悩み

@JULIA_JULIA

悩み

 コツッ、コツッ、と音が鳴る。ワタシの背後で音がなる。だからワタシは振り返る。


 しかしそこには誰もいない。振り返ったが、誰もいない。暗くて、よくは見えないが、誰もいないと思われる。そして音は、止んでいる。


 すぐにワタシは歩き出す。やや広い歩幅で歩き出す。そうしてワタシは帰路を急ぐ。


 するとまた、コツッ、コツッ、と音が鳴る。








 もう三日目だ。この不可解な現象に、もう三日も悩まされている。


 ワタシはいつも午後九時頃に小さなアパートの一室へと帰宅する。会社を出るのは八時過ぎ。歩いて五分ほどで駅に着き、そこから三十分くらい体を揺られる。そうして辿り着いた駅からアパートまでは、約十分間の道のり。


 その最後の十分間の中程なかほどに、はある。二百メートルくらいの、ほぼ真っ直ぐな道。そこには、街灯が一つしかない。


 その手前の道にも、奥の道にも、街灯は適度な間隔で設置されている。しかしどういうワケか、その二百メートルくらいの場所には、街灯は一つしか設置されていない。


 更には、そこは切り通しである。つまりは低い山を掘削して人が通れるようにした道である。だから両脇には山肌があるのみで、民家の類いはない。よって、その二百メートルくらいの道で頼りとなるのは、たった一つの街灯だけ、なのだ。


 だから夜のは、とても暗い。






「はぁ・・・」


 もし今日の帰りもが聞こえたら、四日目になる。一体いつまで続くのだろう。


 そんな憂鬱な思いから、ワタシは仕事の手を止め、デスクで溜息をついた。


「どうしたの、悩みごと?」


 通りかかった羽崎はねさきさんが声を掛けてきた。


 羽崎さんは、ワタシの三年先輩。新入りの頃には、教育係として世話をしてくれた頼れる男性社員だ。


「実は・・・」


 ワタシは羽崎さんに、のことを相談をした。








「それは怖いね」


 羽崎さんは顔をしかめた。


「そうなんですよ。せめて誰かいるんなら、怖さも半減するんですけど」


 暗い夜道で誰かが背後からついてくる───というのは、中々の怖さである。もしかしたら、襲われてしまうかもしれない。乱暴されてしまうかもしれない。


 しかし誰もいない方が、遥かに怖い。足音だけが聞こえてくるということは、幽霊の類いかもしれないからだ。


「まぁ、幽霊ってことは、ないとは思うけど」


 そう言ったあと、羽崎さんは軽く微笑んだ。どうやら彼は心霊現象などは信じていないようだ。


 しかし、ワタシは違う。


「どうして言い切れるんですか? もしも幽霊に襲われたら、責任とってもらえますか?」


 襲われてしまったら責任の取りようなど、ありはしないだろう。おそらくは、そこでワタシの人生は終了となるだろうから。しかし羽崎さんの無責任な発言に対し、ワタシはなにか言い返したかったのだ。


「幽霊なんていないよ。ああいうのは、思い込みや勘違いが生み出すモノさ」


 またも発せられた無責任な言葉に、ワタシは食って掛かる。


「だったら説明して下さいよ、ワタシの身に起こってることを」


 羽崎さんは腕組みをして、目を瞑る。そうして、うんうんと唸り、数秒後に、再びワタシの顔を見た。


「反響してるのかもね」


「反響?」


「そう。やまびこ───みたいなモノかな。キミの足音が両脇の山肌に反響して、背後から聞こえてきてるとか」


 なるほど。そういう可能性も、なくはないかも。


 そう考えると、ワタシの不安はかなり軽減された。


 心が軽くなったお礼を羽崎さんに言い、ワタシは再び仕事に取り掛かることにした。








「大丈夫? 一人で帰れる?」


 終業時刻となり、身支度を整えて会社をあとにする際、羽崎さんが声を掛けてきた。


「帰れるかどうかじゃなくて、帰らないとダメなんですよ」


 ワタシは一人暮らしだ。小さなアパートの、狭い一室で暮らしている。二十九歳で、未婚。夫や子どもはおろか、恋人もペットもいない。よって、誰かの世話をしないといけないワケではない。


