ここまで来れるよね?
「さて、以前の魔物のことでわかったことがある」
そう切り出したのは隊長だった。
朝の訓練が始まる前、訓練場で告げられた言葉に背筋が伸びる。
以前の魔物、それは木に寄生していたものの事でまず間違いが無いだろう。あの時回収された果実は無事王都の優秀な解析魔法士のところに届けられたらしい。
「あれはルーヴの推測通り寄生する虫タイプの魔物だ。寄生元である木の中で繁殖し果実に卵を植え付け、それを食べた野生動物、または魔物に寄生するものだった」
ざわり、空気が揺らいだ。
誰かが「それってヤバいんじゃ」と何が大変な事なのかは理解できていないが、それでもとんでもないことが起きているのは理解しているような声で呟いた。それを皮切りに波紋のようにざわめきが広がるのを隊長の鋭い声が止める。
「静かに。お前たちの不安はもっともだ、だからまず結論から言う。果実から動物への寄生は確認されなかった。魔物が摂取した場合にのみ寄生し、洗脳効果があるらしい。洗脳効果の一部は統率能力の向上及び意識の奪取、痛覚の麻痺による攻撃の激化だ。つまり統率の取れた魔物の軍勢が急所を傷付けても余裕で襲ってくるってことだな」
またどこかで「うげえ」と声が聞こえた。
「それってつまり死体になっても攻撃して来るってことっすか?」
「ありていに言えばそうだ。まあ魔物が生きているものなのかどうかすら未だにわかってねえけどな。寄生が始まったばかりの個体は急所を突くだけで殺せるが、進んだやつは姿形が消えるまでしねえとずっと攻撃してくるそうだ」
そこまで聞いて僕は思い出す。
ではあの時僕が倒した二体の魔物はまだ寄生が始まったばかりの個体だったのだろう。
それを確認するために手を挙げると隊長が頷いた。
「ありがとうございます。あの日倒した個体が寄生開始から時間が経っていないのは理解しました。ですが統率は取れていたように思います。魔物の優先順位は不死身の体を作るよりも統制が上なのでしょうか」
「王都からの報告だとそうなる。信じ難いが、魔物にも知能があることが今回のことで証明された。他国にも今回のことは伝えてあるみたいだが、隣の赤の国からもまだそんな事例は報告されてないそうだ。つまり、まだ俺たちの国の、この領のあの森にしかこの問題は発生していない。これがどういう意味だかわかるか」
「殲滅、ですか」
俄かに緊張の走る場面に似つかわしくない、期待の籠った声が落ちた。
この場にいる全員の視線が向けられる。僕の視線も。
この場で唯一人、シリウスだけが楽しくてたまらないという顔をしていた。
「──そうだ。ヴィズの森にいる全ての魔物を一匹残らず滅ぼす。作戦は明日決行だ」
普段よりも固い隊長の声にまた全員の意識が前に向く。一拍置いて地鳴りのような兵士たちの声が訓練場を揺らした。
その後通常通り訓練は行われ、それぞれが昼食へと向かっていたところを隊長に引き止められた。
「ルーヴとスタクは少し待ってくれ、話がある」
そう言われて思い当たるのは班分けのことについてだった。二人で返事をして訓練場から人がいなくなったのを確認してから隊長が口を開く。
「察しは付いていると思うが、引き止めたのは前スタクから提案のあった班分けについてだ。結果から言うと実施する方針だ」
表情を変えない僕とは対照的に僕の隣にいるシリウスはこれでもかと眉間に皺を寄せた。それでも開口一番に文句を言わなかったことは成長だ。
「お、成長したなルーヴ」
どうやら体調も同じことを思っていたらしくからりと軽い調子で笑ってシリウスの肩を軽く拳で叩いた。それに渋い声ではい、と返事をしたシリウスにまた軽く笑って「ただし」隊長が続ける。
「訓練前にも伝えたが、事情が変わった。ヴィズの森から魔物を殲滅するにはお前たち二人を離すのは得策じゃないと俺は思ってる。今ここでルーヴを完全に乗せられるのはスタクしかいない」
「別でいいです」
「へ?」
僕と隊長の目が丸くなる。
「この作戦が終わって離されるくらいなら、この作戦で他とも合わせられるって証明する方が効率が良いです」
「し、シリウス…?」
「殲滅作戦くらいの大規模な実戦で問題無く他の人ともコミュニケーション取れたらアルも隊長も文句ないでしょ」
「それもそうだが、お前は大丈夫でも他の奴がな」
