人生諦めようとしたら妖精と出会って人生好転した

らまや

第1話 飛び降りようとしたら空から妖精が降ってきた

 星空がいつもより光輝いていた。まるで、今から飛び降りる私──相馬望美そうまのぞみを祝福しているかのように。おそらく気のせいだが。


 そもそも、星空を見たのはいつぶりだろうか。毎日カーテンを閉め切って、ろくに空を見ることもなかった。それなのに「いつもより」なんて考えるのはお門違いだ。変に考えるのはやめよう。


 余計な思考を止めようと頭を振り、冷えた右足をベランダの手すりに乗せようとした。しかし、手すりの位置が高かったのと身体が思った以上に硬いせいで、手すりに届かない右足がプルプル震えた。緊張しているのか、手すりを掴む両手に汗が滲んでいた。でも構わない。飛び降りたら関係ないのだから。


 フッと全身の力が抜け、緊張が解けた。やるなら今しかない。勢いに任せて、私は手すりに身を委ねようとした。


 次の瞬間。


「だめえええええええええ!」


 突然謎の物体が空から降ってきて、私の顔面を思い切り押した。


「…!?」


 威力はそこまで強くなかったが、意表を突かれた私は思わず後ろに倒れた。何が起こったのか把握できず、ハッと顔を上げた。目の前にいたのは、ふよふよと浮いている小さな物体だった。


「おい、大丈夫か!? 頭打ってないか? いきなり突き飛ばしてごめんな」


 その小さい物体は、青ざめた表情でこちらを見ながら、慌てた口調で話しかけてきた。私の小指と同じくらいの大きさの手で、私の鼻をおずおずと撫でる。


「く、くすぐったい…」


 思わず、小さな物体に向けてくしゃみしそうになった。寸前のところで堪えて、改めて目の前で浮いているそれを見つめる。


 身長はぱっと見10センチ程度と小さく、耳が長くてとんがっている。大きくてぱっちりとした目に、小さくてほんのり赤くなっている鼻が可愛らしい。髪は明るめの茶髪ショートで、クローバーの髪飾りがついている。背中には二対四枚の羽が生えており、俗に言う妖精のような見た目だ。

 

 しかし、私が想像した妖精は、ノースリーブもしくは袖が短めの綺麗なワンピースを着て、キラキラしたオーラを纏っている美しい生物である。目の前の妖精っぽい何かは、ダボっとした白パーカーに黒の短パン、薄汚れたスニーカーを身に纏っており、キラキラも何も見えない。


 これは一体何者なんだ…?まじまじと見つめると。


「お、おい! そんなじっと見るなよ! 照れちゃうだろ」


 頬をポッと赤らめて、小さな両手で顔を隠してしまった。なんか可愛い。


 と、そんなこと考えている場合じゃなかった。


「あの、なんで止めたの?」


 重要なのはそこだ。私は先程、ベランダから飛び降りようとした。しかし、この変な生物に止められたのだった。


「は? そんなの決まってるだろ。お前が飛び降りて死のうとしてたから…。ってあれ、もしかしてオイラの勘違いだった!?」


「いや、合ってるけど」


「だろ!? オイラは生命の妖精だからな、失われようとする命を救うのが仕事なんだ。だから、お前を止めたんだ」


「生命の妖精…?」


 そんな妖精聞いたことない。せいぜい火の妖精とか、水の妖精とか、そういう類のものしかいないと思っていた。


「おう! 生命の妖精だ。この世界では希少な存在だけど、すっごい力を持っているんだ。妖精の中でも特に讃えられているんだぞ!」


「へー。興味ないかな」


「おい!」


「それより、私死にたかったんだけど。邪魔しないでよ」


「へ、邪魔?」


 ポカンとした表情で、妖精はこちらを見ている。私は深くため息をついた。


「そう。私ね、生きるのが辛いの。なんのために生きているのかわからないし、生きてても何もできないし。自分が死んでも誰も悲しまないだろうし。毎日生きるのがしんどいから、早く死にたい」


 そう、私は希死念慮を抱えている。それが、今日溢れて制御できなくなってしまい、飛び降りようとしたのだ。


「あ、でも、オイラはお前に死んでほしくないぞ。生きててほしいぞ?」


「なんで? 今さっき会ったばっかりなのに」


「えっと、それは、オイラの仕事が命を助けることだから」


「いやそれそっちの都合じゃん。こっちに押し付けないでよ」


「うう、でも」


「ホント、自殺はダメだとか、命を救いたいとか、そんなの偽善でしょ。偽善者がいるから辛くなるんだよこっちは。マジでいらないから消えてほしい」


「おい! それってオイラに死ねって言ってるようなもんだぞ!」


「え、じゃあ一緒に死ぬ?」


 半ば冗談で妖精に提案してみた。すると、妖精はあり得ないといった表情で喚いた。


「嫌だ! オイラはまだやり残したことがたくさんあるんだ!」


「例えば?」


「え、ええと…。おっきなシュークリームを食べることとか、ほっぺたとろけるくらい甘いケーキ食べることとか…」


「うわ、そんなのすぐにできることじゃん。てか、食い意地張りすぎでしょ」


「え、そうなのか!? じゃあ、お前手伝ってくれよ」


「なんでそんな面倒くさいこと」


「すぐにできるっていったのお前だろ! オイラはやり方わかんないから教えてくれよ。頼むお願い!」


「ええ…。しょうがないなあ。それ終わったら一緒に死んでくれるの?」


「うぇ? ええとそうだなあ…。あ、そうだ! お前もやり残したことしようよ」


「別にないんだけど」


「いやあるだろ! 例えば…。うーん、そうだな。日本一周とか、高級料理食べるとか、どっかおしゃれな国に行くとか」


「なんか規模がでかいな…。あ、でもやりたいことあったかも」


「おお! じゃあそれをやりきるまで絶対死ぬなよ! 約束な!」


「しょうがないな…」


 ニコニコしながら小さな小指を差し出してくる妖精の勢いに負け、私は指切りをしてしまった。


 これが、人生諦めた私が人生を好転させる物語の始まりとなった。


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