2.荷物持ちと、支度
2
僕の家は王都の中心地からすこし北に外れたところに建てられていた。
土地の確保から実際の建築に至るまで、なにからなにまで【
――僕はただの凡人なのだ。特別な才能を持っている連中とは、違う。
ラツェルをリビングに残し、僕だけ庭に出る。庭の片隅では程よく実った果実の木が風に揺れていた。ちなみに僕が育てているわけではない。食いしん坊のアリープが勝手に植えて、それに心優しいカジュウやウィンチェルが水をあげていたら、気がついたら大きくなっていた。……まあ僕もたまに水をあげているけれど。
家の裏手にはレンガ調の小屋が建てられている。倉庫だ。
ドアに手を翳し、魔力をすこしだけ滲ませた。そうすればロックは解除される。ドアを開けると……うんざりするくらいの惨状が視界に広がった。
さながらキング・バードの巣作りだ。キング・バードは図体がでかいけれど頭は小さく、よって脳味噌も小さく、たとえば木の枝と鉄パイプの区別がつかなかったりする。よってキング・バードの巣というのはゴミ屋敷の様相を呈するのだ。
僕の倉庫もゴミ屋敷みたいだった。
散乱し、累々と積み重なった、魔道具の数々……。
「あーらら、汚いぜ、まったく。ほんとにさあ、ゼンタくんって真面目な感じだけど、意外と片付けできなかったりするよねえ」
背後からの声は突然だった。気配もなかった。とはいえ僕も振り返ることはしない。目の前のゴミ屋敷をどう処理していくのかを考える。
「……家で待っとけって言ったはずだけど? ラツェル」
「んふふ。待てと言われて待っているようじゃ勇者は務まらないぜ? いいかい? これはまだ六歳くらいの話だけどね。可愛い魔物……ハート・ウルフが近所の公園に出没してさ、危険だから近づくな! って近くにいた大人に言われたんだけど、無視して撫でにいっちゃうのがボクっていう人間なんだぜ!」
「胸を張って言うことじゃないと思うけどな。それに、知ってるよ。ラツェルのことは、うんざりするくらいにね」
「だよねだよね。知ってるよねえ。で。五分で支度を済ませるって言ってたけど、終わりそうかな?」
「終わる終わる。……たぶん」
足の踏み場もない倉庫に僕は一歩目を踏み出す。踏んでもいい魔道具を正確に見分けながら奥へと進んでいく。突き当たりには棚がある。棚も棚でごちゃごちゃとしていてまるで見分けがつかず、たぶん僕以外の人間にはなにがなんだか分からないと思うけれど、僕には、分かる。
棚からてきとうに魔道具を手にとっては入り口に投げていく。ぽいぽいぽいぽい。雑な扱いだが、壊れることはない。さすがに僕は――これでも荷物持ちだ。おおよその魔道具の耐久値は把握しているし、なにより僕の投げた先には柔らかなクッション状の魔道具が横たわっている。
「手際がいいねえ、ゼンタくん。よくもまあそんな正確にさあ」
「覚えれば誰でも出来ることだよ」
「いやいや。……ていうかきみ、本気で言ってそうだから怖いぜ。マジで」
本気も本気である。別に荷物持ちなんていうのは誰にでも出来ることなのだ。なんの才能や取り柄がなくとも、出来ることなのだ。
僕にはラツェルみたいな【勇者】としての資質なんて持ち合わせていない。アリープのように【暴れ竜】なんて言われる素質も持ち合わせていない。ウィンチェルのように【魔女】とか、カジュウのように【聖なる盾】とか……、僕はそんな異名を持ち合わせてはいないのだ。
あくまでも僕は荷物持ち。誰にでも出来る、荷物持ちに過ぎない。
だから……。
「ラツェル」
「うん?」
「これはもしもの話なんだけどさ」
「うんうん。なんだいなんだい。もしもの話は好きだぜ? ふふ。ボクはこれでも想像力が豊かな勇者だからさー、そうだね、たとえば魔王討伐を果たしたあとの話とか――」
「もしも僕がパーティを抜けるって言ったら、どうする?」
瞬間、凍えるほどの、灼熱がっ。
