もしかして

 ヤード・クリバリー。


 俺とアルと同期で、多分俺より先にアルを好きになったやつ。

 アルを好きになった人は多分それ以外にも沢山いると思うけど、行動に移したのは俺とヤードの二人だけ。でもその行動も、ヤードは随分と遅かった気がする。

 まあでも特に俺は気にしなかった。だってアルが俺のものになるのは俺の中で決定事項だったし、負ける気なんてなかったし、そもそも同じ土俵に上げているつもりもなかった。


 だって必死になってないってことはそこまでアルのことが好きじゃないってことだ。そんな中途半端な気持ちや覚悟に俺は興味すら湧いていなかった。

 でも、俺のアルが他と接触するのは面白くない。面白くないけどやっぱり四六時中一緒にいるなんて出来なくて、それに加えて俺の頭の出来がそんなに良くないのもあって、あの日はアルを一人にしてしまったんだ。


 そのチャンスをどうやらヤードはきちんとモノにしたらしくて、その日初めて俺はヤードに対して苛ついた。アルの夕日に照らされている綺麗な髪も、勉強がわからなくて困っている顔も、そしてそれを手助けするのも全部俺のなのにそれを横取りしたあいつに腹が立った。


 腹が立ったからヤードに見えるようにアルに触った。

 お前がしたかったことの全部、もう俺がやってる。これからお前がしたいと思うことも全部俺がやる。お前に付け入る隙なんて絶対に見せないし、与えない。

 アルは俺のものだ。


 ……なんて余裕のない牽制だったのだろうと、今なら思う。


 否、この余裕もアルが心身ともに俺のものになったから持てているものだから自分の成長のしてなさ加減に少しだけ苦笑してしまう。

 でもこうして余裕が出来たからこそ、見えるものもある。


「……俺、あんな感じだったのかぁ…」


 思い出すのは先程のザンナさんの目だった。

 あの目は覚えがある。というかつい最近まで俺はあの目をアルに向けていた。

 執着と愛情と独占欲と少しだけ怒りが混じったような混沌とした目の光は俺がアルを見ていたものとよく似ているというか、全く同じものだったように思う。でもあの目は本人には向かないんだ。あれは周りに向く。


 他の介在を許さないとでもいうような、自分が他人に向けていた圧力を初めて自分に受けた俺は、今反省をしていた。今日も大盛りの朝食プレートを木製のテーブルに置いてから大きく深く息を吐く。

 あの目、怖い。


「お、どうしたルーヴ!」

「隊長」


 そんな俺の前に俺と同じくらい大盛りの朝食プレートを置いた隊長が腰掛ける。


「なんだお前ちょっと元気ないな」

「……俺は今、過去の俺に対して反省をしてるんです…」

「…反省? お前が?」

「俺だって反省くらいするし!」


 そう、余裕を持てた今だからこそわかる。俺はどうやら相当周りにゴメイワクというやつを掛けていたらしかった。でも少しだけ言い訳をさせて欲しい。

 俺は本当に心の底からこの八年間アルに俺を好きになって貰うためにめちゃくちゃ頑張っていた。(もちろん魔法の勉強も頑張ったけど優先順位はアルの方が上。)


 正直頑張り過ぎてアル以外見えていなかったし、本当に心の底から興味が持てなかった。でも敵意はあった。だってアルはかわいいし綺麗だからいつ誰に好きになられてもおかしくない。だから俺は常にアルの側にいたし、常に周りを牽制していた。

 ……さっきザンナさんが俺に向けていたような目で。


 そりゃあアルからもコミュニケーションに問題があると詰められるわけである。だって殺気が垂れ流しなんだもん、あの目。


「……まあ、若気の至りってやつだと思うぞ」


 目の前でパンに齧り付いた隊長の声に俺は落ち込みそうだった意識を少しだけ立て直す。俺の前に座っている人は多分俺よりも一回りは歳が上で、多分というか絶対に俺よりも人生経験というやつが豊富。

 その人が言う「若気の至り」という言葉がなんだか今の俺には救いの言葉のような気がした。


「お前が反省するのなんてスタクのことくらいだろうが、さっきザンナと話してたんだろう。あいつ怖えよなぁ」


 俺はぶんぶんと首を縦に振った。それに隊長はおかしそうに笑っている。なんというか男らしい笑い方だと思った。


「あいつも俺からすればまだガキだけどお前は更にガキだからなぁ。まあ大方自分と似たやべえやつを見てお前なんか思うところがあったんだろ」

「……隊長って俺の心読めたりする?」

「読めるか。そんな特殊技能持ってたらここに配属されてねえよ」


 ほら食え、と促されて俺もスープに手を伸ばした。野菜がゴロゴロと入っているスープはもはやスープというよりも煮込み料に近い気がするけど特に気にせずスープだけを掬って口に運ぶ。見た目とは裏腹な繊細な味付けの奥にいつでも個性的なビビンさんの姿が透けて見える気がして俺は一瞬真顔になった。


「…若気の至りって、いくつまで許されるんすかね」

「さあな。まあ学園を出た時点でお前らはもう一人前扱いだが、俺から見てみればお前らはひよっこだ。周りのお前より年食ってる奴がお前の行動を叱ってくれてるうちは大丈夫なんじゃねえか」