 とはいえ、ネットカフェや漫画喫茶のようなところで寝たくはない。かといって、ホテルに泊まるのも馬鹿らしい。そんなことをしていたら、おカネが掛かって仕方がない。


「じゃあ、送っていこうか?」


 意外な一言。


 羽崎さんは、ワタシと同じく電車通勤である。そして彼の利用している駅もワタシと同じ。しかし帰るべき方向は、真逆だ。


「そんなことしたら、遅くなっちゃいますよ?」


 今は午後八時過ぎ。よって、ワタシの家に着くのは九時頃になる。そこから最寄り駅まで戻って、電車を待って───となると、羽崎さんは約二時間遅れの帰宅となる筈だ。


 しかも彼の家は、この駅から一時間近くも掛かる。そうなると羽崎さんが帰宅するのは、午後十一時を過ぎるのは確実だろう。そんなことをさせてしまうのは、流石に申し訳がない。


「まぁ、たしかに。でも今日中には帰れるだろうし、なにかあったらイヤだからね」


 少し照れ臭そうにしながらワタシの心配をしてくれた羽崎さん。結局、その言葉にワタシは甘えることにした。







 そうして、の手前へと辿り着いたワタシたち。その場所で一旦足を止め、道の先の様子を窺う。


「ここかぁ、たしかに暗いね」


 道の先を見て、言った羽崎さん。彼の言葉にワタシは続ける。


「ですよね。どうして、この道だけ街灯が一つしかないんでしょう?」


「本当だね、ここまでは普通にあるのに」


 振り返って、歩いてきた道を見た羽崎さん。彼の顔が向いている方向には、いくつかの街灯の明かりと、多数の民家から漏れている明かりがある。


「とにかく、さっさと通り過ぎよう」


 羽崎さんのその言葉を皮切りに、ワタシたちは再び歩き出した。横並びで、歩き出した。




 コツッ、コツッ、コツッ。




 ワタシの足音が辺りに響く。ミドルヒールのパンプスが、アスファルトに打ち付けられる音が響いている。


 しかし、背後からは聞こえない。


「なんともなさそうだけど・・・」


 程なくして、羽崎さんが言った。その声は、拍子抜けといった感じだった。すぐ隣を歩いている羽崎さんの方に、ワタシは視線を向ける。だけど彼の顔はよく見えない。


 この二百メートルくらいの道には、街灯は一つしかない。そしてそれは、この道の中間付近にある。つまり今、ワタシの周りは暗闇に近いといえる。僅かな月明かりだけが、今は頼りだ。だから羽崎さんの顔はよく見えない。


「そうですかね」


 ワタシは羽崎さんの反応に同調することなく、なんなら否定するような返事をした。すると彼が聞いてくる。


「え? おかしなことでも、あった?」


 羽崎さんは、つい先程と変わらないような声を発した。変わらず拍子抜けしているような感じだ。しかし残念ながら、ワタシは違う。




 羽崎さんは言っていた。


 やまびこ───みたいなモノかな、と。


 その言葉を聞いたとき、たしかにワタシの心は軽くなった。


 しかし、今は違う。


 よくよく考えてみれば分かることだ。いや、よく考えなくても分かることだ。この道で背後からが聞こえ始めたのは、三日前からだ。もし仮に彼の推測どおりならば、その前から聞こえていないと、おかしいことになる。


 三日前から急に、音の反響の仕方が変化したことになるのだから。


 ちなみに朝───出社するときにはがどうなっているのか、それは分からない。その時間帯、この道はそれなりに人通りがあるし、車も通る。学生たちの会話やエンジン音が聞こえるため、が鳴っているのかは、分からないのだ。




