第6話 好意ではない、愛だ

「……きみにその気があっても、私には少しも興味がない」


 スッと手を戻し密着していたその身体が俺から離れた。


「っと、まあそういうわけだ。ほらとっとと大事な部分も洗っちゃいなよ、少年」


「おわっと」


 オルンさんからたわしを投げ渡され、彼女は彼女で横の洗い場に座った。


 少しの迷いもなく体に巻いていたタオルをとると、普通に頭を洗い始めた。


 とても見たいが、見てはいけないと理性が抗ってくれたおかげで早く済ませて急いで浴槽へと走った。


「うわぁ!?」


 浴槽へ辿り着く前に濡れた床で足を滑らせ体の向きが90度反転してしまった。


 頭から転げ落ちる勢いでバランスを崩したがしかし、駆けつけてきたオルンさんに支えられた。


「大丈夫か、少年。浴場で走らないというのは誰でも知ってる常識だぞ?」


「す、すみません………その、もう手を離してもいいかと」


「ん?──あぁ、すまんすまん」


 腰をがっちり掴まれた状態で俺とオルンさんの身体が密着してしまっている。


 何よりもアウトなのが、全身に泡がついた状態のオルンさんが目と鼻の先にあることだ。


 際どい部分が奇跡的に泡で隠れているのは、もはや不幸中の幸……いやダメだろっ!?


 今度こそ浴槽へ入れたが、羞恥心が上限を突破して恥ずか死にそうだ。


 なぜなら俺の大事なあそこがオルンさんにはっきりと見られてしまったからだ。


「あぁぁぁ〜………」


「そう気にすることはない。私に見られたくらいでどうということはないだろ?」


「……大アリですよ。お願いですから忘れてください」


 洗い終えた彼女が俺の対面側へと体を浸からせた。


 お湯は乳白色なため、幸いにも入浴中は安心していられる。


 どことなく温泉のような匂いを感じるとともに、僅かだがお湯がとろっとしている。


「……もしやこれ、本当に温泉なんじゃ…………」


「おっ、よく分かったな少年。そうだこれは源泉から直接流している温泉だ」


「源泉掛け流しですか」


「そう……言ってたな。詳しいな少年」


 まさかこんなよく分からない世界に来て温泉に入れるなんてな。


 それに……手でお湯をすくい自らの肩にかける彼女の仕草は実にエッ……


「オルンさんは、アリシア…様の護衛騎士とかなんですか?」


「少年には私がアリシア様の護衛に見えるのか」


「あ、いえ気を悪くしたかったわけでは……」


「そうじゃない。ただ……そうだな、身体を張って体験したきみなら、あの人に護衛なんてものは必要ないと分かるんじゃないか?」


「あっ……」


 そうだ、アリシアは他とはかけ離れた才能と力があると、本人は言っていた。


「少年、きみはアリシア様を本当にかわいいと思っているのか?」


 やはりこの人は最初からあの現場を影から覗いていた。


「もちろんです……これは個人的な好みかもしれませんが、あのミーシャという侯爵令嬢よりもかわいいと断言できます。あっ、でもどちらかと言うと美人という表現の方がしっくりきます」


 ミーシャがかわいい系というならば、アリシアは完璧な美しさを持っている。


 ……ただ路地裏で号泣していた姿はとても完璧とは言い難かったが。


「いや、アリシア様はかわいいんだよ少年っ!きみにはまだその事実が分かっていない!!負けたことが悔しくて号泣するアリシア様はそれはもうかわいいだろ!?」


「うっ……急に立ち上がらないでください」


 勢いよく立ち上がり、両手を上げて大声で言い張るオルンさんから目を逸らす。


「オルンさんはアリシア様のことが好きなんですね」


 となるとこの人とアリシアの関係が俺には分からなくなってきた。


「───…それは違うぞ少年」


「……!ちょっ、オルンさん……!?」


 立ち上がったままこちらへ歩きよってきた彼女は、そのまま俺の背後へ両手を置いた。


 目の前に広がる女体が、その全てが丸見えになってしまっている。


 豊満な彼女の胸が今にも顔に当たりそうな状況で、俺は必死に目を逸らそうとするが逃げ場などない。


「アリシア様に対する私の感情を好意だけで推し量れるわけがないだろう?」


「こっ……好意でないなら、なんですか……」


「──愛だ。私はアリシア様を愛している。アリシア様だけが私の世界を動かしているのだ。分かったか、少年?」


 屈み、顔を同じ高さに持ってきてガン見してくるオルンさん。


 俺を見る彼女の目は、何においても興味がない、そんな目をしている。


 ただ一人、アリシアだけは違うと言うのだろう。


「分かり、ました……」


「よしっ。それはそうと、少年。今さらアリシア様を様づけする必要はあるのか?あの人を呼び捨てするとは中々肝が据わった少年だと思っていたんだが」


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