用の赤い非常灯がともされる。巧はそこで一瞬気を緩めてしまった。


それがよくなかった。緊急停止レバーを引く直前、機体を固定していたボルトがすべて外れてしまった。体勢を崩しながら立ち上がった巨体は電源を失い後ろに倒れようとしてタラップと接触する。その衝撃で巧はあいたままのハッチから投げ出された。空中に投げ出された勇敢な少年は会場を照らす有機ELの光をまるでスローモーションのように見ていた。それが新堂巧がこの世で最後に見た光景となった。


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