「……俺アルのことになると多分じいさんになっても若気の至りっちゃう…」

「使い方がおかしいぞルーヴ」


 苦笑した隊長が今度はサラダを口に運ぶ。


「スタクのことでお前がおかしくなるのはいつものことだ。……ここにいる俺たちはそう思ってやれるけど、これから先はわかんねえぞ」


 これから先、そう聞いて糸が張り詰めたような心地になった。


「お前はこの先王都に戻る。これはもう決定事項だな、それが何年先になるかはわからねえが、とりあえず間違いない未来だ。そこにスタクも連れて行くなら、間違いなく努力しなきゃいけないのはお前だな」


 ふと思い出すのはアルの顔だった。

 俺から離れるつもりなのかと問いかけたあの日、アルは是と言った。俺はそれがどうしても許せなかったけど、今になってなんとなく思う。

 俺は本当に、周りが見えていなかったんだろう。


 アルを手に入れることに、アルにいつまでも俺を見てもらうということに躍起になっていたしアルのことを何一つ考えず王都にも連れていくといった。その考えは今も変わっていないし、今言われても俺は全く同じ答えを返すと思う。

 アルのいない人生なんて俺にはもう考えられないから。


 アルもきっとそうだ。アルもきっと俺のいない人生はもう考えられないと思う。それくらいの時間俺たちは一緒にいたし、心も体も通わせた今その思いは強固になっているはず。それなのにアルが俺から離れると一度決断した理由は、きっと俺だ。

 班を分かれると言ったのも俺と一緒にいる未来を描けなかったのも原因は全部俺。アルは俺の未来を多分俺よりも真面目に考えて、それでああいう結論に至ったんだと思う。


 ていうか絶対そう。なんの確証もないけど、俺の直感がそうだって言ってる。

 それにアルは優しいから、自分の感情よりも絶対に人の事情を優先する。


「はぁ〜〜〜〜…」

「なんだ溜息なんて吐いて」

「……ねえ隊長」

「おう」

「俺ってもしかして結構アルに愛されてる?」


 いつの間にか大盛りプレートのほとんどを食べ終えていた隊長が俺の言葉に目を見開いた。その後にやっぱり男らしく笑いながら口を開く。


「なんだ、今更気付いたのか」


 お前ら二人とも鈍感だな。カラカラと小気味良く笑い飛ばした隊長はそのまま朝食を食べ終えて「またな」そう言って食堂を後にした。周りは相変わらず賑やかだし、ビビンさんの大きな声も聞こえるし、隊長がいなくなったことで他の人たちが結構話しかけてくれる。


 でも俺はそれに一言だけ返して急いで朝食をかき込んだ。あっという間に完食してトレイを返しに行けばビビンさんに呼び止められて思わず眉間に皺を寄せる。


「あらやだそんな怖い顔しないでちょうだい」

「俺今急いでんの!」

「見りゃわかるわよ。要件は一個だけ、これスタクちゃんに食べさせなさい。どうせ起き上がれないくらい派手にやっちゃったんでしょ〜。本当あんたたち非番の度にお盛んなんだから」


 風が起こりそうな密度の睫毛でウィンクされても、アルとの夜を言葉にされても不思議とビビンさんには苛立ちはしない。むしろなんだろう、母にバレたような言いようのない気まずさがかなりある。


 手渡された紙袋の中にあったのはフルーツで、確かにこれならベッドの中でも食べやすいなと思って視線を上げるとそこには生暖かい目をしたビビンさんがいて思わず半歩下がった。


「…なんだか感慨深いわ。まるで我が子の恋愛事情を覗いてるみたい…」

「ビビンさん、おかわり」

「!」

「やあああっだもうザンナちゃんじゃない! おかわりなんて山のようにあげるわよ! はいジャンジャーン!」


 野生動物のように体を跳ねさせた俺とは正反対にビビンさんがテンション高く厨房へと消えていく。残された俺は今個人的にとても気まずい。こんなにも気まずいなんて思ったことがないし、そもそもそう思ったこともないから対処法すらわからない。

 アル、アルがこの場にいてくれたらいいのに。アルがいてくれたらきっと俺を助けてくれるのに。

 そう思うけれどこの場にアルはいない、なぜなら俺が抱き潰したから。


「そぉんな怖がらなくてもよくなーい?」

「ひぃっ」

「え、そこまで? お前どんだけ俺苦手なのぉ?」


 ケラケラと愉快そうに笑う姿はどこからどう見ても陽気なお兄さん、というふうなのに俺はもうそんな感じに見れなくなってしまっている。あと普通に苦手。

 何をしても勝てるイメージが持てないから苦手だ。


「まあいいや」


 ぴた、と笑うのをやめて俺を見る顔は笑っているのに笑っていない。蛇のような雰囲気のある目でじっと見られて頬に汗が伝い、またこの場にいないアルに心の中で助けを求めるけれどやはり来るはずはない。周りはずっと騒がしいままなのにザンナさんの周りだけ音がないような気がする。

 この人の周囲だけ常に殺気の糸が張っているような、そんな緊張感があるのだ。


「スタクによろしく。あとさっき伝え忘れてたんだけどさぁ。…ヤードにながぁい時間掛けて劣等感植え付けてくれて、どうもありがとね」


 ぽん、と肩に手を置かれて囁かれた言葉に俺は遠い目をした。

 やがて戻ってきたビビンさんがおかわりをザンナさんに渡し、彼はそれを受け取って席に戻っていった。俺はというとビビンさんから「いつまでこんなとこいるの!」と理不尽に怒られ食堂を追い出されて、今は廊下を歩いている。

 ビビンさんから貰った紙袋を大事に抱えながら俺は思う。

 あの人、怖い…。

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