死に神の解

@araionzu

第1話

一話

 はじめは自分だけが揺れているかもと思った。

 動悸かと心臓に手を当てていたら、テーブルがガタガタし始めた。

 幸い、落下物はない。

 全てバッグの中だ。

 家具は最低限。

 テーブルの上にはタンブラーが一つだけ。

 そこにはアミノ酸ドリンクが入っている。

 蓋をしてあるから倒れても溢れる事はない。

「あ」

 倒れた。


 20××年、夏。

 日光の照り返しで目の網膜まで焼けそうな茹だるような暑さの中を、一人の男がサングラスにタンクトップ一枚とラフなチノパンで歩きながら時折スポーツドリンクを飲んでいた。俺だ。

 こんな真夏に登山か長旅でもいくような装備だが理由はある。昨日の地震、結構デカくて建物こそ無事だったものの、外壁に亀裂が出来ていた。

 俺はその日のうちにバッグだけ持ち出して、家を出た。家具はそのまま。バッグは50リットルバッグで常にこれで移動しながら生活している。

 中身は防災バッグみたいなサバイバル系のものばかり。

 衣料品が替え2セット、下着に口腔ケア用品、薬にカロリーメイトにプロテインバーにライトにソーラーモバイルバッテリー、サバイバルキット一式に防犯ブザー、ポータブルテレビ、乾電池、大量のサプリとサプリメントケース、アミノ酸ドリンクの入ったプロテインタンブラー、とまあ思いつかないくらい大量の物が詰まっている。

 多少重いけどなんて事はない。

 俺は常日頃から鍛えている。

 そういう趣味があるわけではないけど、必要に駆られて毎日のように筋トレ→有酸素→ストレッチ→シャドー格闘技をローテーションしている。

 理由がある。

 それは生きる為だ。


「おっ、車のブレーキ音。遠いけどでかい」

 すぐに何かを察知した俺は、路地から離れて国道を跨いでいる歩道橋に移動。

 しばらく待っていたらビルとビルの合間の向こう――高速インターチェンジから爆音をしながら走ってくる一台のアルファードが――。

「逆走……」

 しかしすぐに逃げる俺ではない。

 ここが一番安全だと踏んだ。

 アルファードはレーシングカーのような速度でみるみる迫ってきて、それを間一髪かわすドライバー達。

 しかしぶつからない事で失速せずにもう間近に来たところで急に進路を替え、丁度歩道橋の真下のガードレールを薙ぎ倒し、歩道橋に乗り上げて――。

 (大丈夫。ここまでこない)

 予想通りだ。

 階段を登った途端失速し、歩道橋の先端まで乗り上げて角に衝突、程なく炎上した。

 踵を返す。

 俺は黙々とまた歩道橋の無事である側から慎重に階段を降りた。警察を呼ぶまでもない。既にサイレンがしていた。

 助ける余裕はない。

 激しく動いたからと念の為ポケットの中を確認した。

 スマホも財布も健在だ。

 財布にはまだ3万くらい残ってたし、クレジットカード残高もまだたっぷりある。

 家族が残してくれた遺産もまだ3000万くらいはある。

 すぐに近くのコンビニに行くと、店からスタッフが出て行って野次馬と化していた。


 俺はなるべく腹に触らないようなヘルシーなおにぎりとゆで卵に納豆を買って、会計を済ませて出ようとした。

 しかし嫌な予感がした。

 会計を済ませる直前、何かを察知してすぐにお札を天井のライトに当てる。透かしがない。

 気付いた店員さんも訝しみながら、それどうされました?とか聞いてくる。

 俺は多分紛れましたと、店員さんもフレンドリーな人で一緒に確かめている。

「いやいいですよそれ。交番に持ってきますんで」

「あ、はい……えーと」

 俺はすぐに別のお札を取り出して念の為透かした。

「大丈夫みたいなんでこれで」

 店員さんも苦笑いしながら応じてくれた。

 店の外に出る。

 まだ事故現場では野次馬が群をなし騒がしい。

 おれはすぐにその場から離れる為に国道を離れて駅に向かう。途中何度か上から物が降ってくる場面があったが、基本的に全方位に気を配りながら歩いているから――いやそういう問題でもなかった。


 駅で電車に乗る前にトイレに立ち寄った。便器の裏側にあまり掃除の行き届いていない空間があった。

 そこに先程の万札を畳んで小さくして置いた。もちろん指紋は全て拭き取っている。

 何かの企みはない。面倒事があるならば、大体それは死に直結するからだ。

 そのままトイレを出て改札を潜り、電車に乗る前にする事がある。

 俺のメガネにはカメラが付いている。

 これは盗撮用ではなく証拠保全用だ。

 昨今の電車にはまだ監視カメラが付いてない場所がある。

 過信はできない。

 電車がホームに滑り込み、乗る時にも注意した。

 誰が押してくるかはわからない。

 二人程度なら押し返す力はある。

 思っていたらドアがすんなり開いて、すんなり乗れた。

 死神も年中無休ではないらしい。


 去年、俺はある事象に感染した。

 それは折しも、心霊研究をしていた大学のサークルの付き合いで無差別殺人事件の現場に行ったしばらく後の話である。

 それが心霊なのか死神なのか、そもそもそれが原因なのか、誰にもわからないままに2年が過ぎた。

 今俺の周りでは毎日のように一歩間違えば死に直結するようなイベントがある。

 皆と連絡が取りたい。そう思って二年。当時のスマホは壊れてしまい、連絡の取れる人間は一人もいない。

 

 ドアの隅にもたれて車窓から空を見た。

 昼までの天気とは一転し雨雲がどんより空を覆っていた。

 

 

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