第2話 春が嫌い

 ——俺は春が嫌いになった。


 桜の花びらに埋め尽くされたとある山。春の生暖かい息吹の甘くてむず痒い香り。見覚えのある少女の背中を追うあどけない自分が居て、無邪気に笑い合っている。


 あまり山奥へ入るなよ、と父の声。


 その少女が背後から目の前で引き千切られるまでは——。


「悠里、いるか?」


 春休みの最後の夜。


 コンコンとノックの後に、凛として静謐な声が扉の向こうからした。


 我に返ると手と足の震えも止まって扉を開くと、そこにはスラッとした長身の女性が立っていた。


「あぁ、いるよ。どうかした? リコ」

「いや別にどうという理由はないのだが、ただ明日から貴様がいないと思うと寂しくてな」


 こんな言葉を言われたら、大抵の男は卒倒するだろうな。そう考えながらも悠里は優しく部屋へ招き入れる。


「そういっても、部活に入ったら一緒に行けるから、心配するな」

「それはそうだが……」


 麗しい容姿とは反対に勇ましい口調で『ラプア』は寂しさを口にした。


「あとちょっとの辛抱だから。それに母さんもいる。いつもと変わらないだろう?」

「ぐうの音も出ない。だが私も学校とやらに初日から行きたいぞー。貴様、中学とやらは部がないから持ち込み禁止だとか言って連れて行ってくれなかったし」


「没収されたが最後、今日まで返してくれないってなったら今以上に辛いんだけど……あ、俺がね」

 宥めるような言葉にラプアは不満そうな表情を辞めた。

 そんな表情も可愛らしいのに、と微笑ましい限りの悠里。ふと机を見て、まだ未開封のダンボールがあることに気が付いた。


「あ、そうだ。新しいスコープが届いたんだ。付けてみてもいいかい?」

「また買ったのか?」

「入学祝いにって父さんからのプレゼントさ。中身見てないから、どこの奴かまでは分からないけど」

「ほーう。じゃあ、ちょっと待っていろ」


 そう言ってラプアは悠里に手を重ねると全身が神々しい光に包まれる。


 暖かい黄色い影に変わった彼女はその姿を悠里の手に収まる物へと変えていく。


 そして光が収まると彼の手には漆黒に染まった長砲身の狙撃銃『AXMC』が現れていた。


「何をそんなにマジマジと見ている?」

「あぁいや、いつ見ても綺麗だなってさ」

「褒めても何も出ないぞ」


 声からして照れてるのだろう。無機質な銃からはテレパスのように頭へ声が届く。


 ドゥーガルガン。ラプアは自らをそう定義していた。


 人の姿へ自在に変わることが出来る銃。自我や意志、感情を持ち、完全な人間とは言えない半人半妖 のような存在。


 誰が生み出したのか、どうやって作り出したのか。それでもただ一つ分かることがある。


「戦うことだけ、か」


 そんな言葉が口を突いて出た。


 決して負けることは許されない。リコの為にも負けてはならない。


 だから負けることは嫌いなのだ。得られるものもある。しかしそれよりも失うものの方が大きい。


 ギギと音を立てる拳に眼をやりながら悠里は心で呟く。


「それが私達ドゥーガルガンの存在意義。人間になるためにサヴァイブファイトを戦い抜くことだけだ」


 ラプアの言葉が虚しく響き、悠里は手が止まって否定を口にする。


「でもリコは俺の大切な家族だ。銃になって現れようが関係ない」


 あの時、あんな結末を眼の前にしていようと、ラプアはもうたった一丁の銃ではない。


「だから俺は絶対に負けられないんだ。今度の『.236』では」


 痺れるような前のサバゲーはサバゲーだったからこそだ。まして同じドゥーガルガンを所有者じゃなかったから笑っていられた。


「またあんな戦いが出来たらいいな」


 でも負けない。固く心に誓い、悠里は一心不乱にライフルの調整を始めていた。

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