第26話 才女は逃げない

 EOS予選大会の初戦。


 そよ風に揺れる木々。森林と砂地の市街地が混在した複合フィールドには、全国大会への切符を掴むべく練習を積んできた猛者たちが集っていた。


 都立城西高校の相手は『灰原高校』。前回大会でも一回戦で当たり、涼たち上級生が大差をつけて降した相手だ。


「プログラム系に強いのが灰原高校の警戒すべき点だが一度は勝っている。だからって油断はするな。練習の成果を存分に発揮すれば良い。ブリーフィングを始めよう」


 灰原高校の情報科は学校内のカリキュラムで独自のAIを開発するほど全国的に見てもレベルが高い。銃のトリガー制御プログラムなど朝飯前ということは、悠里も予習している。


 全員が236仕様の基盤以外にトリガーを電子制御にしている『電子トリガー』持ち。正面の撃ち合いは手強くなる。


 完全武装の七人がセーフティーでラミネートされた戦域図を囲む。


 先輩たちの名前入りの駒が続々と加わっていき、最後に悠里が自陣フラッグの真上へと配される。


「悠里はフラッグ真上から各戦線を援護。万が一、劣勢になったときはお前が頼りだ」

「一人も抜かせませんよ」

「期待してる。奏、銃の最終調整なんだが」


 ブリーフィングに咲良の姿はなく、ボードにもその文字はない。


 リコのメールは逆効果だったか。彼女のことはきっぱり諦めようと思った時、


「遅くなりました!」


 咲良が息を弾ませながら城西高校のセーフティーへと駆け込んできたのだ。


 愕然とただ見てることしかできない一同。沈黙を切り裂くように奏が毒づく。


「逃げ出したんじゃないの?」

「二度逃げました。でも、もう逃げません」


 ホッと悠里が息を吐く。ライフルバッグを置くと、ジャージの下に着ていた戦闘服を露わにさせて、ブリーフィングに加わった。


 決意は固く力強い眼がそれを示す。


「……いいんじゃないか? 奏」

「涼! また甘いこと言ったら」

「いえ、涼先輩に賛成です。今の片岡さんは、ここにいる誰よりも強い」


 迷いを振り切った彼女の強さは身を持って知っている。悠里は説得するように言うと、


「分かった。今度こそ歓迎しよう。ようこそ城西の236部へ」

「……はい!」


 咲良の力強い返事がセーフティーに響き、ブリーフィングが始まった。


 咲良の出番は今の所、涼の口から話されていない。


 淡々と戦域のマグネットを動かしながら作戦を説明していく。


「左右から攻め上がって挟撃する。真ん中は薄くても良い。悠里はフラッグを防衛しつつ、中央の味方を援護。私の背中は任せたぞ」

「了解です……先輩」

「なんだ?」


 話の腰を折りそうだったが、悠里は尋ねる。


「咲良は、出さないんですか?」

「……今の所は出さない」

「そうですか」

「だが、出番が来たら悠里と組ませる。練習してたんだろ?」


 浮かない表情になった悠里を慰めるように涼ははにかんだ。


 それが彼女なりの気遣いで、嘘であることは何となく察しがつく。


「いつ出番が来ても良いよう待機だ。銃の調整は?」

「私、内部のことに関しては点でダメで……」

「奏、片岡のも頼む」

「はぁ?!」

「メカニックはお前だ。チームメイトの銃を任せるのは当然だろう」

「……嫌よ」

「何故だ」

「どうせ出す気なんかない癖に無駄な仕事したくないのよ」


 不貞腐れるように奏が言った。あまりに稚拙な理由で涼は呆れてしまうが、


「このままでも大丈夫ですよ。新井君とは戦えましたし、控え中にやれるだけ自分でやってみます」


 咲良は言うと、持ってきたタブレットと銃側の端子と繋いでセッティングを始めた。


「そろそろだな。大一番だ! 気合入れていくぞ!」

「「「おう!」」」


 その掛け声で試合に出る面々がフィールドインを開始した。


「悠里、気を付けろ」


 ネットを超えようとしたとき、ラプアが悠里にそう言った。


「ん? 何が?」

「ここにドゥーガルガンがいる」


 悠里の顔が一層強張った。


 ――この戦い、負けたら死ぬ。

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