 ともかく、三日前に聞こえ始めたは、今は聞こえない。三日連続で聞こえていたのに、今日は聞こえない。


 それもまた、どう考えても、おかしなことだ。


 ワタシはそのことを、羽崎さんに聞くことにした。






「なるほど、たしかにおかしいな」


 羽崎さんが怪訝な表情をしている。ようやく街灯の元に辿り着いたため、彼の顔を見ることが出来たのだ。


 だけど見えたのは、それだけではなかった。




 羽崎さんの顔のすぐ横───ワタシから見れば横だが、羽崎さんからすれば背後にあたる場所───に、もう一つの顔があったのだ。


 ボサボサの長い髪、目玉があるべき箇所は真っ黒、大きく開かれている口。その口の中には、数本の歯。


 そんな顔が、羽崎さんの顔の横にあった。ワタシの方を向いていた。更には肉のただれた手が、彼の左肩に乗っている。


 確認できたのは、その程度。驚きと恐怖のあまり、ワタシはすぐに顔を逸らしたからだ。


 そうして前を向いた。なにも見なかったような、気づかなかったようなフリをして、ただただ歩くべき方向を見つめていた。




 羽崎さんがなにかを言っている。だけど彼の言葉はワタシの脳には届かない。耳には届いているのだが、その内容を受け止めることが出来ない。


 なぜなら、それどころではないからだ。




 羽崎さんの背中にしがみついていたモノは、なんなのか。

 このままにしておいてイイのか。

 やがて消えるのか。

 羽崎さんの身に、なにか起きるのではないか。

 ワタシの家についてくるのか。

 その中に入ってくるのか。


 そういうことを考えるのに必死で、羽崎さんの言葉を受け入れる余地などないのだ。






 やがてを抜け、先には複数の街灯が並んでいる。そんな場所まで辿り着いた。民家が建ち並ぶ場所まで、やって来た。やっと、来た。


 ここからアパートまでは、あと四分ほどで着く。ここで確認をしないといけない。まだが、いるのかどうかを。


 流石にがいるままの状態では、家に帰りたくなどない。家の近くにも、行きたくはない。


 だから意を決して、羽崎さんの方を見た。


 すると視線の先には羽崎さんの顔のみで、はいなくなっていた。おぞましい顔もなければ、ただれた指もない。その状況にワタシは安堵して、腰を折り、膝に手をやった。そんなワタシに羽崎さんが聞いてくる。


