金山寺味噌と、8トラの、レトロハウス

白鷺(楓賢)

本編

そのカラオケ店は、昔ながらの佇まいを保つ隠れ家的存在だった。入口の木製ドアを開けると、店内には古びた畳の香りが広がり、どこか懐かしい気持ちに包まれる。店内は、レトロな照明が柔らかい光を放ち、壁には昭和時代の映画ポスターや有名歌手のレコードジャケットが整然と並べられていた。


店の奥に進むと、8トラック(8曲ほど入ったカセットを入れ替えて歌う)のカラオケ機が鎮座しているのが目に入る。最新のデジタル機器とは対照的に、このカラオケ機は少し重厚感があり、使用するカセットも年季が入っているものばかりだ。お客さんはカセットを手に取り、曲が始まるのを待つ間に、金山寺味噌(中国から紀州の方に伝わったとされるもろみのような味噌)の香り漂うご飯を口に運ぶ。この待ち時間すらも、訪れる人たちにとっては貴重なひとときであり、店の雰囲気をじっくり味わう時間となっている。


店の自慢は、何といっても自家製の金山寺味噌だ。カラオケ店の裏手には、年代物の蔵があり、そこでじっくりと熟成された金山寺味噌は、濃厚で深い味わいが特徴だ。店主は、この味噌を丁寧に作り上げることに情熱を注いでおり、味噌が店全体に漂う香りとして広がる瞬間に、訪れる人々は自然と笑顔になる。常連客たちは、この味噌を目当てに訪れると言っても過言ではない。


ある日、常連の佐藤さんが店を訪れた。彼は、店主とも古くからの知り合いで、毎週金曜日にここへ通い続けている。佐藤さんは白髪混じりの髪を後ろで束ね、落ち着いた雰囲気を纏った紳士だ。彼が選ぶ曲は、いつも決まって演歌や昭和歌謡であり、その深く渋い声で歌い上げる姿は、店内にいる誰もが一目置く存在だった。


「今日は、いつもの曲でいきましょうか」と、佐藤さんは静かにカセットをセットし、リモコンの再生ボタンを押す。カセットが回り始め、しばらくの間、音が流れるのを待つ。この待ち時間が、彼にとっては最高の時間だ。ご飯に金山寺味噌をたっぷりと乗せ、ゆっくりと口に運ぶ。その瞬間、味噌の深い旨味と、ご飯の甘みが口の中で絶妙に絡み合い、思わず目を閉じて味わう。


歌が始まると、佐藤さんはまるで別人のように感情を込めて歌い上げる。彼の声は、店内に響き渡り、その場にいる全員を引き込む力を持っていた。誰もが、佐藤さんの歌声に酔いしれ、その瞬間だけは時が止まったかのようだった。彼の歌声が終わると、店内は一瞬の静寂に包まれるが、すぐに拍手が沸き起こり、佐藤さんは恥ずかしそうに微笑みながら一礼する。


他の部屋でも、客たちは同じように昭和の名曲を楽しみながら、金山寺味噌とご飯を味わっている。若い頃を思い出しながら歌う人、友人とともに語り合いながら味わう人、それぞれの時間がゆっくりと流れていく。


カラオケ店の裏にある蔵は、店主にとっての誇りだ。蔵の中はひんやりとしており、木製の樽がずらりと並んでいる。金山寺味噌は、この樽の中でじっくりと時間をかけて熟成される。店主は毎日、蔵を訪れては味噌の状態を確認し、愛情を込めて手入れを続けている。この味噌があってこそ、店の雰囲気が完成するのだと、彼は信じてやまない。


店を訪れる人たちは、金山寺味噌と8トラックのカラオケ機を愛し、この場所で過ごす時間を大切にしている。彼らにとって、この店はただのカラオケ店ではなく、心の安らぎを感じる場所であり、時が止まったかのような昭和の空気を味わうことができる特別な場所だ。


夜が更け、店が閉まる頃、店主は最後のお客さんを見送りながら、また明日もこの店に足を運んでくれることを願っている。店内には、まだ金山寺味噌の香りがほんのりと漂い、昭和の音楽が静かに流れ続けていた。ここに集う人々にとって、この店はいつまでも変わらない、特別な場所であり続けるだろう。

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金山寺味噌と、8トラの、レトロハウス 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

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