15 冒険者の街フォルゲン
「うっ……申し訳ありません……そんな、おつらいお話をさせてしまうなんて……うぅ……」
エっちゃんは涙と鼻水で顔がぐちょぐちょになって、ダッシュボードから取り出してあげたティッシュをズビズビに濡らしている。
「王都を離れたことで、よそから来たきみたちなら話していいかな……と思ったまでさ。ただし、無用な混乱を招かないようにここだけの話にしてくれ」
クロードさんの、まるで「気にするな」と言うように首を横に軽く振った姿がルームミラー越しに見える。
「私だけが大変な経験をしたって、思い上がっておりました。私なんて箱入りで恵まれて育ったんだわ」
「エスメラルダ嬢だって、家族と引き離されたんだ。スイだってそうだろう?」
「私が申し上げるのもなんですが、皆さん似たもの同士ですね」
「まあ、なんでも、世の中は経験しないとわからないことだらけさ」
確かに、独り暮らししながらバイトのシフトの入れ過ぎで鬱状態だと医者から診断されて、両親から心配された僕にも自覚がある。自分が体験してみないとわからないことは明らかに存在するんだ。他の人を表面から見ているだけじゃわからないこともある。
◇
そんなこんなで、「マリン・スノー号」のチートカーナビに従うまま街をいくつかまたいだところに「冒険者の街」フォルゲンはあった。
クロードさんの話に聞いていた通り、王都セリスより自然が豊かだ。セリスでも見かけたブーゲンビリアやプルメリア、ハイビスカスみたいな、いかにも南国な花が漆喰塗りの白い建物に入り混じって咲き乱れ、非常に鮮やかで風光明媚な街だ。
大きな漁港もあるから、新鮮な魚が市場には並んでいる。活気に溢れていて、お客さんが店主さんに値切る交渉の声がそこかしこから聞こえてくる。
ちなみに「マリン・スノー号」はフォルゲンの郊外に停めて、亜空間収納していた。どこに消えているのかいつも気になる。
街の風景を見物しながら歩きつつ、このフォルゲンの一番と言ってもいいかもしれない立派な建物、冒険者ギルドに到着した。
◇
冒険者ギルドの立派な建物を目の前に、僕たちは扉を押して中に入った。天井が高く、石灰岩造りの壁に掲げられた数々の冒険者たちの武勲が刻まれた盾や剣が目を引く。
ここで、会う人がいる。ログさんとアミナさんの息子であるセノさん。冒険者ギルドの料理長を務めているそうだ。
さっそくギルド備え付けの食堂に向かう。ご夫妻から手紙を預かっていて、呼び出してもらったセノさんにそれを渡す。
「お、なるほど。両親が世話になったんだね?」
「いえ、むしろログさんとアミナさんによくしてもらったのはこちらです」
僕はすっかり恐縮してしまった。
「両親の紹介とあれば、俺も歓迎するよ! あまり王都には帰ってないけど、もし帰ったら両親が『結婚はまだか』とかってうるさいからさぁ〜」
セノさんはなんだか気さくで親しみやすそうな人柄だ。
「ところで、きみたち! 冒険者ギルドに登録しておけば、食事代や設備の使用料が割引になるぞ!」
食事が安くなるという話に僕はすぐに飛びついた。少しでも節約できるなら嬉しい。この街でしばらく滞在するつもりだったからありがたい話だ。
受付カウンターでさっそく登録を済ませる。対応してくれたのはリーネさんという受付嬢さん。
やはり商人ギルドと同じで登録者には等級があるらしいが、商人ギルドと違う点は実力のみで測られるところだ。「冒険者等級」というそのままの名前がついており、以下のような内容だという。
〈第五級〉はいわゆる駆け出しで街の清掃や失せ物探し、安全な森や草原での採取、それに低級魔獣の討伐が主な活動内容だ。
〈第四級〉で通常級魔獣の討伐が可能になる。また、賊の襲撃からの護衛依頼も請けられるようになる。そのため、賊を討伐するという名目での殺人許可が下りるようになる。この等級が一番人数が多い。
〈第三級〉で一流と認められ、上級魔獣の討伐が可能になる。指名依頼が入ることもある。
〈第二級〉では超一流として、国家単位での超級魔獣討伐に徴集されるようになるそうだ。
〈第一級〉は、現在このエリュシオ王国でたった三人しか存在しない、文字通り一騎当千の生ける伝説であり、その依頼報酬には豪邸や城を買えるような額がつくという──。
お察しいただけると思うが、〈第一級〉相当の実力を持っているのがクロードさんだ。しかし、あくまで元・国家公務員。副業は禁止なのだ。貴族待遇だろうがなんだろうが、皆んな最初は平等に駆け出しの〈第五級〉から始まるのである。
僕たちの最初の仕事は「薬草採取」と決まった。僕、エっちゃん、クロードさんの三人で意気揚々とギルドを出発し、近くの草原へと向かう。
草原に到着してすぐ、僕たちはそれぞれ作業を始めた。意外だったのはクロードさんが素直な様子で黙々と薬草を摘み始めたことだ。その背中になぜか哀愁が漂う。僕はエっちゃんと一緒に周囲を警戒しつつ、一人ずつ十本の納品依頼をされている、ヨモギに似た形の薬草を摘む。
薬草採取だからと舐めてはいけない。他の雑多な草が混じる中で、薬草だけを見極めて摘むのは初心者にはかなり大変な作業だろう。
そのときだ。「エっちゃん! 後ろ!」と叫びたかったが、口が固まったように動かない。言葉を発する間もなく、エっちゃんの背後に巨大な黒い熊型魔獣が突進してきたのである。
「──はっ!」
という鋭い掛け声と共に、エっちゃんがダンスでも一曲踊るかのごとく華麗な回し蹴りを放つ。
……エっちゃんさん!?
その一撃が熊の首筋に直撃。「ゴギッ……!」というえげつない音が鳴った。次の瞬間には頸椎を完全に折られた熊が地面に倒れ伏している。エっちゃんが見事に倒してしまった。
「え? 私、何かやっちゃいましたか」とでも言いたげなケロッとした顔で振り返るエっちゃん。僕は熊というよりもエっちゃんに対する恐怖でしばらく呆然としていた。
一方のクロードさんは、そんな騒ぎにも動じず、地道に薬草を摘んでいた。「修行時代に修練場で延々と雑草取りさせられたのを思い出すな……」と、何やらボソボソ呟きながら。従魔らしくちゃんと仕事してよね。いや、ちゃんとしてるんだけどさ。
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