第21話 日記のネタ
ドゥーガルガンに気づいた? いや、まさかね。
咲良を置いてけぼりにして戻っていくと、二人しかいないはずのセーフティーで談笑の声がした。
4人用のテーブルに四人の少女。堅物そうな無表情のメガネっ子が悠里に気づくと、
「やっと終わったみたいだね」
淡い一言。
栗色のセーターに薄青のシャツ。見慣れない制服に身を包む彼女達は悠里の姿を見るなり、軽い会釈をしたり呑気に手を振ったりしている。
その一人。異様な敵意を剥き出しにねめつける少女に身構える。
「片岡咲良はいる?」
「今、戻ってくると思うけど」
「新井君早いです……よ」
話題に上がっていた咲良は背中で立ち尽くして呑気さを失せさせる。切りつけるような少女の眼が悠里から彼女へ向いた瞬間、溜息を一つして口を開く。
「辞めたって話は嘘だったじゃん。部長のバカ」
「結衣」
「こらこら、先輩にバカって罵るのは失礼だよ結衣君」
呑気に宥めている少女をラプアが鼻で嗤った。
「新しい狙撃手がついたって聞いたから見に来たんじゃないか。結衣だって意外と乗り気だったよね」
「余計なこと言わないでくださいっ! あと頭撫でるのもやめてください」
頭を撫でられる茶髪で小柄な少女『田中 結衣』は、突慳貪な口とは裏腹に満更でもなさそうな照れ笑みで振り払う。
居直ると結衣と咲良は睨み合う。この二人に何かあったことは雰囲気から何となく察せたが……。
ラプアの耳打ちでふと笑みが零れてしまう。
「こいつがその相手か。なら尚更都合が良い」
悠里は小声で言い、前に出ようとした咲良の肩を叩いて止める。
「片岡さんの元相棒だろ? 話は少しだけ聞いてる」
「知ってるのね」
「詳しくは知らないよ。でも狙撃手って事を見るに、ついていけなくて辞めたってところかな」
嘲るように言うと、由衣の顔がキリリと強張る。
相手を挑発するような物言いに咲良が口を挟む。
「前はごめん。ずっと傷つけてたのに気づけなくて。でも、あのとき言った意味がまだ分からなくて」
「謝られる筋合いなんてないんだけど」
「あの時は上手くやれてたと思う。なんで私に消えてって言ったの? ねぇなんで!」
「……まぁいいわ。ならもう一回ハッキリ言ってあげる。目障りなの。ブラックアークとか異名付けられて、ずっと前から貴方だけが特別に見られて。私がいなかったら本気も出せないくせに」
目障り。それが咲良の意識を吹き飛ばしかけた。
彼女を信じていた自分がバカバカしく思えてくる。なぜこんな人に背中を任せていたのだろうと。
そして、その虚しさと哀しさが怒りに変わる。人の心なんてない彼女に思い知らせてやりたいという感情が湧き上がってくる。
負けたくない。多分、悠里も今自分が思う感情があるからそうやって拘っているのだと気づく。
その彼へ眼をやると、堪えていた悠里は声を上げた笑う。
「俺の言ったこと、図星じゃん」
「あんた、さっきから何なのよ。黙っていれば散々言ってくれるじゃない」
「田中さんだっけか。要は八つ当たりじゃないそれって。自分の至らなさ、力不足を片岡さんにぶつけてただけ。正直言えば、君なんかと組まされてた彼女が可哀そうだったよ」
「言ってくれるね」
「口さがない所が取り柄なものでね」
「流しの咲良にしかついていけない割に自信だけは過剰なのね」
「何? いつだって咲良は本気だろ」
「ほんっと何も知らないくせに口だけはデカい。咲良、あんたが本気出さないとこいつ死ぬわよ」
「はぁ……じゃあここでやるか?」
「望むところよ」
剣呑と睨み合う二人。すると座っていた呑気な少女が結衣の横へつく。
咲良の眼も憚らずにやろうと。悠里のスリングで宙ぶらりんのラプアを取ろうとしたとき、
「はいはい。今日はサバゲーしに来たわけじゃないでしょ」
と、間に割って入った少女。スラっとした長身で覗き込むように悠里へ顔を近づけて、じっくりと舐めるように見回してから誘う。
「君の愛銃、とても良く仕上がってるね。私は咲良さんではなく君に用があったから来たんだけど」
「俺にですか?」
「そう。君って色々有名なんだよ? せっかく会えたんだし二人きりでさ。ほらカルメ、ぼーっとしてないでいくよ」
