引きこもり元聖女は魔道具でみんなを癒したい

涼月

第1話 ピンクのスライム

(パカラッ パカラッ 馬で駆ける軽快な音)


 我がエリストール公爵家の領内には、国内随一の緑深き聖域が存在する。

 その名はキルーシュの森。


 俺は今、この森の奥深くに住む元聖女、レフィアに会いに行くところだ。


 彼女は幼馴染で、類まれな魔力の持ち主で、将来を嘱望された大聖女候補だった。


 だった―――つまり、過去形。


 膨大な魔力を持ちながらも、彼女はそれを全部棒にフルだけのおっちょこちょいな一面と、突飛な発想力、極度の緊張で本番に弱いと言う、三重の弱点の持ち主。


 肝心なところで魔力を暴走させては、周りからの叱責と失笑を買ってしまい、引きこもりになってしまった。


 そんな彼女の能力が勿体ないと思った俺は、父に頼んでここに彼女専用のラボラトリーを提供したのだ。


 魔力の直接行使が難しいなら、魔道具に込めて提供すれば良いのではと提案して。


 と言う訳で、聖女でありながらも、ある意味危険人物であるレフィアの様子を見に来たのだけれど……


(ログハウス風建物から、ドタンバタンガシャンと音がしている)


 一体、何が起こっているんだろうか!?


(扉を開ける音)


「レフィア、何をして」

「あっ、アルベルト様! ナイスタイミングですっ。その子をっ」

「その子って?」

「そのピンクの子ですっ」


 見回してみれば、ピンクの巨大な円球がぴょんぴょんと飛び跳ねまくっている。

 そこら中にぶち当たっては色々な物を破壊し尽くしていく。


「捕まえて〜」

「捕まえるだと!? 無理を言うな。こいつはれっきとした魔物だっ。巨大スライムは触れたものを体内に引きずり込んで窒息死させてから溶かして食べてしまうという、恐ろしい生き物。退治一択だ!」


(剣を鞘から抜く音)


 俺は腰から剣を抜き放った。

 聖剣エーデルヴァイス。

 これならば魔物を一撃で仕留められる。

 こちらへ向かって来るスライムへ、キラリと光る切っ先を向けた。


「切っちゃだめですっ〜」

「だから無理だって」

「抱き止めて〜」

「えっ!?」

「でも、そんなことをしたら」

「大丈夫だからぁ〜」

「いや、大丈夫なわけが」

「無力化してあるからぁ」

「無力化だと!?」


 そう言われてみれば、色がピンク。

 この辺りに生息している普通のスライムは淡い水色をしている。


 何故、どうやってピンクになったんだろうか。


 そんなことを考えていたら、ピンクのスライムは聖剣が届く直前で方向転換。今度はレフィアへ向かって体当たりしていく。


「レフィア、危ないっ」

「やったぁ~! つっかまえたっ」


(ポヨンと言う効果音)


