4 跳ねる角兎亭ご夫妻とラガー

「ようこそ、『跳ねる角兎亭』へ!」


 受付カウンターではなんだか気っ風のいいおじさんが出迎えてくれた。


「一晩、泊まりたいのですが。それと、夕食もセットで」


 お腹がきゅるきゅると空いて、胃壁がくっつきそうなくらいだ。


「あいよ!」


 宿代を渡した後、おじさんに案内されたのは食堂。ずっと料理のいい匂いが漂っていたんだよね。


「いらっしゃい! ……あら、珍しい髪色! もしかして旅人さん?」


 少し肉付きのいいおばさんが満面の笑みでいる。


「そうなんです。訳あってこの街に辿り着いた、と言いますか……」


 さすがに「聖女召喚に巻き込まれました」と言うのは禁則事項だろう。国家機密かもしれないし。僕の立場が面倒臭くなるのも嫌だし。


「そうなのね。……ところであなた、丁度いいところに来たわね! いい魔獣が手に入ったのよ。たっぷりおあがりなさい?」


──魔獣!?


 この世界にはモンスターがいるのか。しかも食べられるのか。


「どんな魔獣料理なんですか?」


 おばさんはにっこりと笑いながら、夕食のメニューを教えてくれた。


「ええ、今日は『跳ねる角兎亭』の看板料理、今日みたいな特に暑い日にぴったりな『角兎のスパイススープ』があるの。ホーンラビットっていうのが、ここでの特産魔獣なんだけど、普通の兎よりもかなり大きくて一本角が特徴なのよ」


「スパイススープですか?」


 この世界、香辛料スパイスもあるとは素晴らしい。暖かい地域だから、きっと香辛料も豊かに採れるのかもしれない。


「そうなの。ホーンラビットの肉はあっさりとしているけど、スパイスを効かせてスープにすると、暑さにぴったりな爽やかさが楽しめるの。お肉の旨味もスパイスと混ざり合って、さっぱりとしながらも満足感があるのよ」


「それは楽しみです!」


「それじゃあ、席に案内するわね」


 おばさんに案内されて、食堂のテーブル席に座ると、ほどなくして『角兎のスパイススープ』が運ばれてきた。半透明のスープをベースにして、赤や緑のスパイスがきれいに浮かんでいる。見た目にも彩り豊かで食欲をそそられる。


「いただきます!」


 スプーンでスープをすくい、一口飲んでみると、まずはスパイシーさが舌の上にすうっと広がり、その後にホーンラビットの肉の淡白な味わいがじんわりと感じられた。スープにはお肉と煮込まれた野菜がたっぷり入っており、辛さの中にもしっかりとしたコクがあって、確かに暑い日にはぴったりだ。


「これ、すごく美味しいです。スパイス感が暑さを和らげてくれるし、ホーンラビットの肉もとても柔らかいですね。口の上でとろけそうです」


 おばさんは口を三日月みたいに笑ませながら、「そうでしょう! ホーンラビットの肉は暑い地域でも元気を保てるように、特に工夫してるのよ。スパイスが身体を元気にしてくれるし、スープで喉もすっきりするでしょ?」と答えてくれた。


「はい、本当に美味しいです。ありがとうございます」


 夕食を楽しんだ後、僕は食堂の片隅で少し考え事をしていた。そういえばこの世界のお酒事情についておばさんに訊いてみるのも良さそうだと思い立つ。


「ところで、おばさん、この街にはどんなお酒があるんですか?」


 おばさんは、少し驚いたような顔をしてから、微笑んで答えてくれた。


「ここでは主にエールと呼ばれるお酒を提供しているわ。麦からできるけれど果物みたいな香りが特徴なのよ」


「なるほど。じゃあ、エールを一杯お願いします」


「はいよ!」


 おばさんがエールを運んできてくれる間に思案する。この国は温暖だから、きっと上面発酵──つまり、エールしか流通していないのかもしれない。そしてエールがあるなら、ラガービールも受け入れられる素地がきちんとあるのでは……と。


「はい、お待ちどう。井戸水で冷やしたエールよ」


 おばさんが持ってきたグラスには、やや冷たいエールが注がれていた。ビールがぬるいと風味が損なわれることが多いが、この国ではここまでしか冷やせないのが限界なのかもしれない。


「ありがとうございます」


 一口飲んでみたが、やはりぬるめのエールはどうにも口当たりや喉ごしが物足りなかった。ただ、美味しいエールであることには間違いない。これもさらに冷やして売ることができれば、きっともっと、美味しくなるはずだ。今はこの世界のエールを冷やすための手段が見つからないけれど。


 食事が終わり、宿の部屋に移動すると、すっかり遅い時間だ。


「【ビアガーデン】!」


 能力を発動させる。目の前に高級感たっぷりのビールサーバーが現れた。


「よし、おじさんとおばさんに味見してもらおう」


 サーバーからラガービールを注ぎ、冷たいビールのグラスを手にした僕は、寝る前に食堂に戻り、おばさんとおじさんにビールを振る舞うことにした。


「おじさん、おばさん、お疲れ様です。実は、僕には物を冷やす能力があるのですが、色々とよくしてくださったお礼に冷えた『ラガービール』というものを振る舞いたいと思います。お酒が好きでしたら、ぜひ飲んでみてください!」


 おじさんとおばさんは目を丸くして顔を見合わせてから僕を見つめた。特におじさんは、瞳を輝かせながらビールを注いだグラスを眺めている。


「僕も一緒にいただきます!」


 僕もラガービールを口にする。キンキンに冷えたラガーは、口の中で爽快な味わいを広げ、まるでやまの澄んだ泉のようだ。


 おじさんは一口飲んだ瞬間、カッと目を見開いた。


「これは……! こんなに冷えたエールは初めてだ。すごいな、ここまで美味しいエールがあるなんて!」


「これは『エール』とは違う『ラガービール』というものなんですが、お口に合ったようで何よりです」


 おばさんの方も驚きと感動を隠せない様子みたいだった。


「これはすごいわ! 『ラガービール』と言ったわね。ここまで冷たくて美味しいお酒を飲んだのは初めてよ。これを振る舞ってくれたお礼と言ってはなんだけれど、夕食代は半額にしておくわね。──ありがとう、あなたのおかげで仕事疲れが吹っ飛んだわよ!」


「それはどうも、ありがとうございます!」


 びっくりした僕はありったけの感謝の気持ちを込めてお礼を言い、お二人と楽しく会話を交わして、温かい雰囲気の中を過ごしてから眠りについた。


【ビアガーデンLv3になりました】

【メニューに[ジンジャーエール]が追加されました】

【次回LvUP条件:100人から売上を得る】

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