第4話(2) ナナとネコと羽山タカ

ホームルームが終わり、ナナはホッと胸をなで下ろした。

ナナが学校に復帰したことを紹介する際、先生はナナのことを前の姓の友川ではなく、アパートの大家さんからもらった新しい姓の湯島で呼んだ。

若干ざわついたクラスだったが、ナナの両親が亡くなったことは全員に知れ渡っているらしく、なんとなく察したクラスメイトたちはそれ以上騒ぎ立てることはしなかった。

とは言え、腫れものに触るようにクラスメイトたちはナナから距離を置いた。

先生がいなくなった教室で、ナナの周りだけが人気もなく静かだった。


そんなナナをロッカーの隙間から覗く二つの影があった。ネコのあずきと白である。

「う〜不安で苦しくなっちゃう」

「バカだね、白。アンタ、ホウキに挟まれてるよ」

白が苦しかったのは、物理的に体が挟まれていたからだった。あずきに手伝ってもらって、2本のホウキの間から抜け出した白だったが胸だけは何故か苦しいままだった。

「まったく見てられないねぇ」

そんな白とナナを交互に見比べ、あずきは何やら思案していた。


「おい、ナナ。さっき言ったこと忘れたわけじゃないだろうな」

まるで結界でも張ったかのように静まり返っていたナナの周りの静寂を破ったのは、さきほどナナをからかってきたイジメっ子の小西木たちだった。

「前のお前とは違うんだろ?」

ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながら、机にしがみつくように俯いたままのナナを見下ろす。

「前とは違うもん……変わったんだもん……」

「本当か?」

「嘘だろ!」

取り巻きのヒョロとチビがナナを追い詰める。

「何も変わってないみたいだよなぁ、お前ら。何もできないナナ!運動も勉強も友達もできないナナ!前と同じひとりぼっちのナナのまんまだよなぁ?」


「違うもん!違うって……証明する……!!」

ナナが大きな声を出してざわついていたクラスが一瞬寝りかえった。

「ほぅ……どうするんだよ?」

「今日一日小西木くんと勝負する!勉強も、運動も、友達も……私の方ができるって、証明するんだから!」


瞬間クラスがドッとわいた。小西木たちが手を叩いて笑う中、ロッカーがひとりでにガタガタと動いた。

小西木たちも、傍観していたクラスメイトたちも、揃ってロッカーを見つめたがその辺りには誰もいない。ナナを覆っていた静寂とは別の種類の静けさが教室全体を包んだ。


ロッカーに手をかけた小西木の顔にランドセルがぶつかった。

「いっだぁ」

「ああ、ごめん。目を擦ってて見えなかった」

そういうと、羽山タカはロッカーの前の自分の席に座った。

「羽山っ、てめぇ!俺が誰かわかってやってんのか」

「クラスメイトだから知らないわけないだろ、小西木。学校一のボンボン」

タカはランドセルから、教科書やノートを取り出しながら淡々と言う。そのタカの姿を見て、一限目が始まる時間だと気づいたクラスメイトたちがぞろぞろと自分の席に着き始める。

「へっへー。よくわかってるじゃん、タカくん!」

褒められたかと思ったのか気分をよくした小西木は、ヒョロとチビを促して自分たちも席に着いた。

タカはずずっと鼻水を啜ると、くぐもった声で呟いた。

「ランドセルぶつけたくらいで涙目になるんだ。クラスメイトを従えられてるのは、腕じゃなくて金の力なんだろうな」

誰に言うともなく、話し続けるタカの言葉は予鈴にかき消される。

しかし、2匹の猫の耳にはちゃんと届いていてあずきと白は顔を見合わせた。


ネコが教室にいると知らないナナはなぜか助かったことに安堵した。

しかしすぐに自分が言い放った大言壮語に顔を青ざめさせ、自分の席でゆらゆらと忙しなく揺れるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る