車街逃亡

白池

誘拐

  ひどい頭痛に起こされた俺の目に入ってきたのは見知らぬ座席と二つの後頭部だった。 

 これは一体どういう状況だ。

さっきまで寝ていた頭では全く今の状況が飲み込めない。もしかしたらこれは一種の夢なのかもしれない。そんな楽観的な考えが浮かんでほっぺをつね・・・

そう思った右手は腰の後ろから動かなかった。そのかわりに鳴ったのは「からん」という金属と金属がぶつかり合う乾いた音。何故か私の腕は手錠で固定されていた。

「もしかして誘拐されている?」

ミステリー小説でしか出会ったことのないようなシチュエーションだが、閃光のように流れてきたその考えは一瞬のうちに俺を覚醒させ頭の中を支配していった。

 理解ができず何分か固まっていただろうか。前の二人が突然こちらを向いて何か二、三言話した。

「じっと………いろ」「………からな」

訛りがあまりにも強く、ほとんど聞き取れなかったが、何かを命令されたようだ。

 いったい何をすればよいのだろうか。そんなことを思った瞬間、体がふわりと浮き、壁に強く激突した。

 「脱出しなくては。」

本能的な危機感を感じ、頭上から差し込む光に手を伸ばす。腕にはガラスの破片が無数に突き刺さり、身の毛もよだつ量の鮮血が流れ出している。腕の感覚はもうほとんど無く、ずんという重い痛みがする。

 限界が近い腕を酷使して、なんとか体を引き上げ、車から出た。

 周りにあるのは整備もロクにされていない木々と三十メートルはあろうかというコンクリートの壁。上を見上げるとガードレールがひん曲がっている。どうやら前に座っていた誘拐犯は俺の方を見ていたらカーブを曲がりきれずそのまま落ちていったようだ。車は完全に横たわっていて前の方はよく見えない。興味本位で生死を確認しようかと思い前方部に近寄った瞬間、鼓膜が破れるような爆発音とともに車が炎上した。

 怖くなった俺は手錠としての機能を失った金属を捨て、右も左も知らないこの土地を離れどこかにあるであろう街を探しに走って行った。

 

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