「大丈夫?」


 おそらく今日、が聞こえなかったのは、が羽崎さんにしがみついていたからだろう。自分で歩くことがなかったからだろう。


 ワタシはどうするべきかを悩んだ。羽崎さんに一部始終を伝えるべきかを悩んだ。


 しかしすぐに、決意する。




 知らぬが仏───という言葉がある。


 いま羽崎さんに真実を伝えても、なにがどうなるワケでもない。ただただ彼を怖がらせるだけだろう。


 だからワタシは、なにも伝えないことにした。




 そんな中、続けざまに尋ねてくる羽崎さん。


「疲れたの? さっきはさっきで話しかけても無視するし、どうしたの?」


 ワタシは憑かれてません、アナタが憑かれてたんですよ。


 そんな下らないジョークを思い付いたが、言えるワケがない。下らなすぎて恥ずかしいし、に関することは、なにも言えない。


「あ、いえ、なんでもありません。ただ、少し緊張してるだけです」


 ワタシは咄嗟のウソで、ごまかした。


 ともかく家に急ごう。早く帰ろう。すぐに寝よう。そうして、なにもかもを忘れてしまおう。


 そこからアパートへは、少し早足で向かった。そんなワタシの様子に不思議がりながらも、羽崎さんも早足でついてきた。








「あの、ありがとうございました」


 アパートの前に着き、ワタシは深々と頭を下げた。危うく羽崎さんの身に、を押し付けるところだったのだから、この程度のことは当然だ。


 しかし羽崎さんは大いに戸惑う。


「いやいや、そこまでしなくても。じゃ、じゃあね」


 そう言って、羽崎さんは背中を見せた。




 そこには、なにも憑いていない。は、もういない。


 だけど不意に、イヤな予感がした。


 だから、思わず呼び止める。


「あ、あの!」






 おそらくは、にいる。


 今日に入ったとき、はすぐに羽崎さんの背中にしがみついたのだろう。そしてが終わるところで、羽崎さんの背中から降りたのだろう。


 しかし、なぜなのか。


 なぜ、今日は歩かなかったのだろうか。

 なぜ、羽崎さんの背中にしがみついたのだろうか。

 なぜ、ワタシには憑かないのだろうか。


 目的は、なんなのだろうか。


 目的は、ワタシではないのだろうか。

 目的は、ワタシ以外の誰かなのだろうか。

 目的は、ワタシと一緒にいる人物なのだろうか。

 目的は、羽崎さんなのだろうか。




 そんなことが脳裏によぎり、ワタシは羽崎さんを呼び止めた。すると彼は振り返る。


「・・・なに?」


 羽崎さんはキョトンとした顔で、ワタシを見ている。


「もう遅いので、泊まっていきませんか?」


 それは、羽崎さんの身を案じての言葉だった。このまま彼を帰したら、もう二度と会えないような気がしたのだ。に襲われてしまうかもしれない───と感じたのだ。


 しかし羽崎さんは、そうではなかった。に気づいていない彼は、少し驚いた表情を浮かべる。


「え? それって───」


「あ! えと・・・」


 羽崎さんの言葉を遮り、発せられたワタシの声。そしてワタシは自分の発言の浅はかさに気づき、言葉に詰まった。


 一人暮らしの女から、「泊まっていきませんか?」などと言われたら、そう思ってしまうのは理解できる。しかも、「もう遅い」と言ってしまったが、まだ午後九時前後の筈なので、決して遅くはない。だから誘っている感じになってしまった。


 だけどワタシには、はないのだ。






 ・・・どうしよう。


 ワタシは悩んだ。


 羽崎さんはワタシの身を案じて、ここまで送ってくれた。もし彼がに襲われてしまったら、それは完全にワタシのせいだ。そして襲われてしまったら、もうワタシには、なにも出来ないだろう。責任を取ることなど出来ないだろう。


 そう考えると、一度くらいなら別にイイかもしれない。ワタシはすでにで、というワケではないのだから。それに羽崎さんも未婚だし、今は恋人はいなかった筈だ。


 そうして、羽崎さんはウチに泊まることになった。






 あまりに急激な展開で、唐突な出来事。


 だから勿論、避妊具など用意してはいなかった。ここでもまた、ワタシは悩む。




 今から買いに行くべきか・・・。


 しかしワタシが思い出せるコンピニは、どれもを通らなければいけない。つい先程を見たばかりなのに、再びを通るなんて、ワタシには出来ない。いや、再びどころか、三度みたび、通ることになる。往復しなければいけないのだから。


 出来る限り、は通りたくない。少なくとも、夜が明けるまでは。


 だからワタシは、腹をくくった。






 の直前、羽崎さんは「だから緊張してたんだね」と言ってきた。なんとも的外れな推察。あの言葉は、単なるウソなのに。




 正直、全く気持ちよくはなかった。しかしそれは、羽崎さんのせいではない。ワタシの───いや、のせいだ。あんなおぞましいモノを見たあとに快楽に浸れるほど、ワタシは図太くはないし、色欲狂いでもない。


 しかしそこは大人の対応───というか、気遣い。気持ちよくなっているフリは、しておいた。結果、羽崎さんはそれなりに満足していた様子。どうして男性は、こんなウソにも気づかないのだろうか。






 のあと、羽崎さんはを要求してきた。しかしワタシは断った。ワタシの目的は、彼とのではなく、彼を足止めすることだったからだ。そのまま彼が泊まってくれれば、それで良かったからだ。


 だけど、そうはいかなかった。


 羽崎さんはがないと分かると帰宅しようとしたのだ。その態度に、ピロートークがあるモノと思い込んでいたワタシは一瞬ではあるが、唖然とした。勿論そういう男性が決して珍しくはないことをワタシは承知していたが、まさか羽崎さんがそうだとは思わなかったからだ。


 そのときワタシの頭に浮かんだのは、ユリウス=カエサルが今際いまわきわに言ったとされる、あの言葉。




 ───オマエもか。




 そうしてワタシは、羽崎さんはそこそこにヒドい男性なのだと、認識を改めることにした。




 しかし困った、帰られるとマズい。に襲われてしまうかもしれない。そしたら羽崎さんを家に上げた意味がなくなる。彼に抱かれた意味がなくなる。


 だからワタシは、に応じることにした。






 結局、三回もすることになってしまった。


 二度目が終わっても、まだ終電に間に合いそうな時間だったからだ。だからワタシは三度目を要求した。ワタシから、要求してしまった。したくもないを求めてしまった。


 三度目が終わる直前、羽崎さんは中で果てようとした。慌てて体をよじり、それはなんとか回避できた。彼の命を守ろうとは思うが、新たな命を育む気はない。一つの命が無駄に失われないようにはしたが、生み出す気などないのだ。


 そうしてワタシは、羽崎さんは結構なクズなのだと、また認識を改めた。









 翌朝、ワタシたちは二人で最寄りの駅へと向かった。も二人で通った。特に変わったことはなく、無事に電車に乗ることが出来た。会社の最寄り駅に着いてからは、距離を取り、別々に出社。


