第32話 ジョージ

 ジョージはいつも通り丁半を遊ぶ。

 ジョセフはジョージから離れた席に座り、チャックとブライアンはジョージの隣があいていたので、そこに座った。

 事前の打ち合わせ通り、ジョセフはツボ振りからサインをもらって、勝率を七割程度にした。

 ほとんどその反対に賭けているチャックとブライアンは見る見るうちに手持ちのチップが減っていく。

 ジョージの勝率は五割程度であり、勝ったり負けたりを繰り返しているが、その張りは事前の情報通り、他の客の三倍程度の金額となっていた。

 負けが込んできたチャックが舌打ちをした。


「ちっ、勝てねえ。せっかくのおさめ金もなくなっちまうな」

「兄貴!」


 ブライアンが即座にチャックを注意した。


「おっと」


 注意をされたチャックは慌てて口に手を当てる。

 これ以上しゃべらないというゼスチャーだ。

 おさめ金とは盗賊のあいだで使われる言葉で、今でいうところの退職金のことである。

 一味を解散するときに、親分が子分に渡す退職金をそう呼ぶのだ。

 勿論これは演技であり、ジョージに聞こえるように言ったのだった。

 その演技が見事にはまり、ジョージの眉がピクリと動いた。

 だが、すぐに動くことはなく、そのまま賭けを継続して遊ぶ。

 ほどなくしてチャックがパンクした。


「代貸!廻銭だ!」


 チャックが廻銭を要求する。

 廻銭とは賭場での借金である。

 一日一割や、場合によっては三割という高利で貸す金であり、それがカジノの収入源ともなっていた。

 チャックに要求されて、代貸がチップを持ってくる。


「お初ですので、付け馬に家まで行かせますが」


 代貸がチャックにチップを渡す前に、そう確認した。

 付け馬とは借金を取り立てる者のことである。

 金を貸した客が逃げないように、取り立てをしている者はカジノや妓楼にいた。

 初めての客であるチャックにも、そうして付け馬を使って家を確認するのである。

 ただし、代貸には話が通っており、この廻銭は茶番であった。


「いいぜ。十三番地区の安眠亭って宿にいる。そこの番頭にでも聞いてくれ」


 チャックはその条件に納得し、チップを受け取った。

 そのチップもすぐになくなり、怒って席を立つ。


「おけらだ。くそっ。つとめをするしかねえな」

「へい」


 ブライアンも一緒に席を立った。

 すると、まだチップの残っているジョージも席を立つ。

 それを見たジョセフも席を立って、気づかれないように彼らの後をつけた。

 チャックとブライアンは後ろからジョージがついてくるのを確認して、カジノから外に出た。


「兄さんたち」


 ジョージが二人に声を掛けてきた。


「なんでえ?」

「随分と負けがこんでたようで。おさめ金が無くなるって聞こえたが」

「まあな。おさめ金がなんなのか知っているのか?」

「おおよ。兄さんたちと似たような職業だからな」


 ジョージがへらへらと笑いながら答えた。


「そういうことかい。まあ、そういうわけで次のつとめをしなきゃあならねえが、今までいたところがなくなっちまったからなあ」

「そういうことなら、つとめを紹介できるが」

「本当か?」

「ああ。しかし、ここじゃあまずい。俺のやさに来てもらえねえか」


 その言葉にチャックとブライアンは内心小躍りした。

 やはり、ジョージは犯罪者だったのである。

 三人はそのまま遊郭の外へと向かう。

 ジョセフはそのあとをつけ、ハドソンの店の前で打ち合わせ通りにサインを送った。

 夜とはいえ遊郭の中は明るく、ハドソンはジョージの顔を把握することが出来た。

 遊郭から出てジョージの泊っている宿へとつくと、ジョセフの尾行は終わる。

 ジョージがなぜ宿を使っているのかというと、自宅は警察が簡単に把握するからという理由であった。

 後ろめたいことをしているからの理由である。

 自宅はつい最近売り払われて、別の人間が買って住んでいる。

 さらには、この宿が犯罪者が好む、所謂盗人宿というやつであった。

 そこにはジョージの仲間もいた。

 ジョージはチャックとブライアンに訊ねる。


「お前さん方名前を聞いておこうか」

「チェイスだ」


 チャックが偽名を名乗る。


「ブラウニー」


 ブライアンも偽名を名乗った。

 ジョージは疑う様子もなくうなずいた。


「チェイスにブラウニー。二人はどこにいたんだ?」

「サイラスって親分のもとで色々な地方都市で仕事をしていた。その親分が兄貴の仇をうつからって帝都に行っちまって、おさめ金をもらってからは二人で空き巣やスリをしながら旅をしていた。旅のついでに帝都に来て、サイラス親分の様子を見ようと思ったら、サツに捕まって打ち首だってんだから驚きだったぜ」


