集合
僕は今シリウスに抱きしめられている。否、長い手足に縛り付けられている、もしくは拘束されていると言った方が正しいかもしれない。
「おいシリウス」
「やだ、絶対やだ。アルがやっぱやめたって言うまで離さない!」
「無理に決まってるだろ。ほらこういうところだぞ、迷惑を掛けるな、言うことを聞け」
「アルだって我儘言ってるだろ! 隊長は絶対俺たちを別の班になんて考えてなかった!」
「でも僕が提言したことでその有用性は感じて貰えたはずだ」
「そんな訳ないじゃん! ねえ隊長!」
べそべそと泣いているシリウスが鋭い目で隊長を見た。その視線に明らかに気まずそうにしたその人はしれっと目線を外す。
「……確かにこの一週間のお前の体たらくぶりは目に余った、なー…」
「⁉︎」
「ほら見ろ」
盛大にショックを受けているシリウスがそれでも嫌だと僕を抱き竦める。まだ満足に朝食も食べていないのに異様な雰囲気のまま時間が過ぎていく中、雷光のような鋭さでその人は現れた。
「いつまでべそべそ泣いてんだ泣き虫小僧」
煌めく金髪を無造作に靡かせたハイルデンさんは今日もいっそう声が酒焼けだ。
「あ、おはようございますハイルデンさん」
「おうおはよう。朝から騒がしいと思えばやっぱりお前らか。今度は何した」
「隊長にシリウスと班を分けてもらうように提案してました」
「ほー、いいじゃねえか」
「⁉︎」
隊長とシリウスの驚愕の目がハイルデンさんに向けられる。
この人は兵士でありながら昨日も夜遅くまで飲んでいたのか微かに酒の匂いがする。それでも表情はいつもと変わらず、甘いが鋭さもある目で二人を見た。
「お前らがルーヴに甘過ぎんだよ。こいつだっていつまでもここにいる訳じゃあるめえし、そうやっていい子いい子してて何になんだよ。ここは学園じゃねえんだ。誰とでも円滑なコミュニケーションが取れるように訓練させろ」
「いや、ちが、違うんだ」
「はあ? 何が違うんだよ。お前だってルーヴの調子が上がらないってオレに愚痴ってたろうが」
「あれは違うんだよ…!」
隊長がまたしても頭を抱えてしまった。
シリウスは相変わらず僕を拘束したままだし、食堂にいる人たちの視線が気になってしょうがない。
「おいルーヴ」
「…はい」
「そんなしょぼくれた犬みてえな顔すんな。お前はこの一週間ポンコツだった自覚はあんのか」
「……そんなことは」
「あっただろ。毎日寝坊して朝飯も食えずぐずってたやつが何を言ってるんだ」
「アル…‼︎」
「ほら見ろ。いつまでもスタクが面倒見てくれる訳じゃねえんだから、お前もしっかりしろよ」
「……は」
シリウスの喉から聞いたことのない低い唸りが聞こえた気がして顔を上げるのと、厨房からビビンさんの怒声が飛ぶのは同じタイミングだった。
「酒焼け馬鹿ちょっと集合〜〜〜〜〜‼︎」
「うるっせえな! 何だよビビン」
「いいから黙ってこっち来なさい顔だけ男!」
「へいへい。じゃあなお前ら、朝飯はしっかり食えよ」
ひらりと手を振って厨房の方へ向かう背中を見送ったあと、前に座る隊長が深い溜息を吐いた。
机に肘をついて眉間に深く皺を寄せている姿にまた要らぬストレスを掛けてしまっただろうかと思ったところでもう一度溜息が吐かれた。
「…スタク」
「はい」
「俺はお前が思い付きで不用意な発言をする男ではないと思っている。だからこそ聞くが、ルーヴと班を分けたいというのは本心か」
「はい、間違いなく」
「グゥウ、そうか〜〜」
「ただこれから先ずっとという訳ではありません」
「え」
「シリウスの扱いについて僕はここにいる誰よりも長けている自信があります。ですが、僕だけがそうなのは勿体無いと思うんです。シリウスはこんなのだけど天才なので、これから先何があっても誰とでも問題無く作戦を遂行させられるようになるべきだと考えます。なので試験運用として数日間入れ替えるのはどうかと。ずっとは多分、誰かの胃が擦り切れると思います」
隊長の眉間の皺がより深く刻まれて、僕の発言を吟味しているのか視線が下がる。そして次に視線が上がった時、その先に映されたたのはシリウスだ。
「…ルーヴ、ここまで言われて嫌だというのは男じゃないぞ」
「……」
抱き締められているせいでシリウスの顔は見えないけれど、すぐ様否定の言葉が出てこない時点で答えは決まっているようなものだった。
「…入れ替え期間は何日ですか」
やがて絞り出すような声で呟かれた言葉に隊長の眼光が和らいだ。
「まず入れ替えが出来るかどうかの調整からだから何とも言えねえな。ただ確かに、お前は誰とでも完璧に合わせられるようにするべきだ」
「…はい」
「よし、じゃあこの話は一旦ここで終わり! さあ飯を食え! 今日の訓練はキツいぞー!」
隊長の明るい声が響くと食堂はゆっくりといつも通りの空気に戻って行った。賑やかな声と食器の音が混ざる中、シリウスの腕の力がゆっくりと抜けていくのがわかった。
見上げると泣くのを堪えているような顔をした男がいて僕は思わず笑ってしまった。
「ひどい顔だな」
「アルのせいじゃん…」
「そうか」
恨み言を軽く流して途中だった朝食に向き直り、スープを口に運ぶ。すっかり冷めてしまったがそれでもきちんと美味しい食事だ。
「…ちゃんと出来たら、褒めて」
「ちゃんと出来たらな」
いつになく小さな声にはっきりと返せばシリウスは何も言わずに頷いて食事に手を付けた。
厨房からは何やらビビンさんとハイルデンさんの派手な言い争いが聞こえるし、早々に食事を終えた隊長がその仲裁に入るし、それを見た周りの兵士たちが騒ぎ立てるしで今日も食堂は動物園のようだ。
その賑やかな空間の中、僕たちは静かに食事を摂る。いつもは騒がしい男が話さないことに違和感はあるけれど、この雰囲気の時のシリウスは何かを真面目に考えている時だと僕は知っている。
もし僕の提案が通ったらシリウスと僕の関係は変わるのだろうか。
今まで当然のように隣同士だったこの席が、他の人のものになるのだろうか。
そう考えて想像した時、胸の奥が少し痛んだ。その痛みが何かわからないけれど、でもこの変化がシリウスの未来には必要なんだと僕は信じて疑わなかった。
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