「っはい。マスター」
気さくで結衣とは態度が対称的だが、その微笑は何を考えているのか分からない不気味さも併せ持つ。
ゴクリと喉を鳴らす悠里の手を引っ張って、その少女は二人の元から引き離した。
「自己紹介がまだだったね。『東 真理」、よろしくね。こっちは私の愛銃『カルメ』、挨拶しなさい」
気さくな方が真理で、ぺこりと控え目にお辞儀したのがカルメか。
互いに軽い自己紹介を交え、
「悠里君って言うのか。最初見たときはてっきり女の子だと」
「結構間違われることあります。男だって見破ったのは、貴方が初めてかも」
「人の外見を見る目だけはあるって言われるよ。まぁいいや、時間もないだろうし、本題」
瞬きを一つ。据わった視線は険しく、悠里の銃へ行く。
「その銃、ドゥーガルガンを手放してくれないかな?」
冷静ながらも懇願するように彼女は言った。
ドゥーガルガンの単語が出た瞬間、真理の認識が敵として確立される。どんな立場、関係性であろうとも悠里にとっては不偏の原理で、あの田中結衣も例外ではない。
この二人はドゥーガルガンのマスター。しかも銃は人の形となって俺達の前に現れた。
そうあの二人、眼鏡を掛けた奴と呑気に構えている奴がそうだ。あの場に人間は四人しかいない。
「手放せと言われて、家族を手放す奴がいますか?」
「あー、まぁそうだよね。そうなることは承知済みなんだけど……生きることを奪われるのが怖くないの?」
つまりは死ぬのが怖いか——面白い質問だと悠里は声を上げて笑い、
「死ぬことが怖かったら、自ら火に入ることなんてしないですよ。サバゲーで死ねるなら本望です。貴方もその覚悟があってこの戦場、『サヴァイブファイト』に身を投じてるんですよね?」
「ふーん。死ぬのが怖くないってね。驚いた。んじゃ、この説得も無駄かもね」
「ドゥーガルガンのマスターが聞く耳を持たないでしょ。少なくとも俺には、何故止めるのか理解苦しむ」
サヴァイブファイト。ドゥーガルガンを人間にするため、マスターたちが互いの命を代償に戦う。
『最後の一丁』になるまで問答無用で戦い続けなければならないデスゲーム。悠里達、ドゥーガルガンのマスターに課せられた使命ともいうべき存在だ。
それをこの女は止めようとしている。ハッキリ言って真意が分からない。
「簡単さ。この戦いになんの意味もないから」
「貴方もマスターなら自分の家族を完全な人間にしたいって気持ちはあるでしょう? 彼女達はその可能性を宿す」
「可能性? 馬鹿馬鹿しい。ドゥーガルガンがいつ人間になりたいと心から望んだ? ハッキリと言葉で聞いたのかい?」
「人間になることが彼女達の存在意義だ。問うまでもない」
ドゥーガルガンは互いに最後の一丁が決まるまで戦い続ける。
ならば彼女達に与えられた存在意義、すなわち『人間になること』であり、『最後の一丁になるまで戦う事』なのだと悠里は信じて疑わない。
「君がそう信ずるなら、やむ無しか」
真理は嘆息して悠里の横を通り過ぎる。
「先に忠告しておくよ。君とあの子じゃ私達には勝てない。EOSの予選で君たちは死ぬ。自ら手にした可能性に生きることを奪われるんだ。彼女が呪いだって死ぬ前に気づくことをおススメするよ」
「……面白い。その前に俺が貴方を、いやこの世界にあるすべてのドゥーガルガンを屠る。一匹残らず、俺とリコの手で」
止めに来たこと自体が無駄であると確信したようで、悠里も面倒な時間を食ってしまったと呆れた。
一方で、話をただ黙って聞いていたラプアは、真理の口にした『呪い』という言葉が心に靄を張る。
まるで自分の心を見透かしたような言い草だった。存在意義なんてもの、戦うこと以外に考えたこともなかったが、果たして人間になりたいと心から願っているのだろうか。
「今日の日記のネタ、出来たねぇ」
真理がその背中に言う。リコとのことを何も知らない人間にとやかく口出しされる筋合いはないと悠里は一蹴したのだった。
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