第34話 奇襲

 空がオレンジ色に染まり出した頃に、大貴族であるヨンダルク公爵の屋敷邸に襲撃が入った。


「武器を持てぇーー!侵入者を捕えろ!!」


 大門前で兵士が次々と立ち向かっていくも侵攻を止めることはできず、たった一人の屋敷への侵入を許してしまった。


 単騎で特攻してきたガミはこの巨大な屋敷の中で迷うことなく突き進んでいく。


 彼女はただ主人の命令を遂行するために、有象無象の気配がする方へ剣を向ける───


 ガミが屋敷の中にいる数多の兵士を狩り進めているその間、アリシアとオルンはすでにこのだだっ広い屋敷の中枢部にいた。


「──おいオンカ、なぜいちいち姑息な真似をする必要がある。堂々と突き破ってしまえばいいだろう」


 ガミを陽動としてひっそりと潜入する作戦が気に入らないアリシアが小声でオルンにそう言った。


 ガミは単なる雑魚処理のために呼んだだけであり陽動に使う気はさらさらなかったアリシアは、始め強力な魔法を屋敷に放ってヨンダルク邸を破壊する気でいた。


 だが当然そんなことをしてしまえば生き残った者全員の注目を集める事になり、ただ事では済まなくなってしまう。


 先に特攻して行ったガミも道連れとなり被害を被ってしまいかねない。


 そこで強行突破しようとしたアリシアをオルンが制止し、バレずに屋敷の中に潜入する事に成功した。


「いくらなんでも屋敷の人間を一気に相手するのは酷というものです」


「ヨンダルクの人間なんざ、ガルバ・ヨンダルク以外は敵にすらならん。そう慎重になる必要がどこにある」


「………あのですね、アリシア様。私は普通に面倒臭いのです。あなたは魔法でぶっ放せば容易に終わるでしょうが、私は相手の数だけ剣を振らなければいけません。一振りで終われば楽ですが、仮にも公爵家の人間です。最低でも三、四回は振らなければ倒せません。だから───……」


「す、すまない。お前の気持ちは分かったから、もういい。ここでバレたら面倒になる、そうだろ……?」


 一人のメイドが廊下を歩いてこちらへ近づいてきていた。


 オルンの圧に負けたアリシアは渋々従うしかなかった。


 姿がバレる事なくメイドが通り過ぎてから、二人はこの先について話し合う。


「私は近衛騎士の相手をしましょう。上級騎士の中でも強者はガミでは歯が立ちませんから。アリシア様はスカーレットともう一人、この屋敷にいると思われるエバン・ヨンダルクを相手してしてください。スカーレットの実の弟に当たります」


「そんな情報はどうでもいいが……そいつは強いのか?ただでさえ相性の悪いスカーレットと雑魚のガキを相手させられるのでは私の鬱憤は晴れない。この屋敷を丸ごと破壊しても晴れやしない」


 憤りの表情を露わにするアリシアを横から見ているオルンも思っていることは同じだ。


「エバン・ヨンダルクの細かなことは分かりません。もしかしたら雑魚かもしれませんし、そうなったときにスカーレットが助けに入る可能性もあります」


「それが一番厄介なところなんだ」


 スカーレット・ヨンダルクの顔を思い浮かべてしまったアリシアは怪訝な表情をし、即座に頭の中をアキトの顔で埋め尽くしてスカーレットの顔をかき消した。


 アキトのさまざまな表情をした顔が次々の思い浮かんできて、脳内で彼の音声が再生された。


「〜〜〜〜っ、クソ……私は変態ではない………!」


「どうしたんですか……?いいですか、ここで一旦解散ですが、くれぐれも屋敷中の人間を相手にするような愚かなことはしないでくださいね」


 オルンに念を押され、小さく返事をした。


「っと、そういえばだがオンカ、あの男はついて来ていないのか?自ら私に頼み込みに来ておいて忘れたわけではないだろうな」


「……そんなことはないと思いますけど、あの人のことですからタイミングを見計らって現れるんじゃないですか?とりあえず今は近くの相手に集中しましょう。──それでは」


「あぁ、また後で会おう」



 ───日が完全に沈みきった晩のこと、ファラディオ公爵邸の一室にて、同じく奇襲を受けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る