 そこからは、何事もなかったかのように過ごし、実際に何事も起きず、その日は終わった。


 羽崎さんに、は起きなかったのだ。


 とはいえ、は、また聞こえるようになった。その日の夜道では聞こえたのだ。しかしまぁ、それはのこと───といえるだろう。


 ある意味、通常運転が再開された───といえる。






 しかし、変化が起きた。それは、その翌日のことだった。


 羽崎さんがワタシのアパートに来たがるようになったのだ。しかしワタシには、そんなつもりは全くない。あのときは羽崎さんを守るために、仕方なく家に泊めただけなのだ。に及んだだけなのだ。


 だから、丁重にお断りした。




 しかし羽崎さんは、しつこいくらいに言ってくるようになった。毎日ワタシのアパートに来たがった。毎日、催促してきたのだ。


 そうしてから約二週間後、ワタシは羽崎さんを家に誘った。


 二人で会社を出て、同じ電車に乗り、を歩く。


 やがてアパートに着き、またに及んだ。しかし今回は、避妊具───ワタシが事前に用意しておいたモノだ───をつけてもらった。ものスゴくゴネられたけど、つけてもらった。避妊具ナシで一度───正確には三度だが───したからといって、毎回それでイイなんてことは、絶対にない。


 


 その後、羽崎さんは、またゴネた。このあいだのように、複数回のを希望してきたのだ。しかしワタシは、キッパリと断った。今日は一度きりで充分だ。充分すぎるくらいだ。本当はしたくなど、なかったのだから。


 すると彼は、程なくして帰っていった。シャワーを浴びることもなく、さっさと帰っていった。今回ワタシは彼を泊めるつもりはなかったので、止めるつもりもない。


 そうして羽崎さんは、ワタシの前から去っていった。


 そう、消えたのだ。






 その翌日から、羽崎さんは会社に来なくなった。どうやら連絡もつかないらしい。彼は行方不明になったのだ。突然のことに会社のみんなは驚いていた。そんな中、ワタシはというと、驚いているフリはした。








 およそ一週間前、ワタシは会社の人たちに話を聞き始めていた。調査を始めていた。


 しつこいくらいに言い寄ってくる羽崎さん。彼はワタシのアパートには来たがるのに、どういうワケか、ワタシを自分の家に呼ぶ気はないようだった。その態度を不審に感じたワタシは、会社の人たちから、それとなく話を聞くことにしたのだ。


 その結果、羽崎さんには同棲している彼女がいるということが分かった。二ヶ月ほど前から付き合いだして、一ヶ月くらい前から同棲しているとのこと。だから彼は、ワタシを自分の家に呼ばなかったのだ。




 そこでワタシは思った。


 ・・・なるほど、なるほど。羽崎さんは、ワタシをにしたいらしい。をしたいらしい。ちゃんと自宅にがあるのに、よそでを食べたいらしい。


 ワタシはそういう男性が、大キライなのに。






 羽崎さんには、仕事では、お世話になった。


 しかし、それはそれ。


 だからワタシは、羽崎さんに罰を与えることにした。






 二度目となった羽崎さんの訪問の日。彼はまた、に憑かれていた。そしてが終わると、は消えていた。ワタシはそのことを確認した上で、羽崎さんとのを断ったのだ。そうすれば、彼は帰宅するだろうと分かっていたから。




 そうそう。に関しては、聞こえなくなった。羽崎さんが会社に来なくなった日から、ピタリと止んだのだ。


 一体は、なんだったのか。一体なにが目的だったのか。


 それらは分からず終いだが、聞こえなくなったのだから、ヨシとしよう。






 羽崎さんの最後が、どういうモノだったのかまでは知らない。知りようがないし、知りたくもない。


 食べられたのか、消されたのか。


 まぁ、どちらでもイイ。いや、どうでもイイ。


 ワタシは羽崎さんに食べられてしまったし、決して消せない過ちを犯してしまった。羽崎さんの二度目の訪問は、ワタシから誘った。同棲中の恋人がいると分かっていながら、羽崎さんと再び関係を持ってしまったのだ。


 そちらの方が、よほどワタシを悩ませる。




 

 しかしワタシの悩みは、それだけでは終わらなかった。






 およそ二ヶ月が経った。───つまりは、から、二ヶ月が経った。




 だけど・・・、未だに生理が来ない。



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