「そんなことをしたら、中に取り込まれて……って、取り込まれていない……」

「だから無力化してあるって言ったでしょ」

「どうやって無力化したんだ?」

「お酒です〜」

「酒!?」

「はい。お酒で酔わせちゃいました」

「……そ、そんなことで無力化できるとは」

「はい。私もつい先日知ったんです」

「どうやって?」

「えっと、寝ぼけてスライムちゃんとキスしたら」

「キ、キスだとっ!? なんて羨ましっ、いやケシカラン!」


「その日はたまたまシェリー酒を飲んで、私、気持ち良くなって寝ちゃったんです。で、なんか上に乗ってるなぁって目を開けたらこの子で。ぶちゅって、やっちゃってました」

「ぶ、ぶちゅっだとぉ」


「そうしたら、私のシェリー酒の香りだけでスライムちゃんも酔っちゃったみたいで、くたぁって。あ、お酒が効くんだって気づいたんです」

「そ、それは凄い発見だな」

「はい。で、思いついたんです」


「スライム討伐は酒噴射が効果的ってことか」

「まあ、それもなんですけど、もっといいことです」

「なんだ、もっといいことって」


「スライムの体って、空気を通さないんですよね」

「ああ、だから取り込まれた生き物は窒息死してしまう」

「だったら、それを使って傷保護シートが作れるんじゃないかって、思いついたんです」

「傷保護シート。それは、あると助かるな」


「空気を通さなければ傷口が瘴気に触れる危険がなくなりますし、そこに私の聖女魔法、殺菌と止血の魔法を重ね掛けしたら完璧だなって」

「なるほど。レフィア、凄く良い案だと思う。ただ……」

「ただ?」

「まずは大量のスライム討伐が必要になるな」


「えー、そんなのいりませんよ。サンプル分だけ作れば、後は複製の魔法で量産可能なはずです」

「おい、そんなに簡単なわけが」

「大丈夫なように作りますから。ねっ」


 複製の魔法の効果は、あくまで物質への魔法であって、魔法を複製するなどあり得ない。ましてや、魔物の体の複製なんて!?


「アルベルト様、一緒にこの子を抑えていてください」


(その言葉に身をよじって逃げ出そうとするスライム)


「おいっ、また暴れ始めたぞ」

「ええ、知ってます。さっきも薄皮一枚頂戴ってお願いしたら、このあり様ですから」

「薄皮一枚って……」


 そりゃあ、スライムだって逃げたくなるよな。聖女のくせに生きたまま生皮を剥ごうだなんて、とんだ残虐聖女様だな。


「大丈夫だよぉ。痛くないから」

「本当に痛みは無いのか?」

「そのはずです。聖女魔法の再生魔法を使って、一枚といただくつもりなので」

「なるほど。それなら痛くないな。じゃ、手っ取り早く」


 俺はピンクスライムから手を離し、素早く聖剣エーデルヴァイスを抜き放つ。


「さあ、スライムよ。選ばせてやろう。大人しく再生魔法の餌食になるか、聖剣エーデルヴァイスにその身を切られるか」

「あん、もう、そんな脅すような言い方して。駄目ですよぉ」


 いや、お前のせいだろう。

 まるで俺が悪いみたいな言い方するなっ。


 だが、効果は抜群だった。ピンクスライムはすっかり大人しくなって、再生魔法の餌食になってくれたのだった。


「うわぁ~、上手くいきました。ありがとうございます」


 ベロ〜ンと大きなスライムの皮を手にご満悦のレフィア。

 スライムの方も……一皮向けてぷるんぷるん肌になったような気がしなくもない。少なくとも、痛みは無く、寧ろ爽快だったようで嬉しそうにぴょこぴょこ跳ねている。


(小さなぴょんぴょん音)


「ご褒美だよぉ」

「ご、ご褒美!?」


 なんだ、この胸高鳴る響きは!

 いや……俺にじゃ無かった。

 

(トクンと酒瓶を煽る音。「ぅん〜」と言いながらスライムに口付ける音)


 な、なんてことだ。

 レフィアがこんな飲んだくれキス魔聖女だったなんて。

 ピンクスライムの奴はとろんとして大人しくなったけど……許せん!


「け、けしからん! 一度ならず二度までもレフィアの唇を奪うとは。ピンクスライムよ、今すぐ決闘だっ。表に出ろ!」

「何を言ってるんですか、アルベルト様。今度は貴方の治療の番ですよ」

「はぁ!?」


(一羽のフクロウが飛んで来る羽音)


「アルベルト、胸に怪我したんだよー」

「ドルークが教えてくれました。アルベルト様がレッドドラゴン討伐戦で胸に傷を負われたこと。まだ完治されて無いことも」

「くっ、ドルークのやつめ。余分なことを」


 イブラハバーン白フクロウのドルークは、俺達が小さい頃からの友達だ。賢くて、人と意思疎通ができる数少ない魔獣の一種。


「さぁ、ここに座ってください」


 目の前の椅子に無理矢理座らされてしまった。


「治療を始めますからねぇ」

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