第20話 じゃんけんの勝者

 毎日のように続くオルンさんの稽古にも、だいぶ慣れてきたのかあまり地獄を見る回数は減ってきた。


「いいぞ少年、その調子で反撃もしてみろ!」


 彼女から繰り出される猛攻を全て防ぎつつ、反撃の隙を狙っていく。


 しかし頭では完璧なシミュレーションができあがっていても、やはり上手くはいかない。


 防戦一方の状態から隙をついた反撃をする、その動き方がまるで分からない。


 というかオルンさんの身体の動きがそもそも理解できない領域にいる。


 ざっと見ても一秒間に木剣を二回大きく振り回せているのはおかしいだろ。


 ──とはいえ、彼女は初回から全く同じ力量に固定して俺と打ち合っているから、まず全力ですらない。


 俺が超えなければいけないラインが、今の力量の彼女である。


 そのことを考えるたびに頭が痛くなる。


 今日も今日とて打ち負かされ、草はらに仰向けの状態で横たわった。


「前回と比べれば幾分かマシになったが、やはりまだ相手の動きを読み切れていない」


 歩み寄ってきたオルンさんが見下ろすようにしてこちらを見てそう言った。


「あの速さの動きを読むなんて無理ですって……」


 次に攻撃してくるだろうなと読んだ矢先に、もうそこに攻撃が来ていたりするのだからどうしようもない。


「キミなら必ずできるさ。私の勘が外れたことは一度もないからね」


 伸ばされた手を掴み、身体を起こした。


「私からのアドバイスは以上だ。今日はもう一人からもアドバイスが貰えるぞ少年」


 彼女の視線に誘導され振り返った先には、こちらへ歩み寄ってくるアリシアの姿があった。


「様子を見に来てみれば、オンカとの稽古を頑張っているようだな」


 微笑みながら労いの言葉をアリシアからかけられて、疲れが全て吹き飛んだ気分だ。


「アキト、もう一度剣を構えてみろ」


 アリシアからそう言われるがままに木剣を手に持って構えると、俺の後ろから寄り添うようにして腕を回してきた。


 俺の手の甲に彼女の手が覆い被さるようにして、そっと力を入れて握ってきた。


「もう少し右手の位置を上にしてみろ。そうすれば振りやすくなる」


 耳元で喋るアリシアの吐息が僅かに耳に触れてむず痒い。


「お前は手首と腕だけで剣を振る癖があるから、もっと全身を使って剣を振れ」


「……はいっ」


 そうしてスッと背後からアリシアが離れた瞬間、硬直していた身体が一気に緩んだ。


 今のが無意識で行われたものだとしたら、あまりに罪深い女だ。


 ほらオルンさんがこっち見てニヤけてるよ。


「格上の相手に対して正々堂々と斬りかかるのでは分が悪すぎる。力に自信のある相手に対して力勝負をするのが愚行であることと同様に、相手の土俵に足を踏み込むのは愚の骨頂だ。───……」


 いったいどういう心境の変化なのか存じ上げないが、こうして俺のために真剣に考えてくれているアリシアの姿が尊く見えてきた。


「ですがアリシア様、まず基礎を固めなければどうしようもありません。今の少年ははっきり言って雑魚です。以前よりも少しマシになりましたが雑魚であることは変わりありません」


 雑魚雑魚って………そりゃクソ弱いけどもさ、本人がいる場で躊躇いもなく罵られるとさすがに心が抉られるよ。


 いや俺が居ない場では絶対言ってほしくない、そっちの方が悲しい。


「オンカ、何も順序よく鍛える必要はない。お前はそうしてきたのだろうが、アキトが決められた枠に収まるとは限らない。基礎だけを馬鹿正直にマスターしたくせに技量がなく弱い者はそこら中にいる」


「手順を踏むのが当たり前なのです。アリシア様のように常識から逸脱したやり方は他の人には通用しません」


 意見の食い違いから二人で言い合いになっている。


 話の中心人物である俺は蚊帳の外だ。


 目の前で繰り広げられている激しい言い合いに口を挟めるわけもなく、行く末を見守ることしかできない。


 しかしこうして見てみると、ヒロインになった気分だ。


 まるでヒロインを取り合う二人の王子だ。


 実際には俺の剣術稽古の進め方について言い争っているようだが、もう実質上俺の取り合いってことでいいだろう。


「───ハァ…ハァ…、いい加減折れろオンカ……アキトは私の方針で稽古をつける」


「……いいえ、アリシア様……少年には私が剣を教えるんです。あなたは魔法を教えるのでしょう……剣術に首を突っ込んでこないでください」


 勃発する言い合いは、だんだんと常軌を逸した方向へと動いていく。


「……ここまで私に対抗するのはあの日以来だなオンカ。あの日どうやって解決したか覚えてるか?」


「えぇ………もちろんですアリシア様」


 突然オルンさんが手に持っている木剣を放り投げた。


 そうして両者睨みつけあっている中で、聞いたことのない掛け声とともに二人同時に手を前へ差し出した。


 その光景だけで何をしたのかは分かる。


 一方が勝ち喜び、もう一方が足から崩れ落ちて自ら繰り出した手を見て後悔している。


 激化していた論争は、案外平和な結末により終了した。

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メインヒロインに惨敗した悪役令嬢を慰めたらデレた はるのはるか @nchnngh

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