第31話 容疑者

 遊郭で情報を得たジョセフはデルタに帰るとメンバーを招集した。

 そこで得た情報を伝える。


「バーンズ子爵のところにいた兵士のジョージというのが、どうも最近金回りが良くなったそうだ。賭場の借金を一括で返済して、まだ遊ぶ金があるらしい。今回の一件に関わってなくても、なんらかの犯罪にはかかわっているだろうね」

「偶然にしては出来過ぎているわね」


 マリアンヌもその情報に何かしら感じるものがあった。


「というわけで、遊郭のカジノに出入りしているジョージを探ってみようと思うんだ」

「どうやって?」

「派手に遊んでいればすぐに金は底を尽きるはず。そうなれば再犯するんじゃないかな。それを狙って仲間になるように仕向ける。まずは出入りしているカジノにこちらも通って、ある程度顔見知りになる必要があるんだ」

「誰が行くの?」

「そうだねえ、チャックともう一人は」


 ジョセフがメンバーの顔を見渡すと、一人挙手する者があった。

 ブライアン・ウォーカーである。

 ブライアンは外見はぽっちゃり気味であり、剣や体術に秀でているわけではない。

 性格はひょうきんで粗忽。

 細かいミスが多いのだが、愛嬌のあるひょうきんさで組織で嫌われているということは無かった。

 そんなブライアンが自分をと挙手したのである。


「はい。自分が行きます」

「ブライアンかあ」


 ジョセフは少し胡乱な目でブライアンを見た。


「何かあるの?」

「自分はデルタに来てから目ぼしい功績がありません。ここいらで一つ手柄を立てようと思いまして」


 後頭部を掻きながら笑ってブライアンが答えた。


「そうだねえ。でも、カジノでギャンブルが出来るの?」

「一通りは」

「チャックのお引きっぽく見えて丁度いいんじゃない?」


 マリアンヌもブライアンを援護する。

 それでジョセフの心も決まった。


「よし、ブライアンとチャックで行ってもらおう」


 そうジョセフが言うと、当のチャックが不満顔になる。

 ジョセフもそれに気づいた。


「チャック、不満そうだね」

「ええ。どうして俺には博打が出来るか聞かないんですか」

「出来そうな顔をしているから」

「えーえー。どうせそんなことだろうと思いましたよ」


 返答を聞いてチャックが拗ねた。

 ただし、本気ではないためメンバーには笑顔が見られる。


「僕も行くからね。オーナーには話をつけておくから、派手に負けて代貸から廻銭してもらってね」


 ジョセフは笑いながら自分も行くと話す。

 廻銭とは賭場で借りる金のことである。

 貸元と呼ばれるカジノのオーナーである金貸しがいて、その貸元の下に代貸がいる。

 貸元は必ず賭場にいるわけではないが、代貸は必ず賭場にいて仕事をしているので、ジョセフの指示もそうなる。


「勝っちまったらどうするんですか」

「そこは僕と反対に賭ければ大丈夫」

「いかさまですか」

「そうじゃないよ。聞いた話じゃジョージがやっているのは丁半。それならツボ振りは狙った目を出せるから、サインを出してもらって僕がその目に賭ける。で、チャックとブライアンは反対に賭ければいいんだ。まあ、僕が全勝するのもおかしいから、途中途中で負けるようにするけどね」


 丁半とは二個のサイコロを振って、その目を足したものが偶数か奇数かを当てる博打である。

 ここオキシジェン帝国においても、日本とほぼ同じ丁半が行われていた。


「面白くもなんともねえこって」


 チャックのその言葉に、ジョセフの目つきが険しくなる。


「僕らの仕事は凶賊を捕まえることだ。二十人からが殺されているんだから遊びじゃないんだよ。個人の面白さなんて関係ないんだ」

「そうでした。それじゃあいつから行きましょうか?」


 対して悪びれた様子もなく、チャックがジョセフの苦言を受け流す。

 ジョセフもそれ以上チャックに対して厳しい言葉をぶつけることはしなかった。


「今夜からだね。二人とも無頼っぽい格好してきてね」

「はい」


 二人はそう返事をした。


「残りのメンバーは、賭場からジョージをつけて、いまのやさを確認してほしい。単独でやった仕事じゃないから、仲間がいるかもしれないからね」

「顔がわからないじゃない」


 尾行の指示に対して、マリアンヌがジョージの顔がわからないというと、ジョセフは少し考え込んだ。


「僕が同じタイミングでカジノを出るよ。人手が足りないようならハドソンにも手伝わせるけど」

「顔の件はわかったわ。人手は尾行だけなら大丈夫でしょうね。ただ、その後ずっと住処を監視するようなことになれば、場合によっては手伝ってもらうことになるかもしれないわ」

「それじゃあ、ハドソンにもジョージの顔を覚えてもらおうか。そんなわけで、後は現地集合ってことで」

「私は遊郭での張り込みは目立つから行かないけどね」


 マリアンヌは遊郭の張り込みが自分には向かないということで、他の仕事をすることにした。

 マリアンヌの外見を考えればそれも納得なので、ジョセフはそれを認めた。

 こうしてデルタの男衆で遊郭へと出張ることになったのである。


 日が西に傾いた時、ジョセフは遊郭の中にあるハドソンの店にいた。

 そこで椅子に腰かけて、田螺の味噌煮をつまみに酒を飲むふりをしていた。

 本当に飲んでしまっては、これからの仕事をしくじる可能性があるからである。

 なので、田螺を食べるだけであった。


「そのジョージっていうのと一緒のタイミングでカジノを出るか。それで、ここの前を通る時に顔を見てほしいんだ」

「承知しやした」

「彼が犯人であることを願うばかりだね」

「十中八九、そうだと思っているんでしょう?」

「まあね」


 ジョセフは頷くと田螺をひとつ、口の中に入れた。

 ジョセフの中ではジョージが犯人であるということに確信めいたものがあった。

 勘働きというやつである。


「そろそろいつもジョージが来る時間になるから、行ってくるよ。お代はここに置いておくね」

「へい」


 二人の仕草は傍から見れば、客が代金を支払って店を後にしたようにしか見えなかった。

 いまだにハドソンがジョセフの密偵であるということに気づいている者はいない。

 そこに次の客がやってくる。


「おやじ、酒だ」

「へい」


 その客にとって、ここは単なる屋台という認識であり、今席を立った人物が警爵であるとは夢にも思っていなかった。

 それほど二人の仕草がふつうだったということである。

 ジョセフはしばらく歩くと目的のカジノに到着した。

 既にチャックとブライアンは到着しており、店から少し離れたところでジョセフを待っている状態だった。


「僕が先に行く」


 ジョセフはそう言うとカジノに向かって歩いて行き、入口の店員に挨拶をして中に入る。

 これはこの前ブリギッタと一緒に来たからというわけではなく、元々ジョセフがカジノの常連だから顔パスなのだ。

 いっぽうで、その後ろからやってきたチャックとブライアンは色々と確認をされる。

 それでも中に入れないということはないので、ジョセフに遅れることしばらくしてカジノの中にやってきた。

 ジョージが来店したら店員から報告をもらうことになっており、それまではカジノの中をぶらついて、客の様子を見ていた。

 そんな時でも、外見に見合わないような大金を賭ける客の様子を探るのは、警察官の性というものであった。

 そうした客を見つけると、近くによって話を聞く。

 犯罪者であれば、ついぽろっと何かしらの情報を漏らすかもしれないからだ。

 ただ、今回は目ぼしい情報は得られなかった。

 そうしているうちに、目的のジョージが来店し、店員がそれとなくジョセフに伝えた。

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