第6話 咲良の朝は警戒モード

 翌朝、プロテインを片手に咲良は家を出る。


 しかしその瞬間から身体は警戒モードに突入する。またどこからあの変態が現れるか分からない。


 校門を潜り、まずは茂みに注意を向ける。しかし彼が飛び出してくる様子はない。


 安堵の吐息が零れた。けれど油断はできないと気を引き締めて校内を進む。


 昇降口を上がって自分の下駄箱に急ぐが、かたんと締まる音に身体が自然と反応する。


 誰かいる――そう思っていた矢先、あの忌まわしい顔が視界に入った。


「あ、ああああああ」


 ボトルが落ちてココア味のプロテインが床に撒き散らされる。


 新井 悠里——脈が乱れて情けない声が出てしまう。また勧誘される。


 逃げようと足を踏み出したとき、その顔はこちらを向いて淡々と言った。


「片岡さんおはよ」

「あ、いええっと。おはよう、ございます。新井君」


 ……あれ、勧誘されない?

 不思議に思い、不自然な挨拶をしてしまったことに赤面しながらも遠くなっていく背中に目が行った。


「あ、あの!」


 何故か思わず呼び止めてしまう。私のバカ。


 しかし、あれだけ熱心に勧誘してきた相手が急に興覚めしていたら理由が気になる。


 答えてくれるかは分からないけれど、聞いてみるだけならいい。恐怖より好奇心が増して咲良は声に出す。


「もう、勧誘しないんですか?」


 彼がふっと笑う。


「勧誘してほしかった?」

「なっ、違いますよ! さては戦略を変えたんですね! でも私は入りませんよ!」

「無理強いするのも悪いなって思ったから辞めたんだけどね。担任の先生にもきっつく言われちゃったし」


 しっかり仕事をしてくれた担任教師の株がほんの少しだけ上がった。


 けれど心に落ちた一抹の寂しさはなんだろう。一週間も付き纏われて気が変になってるのかも知れない。


 優しく微笑みかけられた悠里に咲良は何か言いたげに口籠った。


 しどろもどろで言葉にすらならない声。小首を傾げて彼はゆったりと構えて待っている。


「勝負、しましょう」

「勝負?」

「あのとき、約束しました。次は負けないって。私もあの時の結果には満足してないので。あと落としたプロテイン代も払ってください」

「んー、遠慮しておくよ。というかプロテインは自分で落としたんでしょ」

「どうして?!」


 咲良の驚嘆が反響する。


「もうサバゲーは辞めたじゃないの?」

「……そうですけど」

「この一週間で変わらなかったんだよね?」

「……はい」

「俺はその意思を変えられなかった。だから諦める」

「……そうですか」


 俯きがちになり彼から目を反らした。心を鋭く刺す痛みはあのときに似ている。


 付き纏われていたこの一週間、私はきっと変わってない。


 けれど諦められることへの強烈な不快感が背中を押していた。


 再燃したからこそ、だったらキッパリと断るために一度決着をつけておかなければならない気もした。


「だったら!」


 揺れ動く心を納めるように叫ぶ。


「私が負けたら部に入ります。けど勝ったら、プロテイン代払うのと付き纏うのはやめてください」


 その条件を言ったとき、彼はニッと含んだ笑みを見せた。


「その勝負、乗った」


 上手く乗せられていると気づいたときには遅かった。悠里は一転して、明るい声色で詳細を詰めていく。


 勝負は三日後。レギュレーションは236に合わせ、使用武器や弾丸の重量制限もなし。


 メモを二枚取って悠里と共有する。もはや後戻りはできない。


「……絶対に勝ってみせます」

「望むところ」


 ムスッと不貞腐れた顔で言うが、彼は気にする素振りもなかった。

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