第20話 特訓の成果

 練習メニューがキツイなんて端から分かっていたことだし、それを選んだのは自分だ。文句は言えまい。


 その心配とは裏腹に特訓の成果は形になって現れた。


 最初の練習から三週間。変化に気づいたのはいつものターゲットシューティングを初めてすぐの事だった。


「今日から少しメニューを変えましょう。撃ち返してくるモードがありましたよね?」

「あるけど、それでやるのかい?」

「勿論です。最近、進展がなくてマンネリを感じていたのでやりましょう」


 自信なさげな悠里は遠回しに成長の遅さを指摘されているようで少し落ち込む。


 あれだけ豪語しながら、と乗り気ではないような表情の彼に気づいたのか、咲良は無言で半ば強引に設定して練習を始めようとしていた。


 スタートラインに立ち、カウントダウンが始まる。ゼロになった瞬間、真横でそよ風が吹いた。


 慣れてしまってもはや何も驚かない。咲良のスタートダッシュは相変わらず早すぎる。


 けれど俺だって。悠里は足に力を込めて地面を蹴り上げた。


「負けてらんないからね」


 少し先で走る咲良の背が止まったように見える。最初は追っても追いつかない程、素早かったその背に、追いつけていた。


 フィールドの左側、迷路のように入り組んだCQBエリアを往く咲良に合わせて、悠里は右側の拓けている平地を往く。


 赤い人型のターゲットを見つけては遠距離から冷静に仕留めて次の目標を探す。AIターゲットの識別距離外から撃ち込む為か反撃は全く来ない。


 次いで次いでと繰り返すうちに、咲良が突入したCQBエリアの出口の直線上に躍り出る。その瞬間、隠れたバリケードに弾丸が弾く仮想の音が聴こえる。


「咲良、今どこだ?!」

「CQBエリアの中。少し苦戦してます」


 無線で呼び掛けると彼女が苦々しく口にする。反撃が来るようになった途端、咲良の進撃速度が著しく落ちていた。


「リコ、突入するぞ」

「正気か貴様」


 リコの驚嘆も聞き流して言う。


「反対側から入って援護する」

「無茶ですよ。取り回しが悪いその銃じゃ」

「無茶でも構わない」


 前線を引いて咲良の入った口とは反対側からCQBエリアに侵入した。


 AI達は完全に背後を取られた形になり混乱。挟撃は見事に決まり、CQBエリア内を完全に制圧した。


「無茶ばっかり」

「でもその分早くなっただろ?」

「そうですけど……そうですけどー!」


 まるでお節介に文句を言う幼子のようにプクリと頬を膨らませた咲良。


 こんな顔もするんだなと悠里は呑気に構えていたが、彼女が横を行く。


「お先です!」

「おまっ?!」


 不意打ちで先を越されてしまい、また彼女の背中を追う形に戻ってしまう。


 けれど子供のような仕草にフッと笑みが溢れた。

 楽しんでるんだな俺。そうやって考えを言葉にした途端、止まってる時間が勿体ないように思い、悠里は思い切り走り出した。


 咲良が縦横無尽に前線の敵を蹴散らしていき、悠里がその先のターゲットを仕留めたり、彼女よりも早く死角のそれを撃ち抜く。


 自然と生まれ始めた一体感。彼女の独壇場だった戦場に初めて上がれたと舞い上がった。


 フラッグ目前、赤のターゲットはない。


 あとは取るだけ。咲良が手を伸ばした――


「ブッシュの中だ撃ち込め!」


 ブッシュの中に見える赤。悠里も一目で気がつくが、咲良はまるで見えていないようにフラッグへ一直線に行く。


「のえっ?! どわぁー!」


 ラプアが叫び、彼女の背中を掴んで手繰り寄せる。手放したライフルの重みをスリング越しに感じながらハンドガンを抜いて射撃。


 数発の弾丸が草陰から覗く赤色の光を貫いて消滅させた。


「危なかった」

「すいません……」

「もしかして、見えてなかったのか?」


 咲良はコクリと頷いた。


「視野が狭いんです。目の前の敵に集中するとすぐに周りが見えなくなってしまって。音には鋭敏なんですけど」

「意外だ。でも簡単に教えちゃっていいの?」


 また俺が勝っちゃうけど……なんて自信過剰な言葉は飲み込んだ。


 すると、


「もう敵じゃないし……知ってくれてれば、カバーとかしやすいと思うから」


 意外な言葉に悠里は驚いた。


 間一髪、ラプアの警告がなければこのままフラッグに触れてやられていたな。悠里は安堵で深い息を吐く。


「ごめん。俺も油断していたよ。でもこいつが教えてくれた」


 銃に視線をやる悠里へ咲良は首を傾げた。


 銃の声を聞く――この人の言うことは時々ただの妄想に思えない。一騎打ちのあの躱し方とこの庇い方、信憑性は十二分にある。


 目を凝らして顔と銃に目を眇める彼女に


「ひとまず戻ろう。水分補給とかしたいし」


 そう誤魔化してセーフティーへ脱兎の如く走っていった。

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