それは氷で背筋を突き刺されるような感覚だった。僕は咄嗟にラツェルを振り返って目を剥く。けれど……ラツェルを振り向いたときには既に得たいの知れない感覚は抑えられていた。
ただ、ラツェルはにこにこと微笑んでいる。
「冗談はよくないぜ、ゼンタくん。ほら。世の中には言って良いことと悪いことっていうのがあるしさ。いくら、百パーセントありえない冗談や例え話の類いだったとしても、口にしちゃいけない言葉っていうのがある。違うかい?」
「……でもさ。僕は思うよ。僕以上に有能な」
「ゼンタくん。この話は終わりにしようぜ。そして、支度はどうだい? 終わったかい?」
「……あとは、詰め込んで終わりだね」
得たいのしれなかった先ほどの感覚について、僕は特に言及することはない。あれは……
僕は倉庫内を移動して二つの必須アイテムを取り出す。……荷物持ちには決して欠かすことの出来ないアイテム。とはいえそれをアイテムと表現するのはすこし変てこかもしれない。
サバイバルポーチ。
リュックサック。
僕はポーチを腰に巻き付ける。ポーチにはナイフ、ポーション、鋼鉄製の糸、紙とペン、他にも花火や爆音玉などが挿さっている。
ちなみにリュックサックは空である。中は普通……のように見えて異空間に繋がっていた。【魔女】と呼ばれて魔法使いとしての名声をほしいままにしているウィンチェルは――実のところ滑舌が悪くて詠唱が
空間の広さは、およそ、惑星。
惑星一つぶんの広さをしている。ウィンチェルに好きなように広げていいよと言った結果がそれだ。まったく。どうして意味不明なほどの広さにしてしまったのか。僕は嘆きたい気分になりながら雑多に魔道具を詰め込んでいく。リュックサックに。ぽいぽいぽいぽい。
「ねーねーゼンタくん」
「ん?」
「それ、てきとうに詰めてる?」
「まさか。ちゃんと考えてるに決まってるだろ」
「ふうん」
「なにさ」
「いやあ。規格外だなあって思ってさ」
「皮肉?」
「どこがさ。褒めてるんだぜ。素直じゃないな? ゼンタくん。……そんなんだから、ああいう冗談を口にしちゃうのかな」
呟かれる最後の言葉は小さすぎて、まともには耳に入ってこなかった。だから僕は心の中で呟く。『こんなのは誰にでも出来ることだ』と。……誰にでも出来るのだ。なにせ覚えればいいだけなのだから。自分でちゃんと覚えて、勉強して、実践すればいいだけなのだから。
そして僕は倉庫にあった魔道具のうち、
倉庫を出て、ロックを掛ける。……家の玄関のロックは掛けていないが、まあ、泥棒は入らないだろう。
五分といったけれど、八分は経ってしまっただろうか? 誤差といえば誤差だが、すこし舌を打ちたくなる気分もあった。とはいえ。
「よし。じゃ、行こうか。僕に掴まってて」
「うんうん。掴まる掴まる。絶対に離さないつもりで、掴まるさ」
サバイバルポーチから『大空の石』を取り出して右手に握り込む。透明な石だ。さながら水晶のようでいて、しかし覗き込むと空色をしている。空を飛ぶほどの魔力を持たない人間――たとえば僕のような人が空を飛ぶために必要な魔道具である。
それなりに高価で、市場には滅多に姿を表さない。とはいえ僕達【
僕は『大空の石』に、さながらジョウロを使って土に水を浸透させていくように、ゆっくりと魔力を流していく。すると拳の中で『大空の石』が熱を帯びていくのが分かる。まるで赤ちゃんサラマンダーが親に対して甘えるように放つ炎のように、決して
同時にラツェルが、僕の左手に両腕を絡ませた。
ラツェルの体温も、また熱い。
「ところで確認だけど、ラツェル」
「うん。なあに?」
「昨晩の連絡から、みんなの音沙汰はなし?」
「うんうん。ないともさ。音沙汰なしだね」
「……なるほど。よし、ちょっと、急ごうか」
そして僕達は大空に飛び立つ。
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