 チャックは考えていたチェイスのストーリーを話す。

 サイラスの子分ということにしたのは、本人が処刑されているので嘘がばれにくいと思ったからである。

 この辺は事前にジョセフやマリアンヌと相談して決めていた。


「サイラスってあのティムの弟の?」


 ジョージはきき返す。

 ブライアンはコクコクとコミカルに頷いた。


「そうそう。だから俺たちは帝都で親分がシマを引き継いでいたらいいなって思ってたんだぜ。仕事が楽になるからな」

「なるほど、事情はわかった。ところで、人を殺したことはあるか?」

「なんでそんなことを訊くんだ?」


 チャックはジョージの質問に対し、不信の目を向けた。


「そりゃあ、つとめの最中に躊躇されて目撃者を残すような奴は仲間に入れたくねえからな。そっから足が付きゃあ、こっちもお縄になるんだぜ」

「そういうことか。俺たちは裏仕事をしてきた人間だぜ。今更一人や二人どうってことねえよ」

「それを聞いて安心したぜ」


 ジョージはそこまで確認すると、仕事の話をはじめた。

 やることは強盗。

 ただし、狙う店はまだ教えられないというので、その日は二人は帰ることになった。

 決行日が近くなったら二人の泊っている宿に連絡をよこすというのである。

 宿からの帰り道、チャックが小声でブライアンに話しかける。


「つけられているな。振り返るなよ」

「わかった」


 ブライアンは頷くことなく、やはり小声で返す。

 チャックが気づいた尾行は、ジョージが命じたものであった。

 流石にあの話だけで信じるほどジョージも純粋ではなく、仲間に後をつけさせたのである。

 これでデルタに帰ろうものなら、警察の狗だということがばれてしまうのだが、そこはチャックたちも当然警戒しており、ジョージに話した宿へと帰る。

 それを見届けた尾行者は、ジョージのところに戻って見たことを報告した。


「言っていた通りの宿に戻ったぜ」

「そうか。カジノでおさめ金だのつとめだのと言っていたから、そうとう抜けているんだろうが、荒事が出来るなら問題ねえな。それに、バックのサイラスが死んだ今じゃあ、あいつらを後々消したところで、揉めるような組織もねえってことか」

「押し込みのあとでやっちまうのか?」

「いや、使えるようなら今後も長く付き合うぜ」


 自分たちが捜査線上にあがっているとも知らず、ジョージと仲間はそんな会話をしていた。

 一方、チャックとブライアンのいる宿にジョセフがやってきていた。

 デルタに帰ってこなかったので、尾行がついたとわかり、二人の隣の部屋へと入る。

 これは二人が見張られていることを考えて隣の部屋を予約しておき、外から見えないように二人の部屋に行くことが出来るようにしたのである。

 この宿にも警察の息がかかっており、こうした仕掛けが用意してある部屋があるのだ。


「ご苦労様。やっぱりつけられた?」

「ええ。下手な尾行だったからすぐに気が付きましたがね」

「そうかあ。それで、もう外にはそれらしいのがいなくなっていたんだけど、随分と気が緩んでいるよね。もう少し監視してみないと、どんな人物かわからないのに」

「ま、犯罪者なんてそんなもんでしょうぜ。自分ら警察が丁寧にやりすぎなんですよ」


 チャックはそういうが、彼の仕事に対する姿勢はまじめであり、その丁寧にやりすぎの見本のようなものだとジョセフは思った。

 ただし、それを口にすると調子に乗りそうだったので、心のうちにとどめておいたが。


「で、仕事の話ですが、押し込み先についてはまだ教えてもらえませんでした。直前になってこの宿につなぎをよこすみたいですね」

「なるほどね。まあ、相手の出方を待とうか。他のメンバーでジョージのやさを見張っておくから、しばらくはこの宿で暮らしてね」

「全部経費ですか?」

「まさか。食事くらいだよ。飲む打つ買うは自腹でね」

「世知辛いこって」


 チャックは肩をすくめてみせた。

 その肩をブライアンがぽんと叩く。


「明日からはしばらく気ままな博徒生活なんだから、勝てばいいだけだよ」

「勝てりゃあな。今日みたいにツボ振りがサインを出してくれりゃあいいんだけど」

「馬鹿な事言ってないで、明日からも悪党を演じてね」


 二人の会話にジョセフはくぎを刺した。

 そして、そこまでで会話を打ち切り、ジョセフは部屋を出た。

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