「そうだぞシリウス、お前は自分が普段どれだけ自由に行動してるか自覚してないから」
「してるよ」
眉間に深く皺を寄せたまま、苛立ちを抑えるようにシリウスが息を吐いた。
ツンと立った髪を片手でガシガシと乱して一度強く目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「アルなら俺が何したってカバーするってわかってるからしてる。他の人も俺の性格を理解してくれてるし、慣れてるから対応してくれてるってわかってる」
「……お前わかっててあんな無茶してるのか」
「だってアルがいっつもどうにかしてくれるじゃん! いっつもナイスアシストありがとう!」
片手で額を押さえてため息を吐いた。どこからどう突っ込めばいいかわからず僕の眉間にも皺が寄る。隊長も同じだ。
「…でもなルーヴ、お前が良くても周りが…」
「? 俺がアルと組んで長いだけで、他のみんなの能力が劣ってる訳じゃないですよね」
真っ直ぐな目に隊長が言葉を詰まらせているのがわかった。
そして僕もハッとした。
「弱かったらここに配属されてないでしょ、全員」
無意識に卑下していたのだと悟った。昨日ここにいる人物は自分よりも優れた人ばかりだと認め直したばかりなのに、
──自分以外は。
なんて傲慢なんだと、口の肉を噛む。
ここは国境沿いに位置するネヴュラ領、最も魔物の出現率が高い辺境の地だ。ここに配属される人材は学園において相応の成績を納めた者のみ。座学の出来は別として、一定以上の戦闘I Qを買われてここにいるのだ。
その場所にいる人間が、弱いなんてことあるはずがない。
「……そうだ、そうだったな。うん、ここにいる奴らは全員強い。まあ得意不得意は当然あるがな!」
「それは俺だって一緒ですよ。細かい作戦とか立てん嫌いだし、パーッとやってしゅってやってドーンって終わらせてーし」
「うんうん、そうだなぁ」
隊長もきっと無意識に自分を含む全てを卑下していたのだろう。自嘲気味に笑ったあと思考を切り替えるように頭を振り、いつもの頼り甲斐のある笑顔で頷いていた。
当のシリウスはきっと気付いていないのだ、僕と隊長の間に僅かに走った緊張に。
僕たちは相応の才能を持ち、相応の努力をしてここにいる。一般的な魔法使いに比べたらここにいる誰もが平均値よりは頭一つ二つ分は飛び抜けている。ただシリウスの才能はそんな物差しでは比べられないところにあるのだ。
生まれ持った才能、センス、家柄、その全てがシリウスを天才にさせている。
シリウスは天才だ。そして天才は残酷なのだ。
僕たちが全力で走る道をこいつは涼しい顔をして歩いて行く。それが悔しくて僕たちは必死に追いつこうとするから、きっといつだって振り向いたら僕たちの顔がある。
そうして天才はきっとこう思ったのだ「ここまで来れるのは普通」なんだと。
そうすれば天才はまた一つギアを上げる。そしてまた僕たちは追いつこうと走る。そしてまた振り返って普通の平均値がどんどん上がる。それを繰り返したからシリウスの頭にはこんな考えがあるに違いない。
『ここまで来れるよね?』
その結果が、なんの迷いもなく発せられたあの言葉だ。
久しぶりに感じる恐怖にも似た感情に膝が震えそうになる。
「無条件の信頼程怖いもんはねえよなぁ」
「全くその通りです」
無意識に詰めていた息を吐き出して体に入っていた余分な力を抜く。固くなっていた両手首をぷらぷらと揺らしながら隊長の言葉に深く頷いていれば一人意味が理解できていないシリウスが眉尻を下げて「何? なにが?」と不思議そうにしていた。
「お前に気合い入れられたって話だ。なあスタク」
「不本意ながら」
「え、え? って、あー! 待って隊長でもダメ! アルに触んないで!」
「意味のわからんことを言うな。これくらい普通だ」
「そうだぞぉ、ルーヴ。班が分かれたらこんなのも普通だからな、慣れろー」
「無理! やだ! ほーらアルこっちおいでー」
「人を犬猫みたいに扱うな、不愉快だ」
「わああああごめーーーん!」
さっきまでの威勢はどこへやら、べそべそと落ち込んでいるシリウスを見て僕と隊長は呆れて同じタイミングでため息を吐いた。
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