荷物持ち、辞められない ~王都最強の勇者パーティに釣り合っていない(と思い込んでいる)から辞めたいけど辞めさせもらえない魔王討伐記~

橋本秋葉@書籍発売中

第一部 荷物持ちの特殊な才能

1.荷物持ちと、勇者


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 ところで僕の所属しているパーティ【黄昏の時計パンドラ・クロック】は、王都において最強の名をほしいままにしていた。それも当然というべきか。結成から既に八年が経つのだけれど、達成できなかった依頼は脅威のゼロ件だ。


 ありとあらゆる依頼を達成し続け、気がつけば、名声を得ていた。


 その上でパーティメンバーの誰ひとりとしておごることがないのだから、いやはや、学生時代から彼らと仲良くしていた僕は、やっぱり人を見る目があるのだなと胸を張らずにはいられない。


 ……ああ、でも。


 でもまさか武闘家であるアリープが【暴れ竜】の異名を手にして世界の冒険者達から畏怖されるとは思っていなかったし、盾役タンクのカジュウが【聖なる盾】と呼ばれてすべての魔族に警戒されるとも思わなかったし、魔法使いのウィンチェルが【魔女】と恐れられて古代魔法を習得するとも思っていなかった。


 なによりパーティリーダーのラツェルが、【勇者】と女神教会に認定されているとも、出会った当初は思っていなかったのだ。


 ところで僕は――荷物持ち。


 彼らの才能には相応しくない、なんの実力も手にしてはいない荷物持ちで――。


 現在進行形で、パーティを辞めたがっていた(まだみんなには秘密だけれど)。



   1



「おはようおはようゼンタくん! ということで、パーティメンバーみんな迷宮ダンジョンで迷子になってるみたいだから、助けに行こうぜ!」



 と。家の玄関。開口一番。朗らかな表情で言う銀髪の美少女に対して、僕は反応を返せない。一体全体なにを言っているんだ? このは……。


 ラツェル・プリンク。


 開け放たれたドアの向こう側には燦々と光熱こうねつを放つ太陽の煌めきがある。それはまるでラツェルに宿っている才能を比喩しているような煌めきだった。


 ちなみにドアは僕が開けたわけではない。ラツェルが勝手に開けやがったのだ。家主である僕の返事も待たずに。


 午前七時。


 銀髪のショートカットを揺らしながらラツェルが小首を傾げる。ラツェルはさらに桜色の唇に白い指を当て、「んー」と小さく呻きながら視線を逸らす。そして言う。



「もしかして寝起き? ゼンタくん。寝起きだね? ふむ。だからぼんやりして話がまったく入ってこないんだな? でも、大丈夫。ふふ。この勇者様が目を覚まさせてあげよう、年上として」

「……いや。寝起きだから話が入ってこないっていうか、ラツェルがなにを言っているのか理解できないから……。てか、いま僕達って休止中だろう? あと七日くらいは休みが続いているもんだと思ったんだけど」

「うんうん休みだよ。ボク達【黄昏の時計パンドラ・クロック】はしばしの間、活動を休止しているぜ! 王都の勇者協会にも申請を出しているよ。ボク達のパーティはお休みしますーって」

「だよね?」

「うんうん。そうだぜ?」

「そうだぜ? じゃなくて。……みんな迷宮ダンジョンで迷子になっているって、なにさ。どういうこと?」

「奇遇だねゼンタくん。ボクにもさっぱり分からない! ということで、お邪魔しまーす」



 うーむ。と僕が頭を悩ませているうちにラツェルが勝手に上がり込む。けれど僕も拒否はせず、それは呆れているからというより、慣れているからだった。


 十年前――十五歳のときからの付き合いがあるのだ。僕とラツェルは(他のパーティメンバーとはもっと長い)。


 ラツェルはいつものようにリビングにある円卓に腰掛ける。場所は定位置。僕の対面。……【黄昏の時計パンドラ・クロック】の面々はなぜか僕の家で会議をしたがる。会議に最適な酒場の個室で飲んでいるときにも、「会議しよう!」ということになって、なぜかその個室を離れて僕の家にやってくるのだ。


 さながらスライムがなぜか下水道に集まってくるように。



「飲み物はいいよね、別に」

「うんうんいいよいいよ。なにも気にすることはないさ。ボクとゼンタくんの仲じゃないか」

「そうか。仲か。ところで、親しき仲にも礼儀ありっていう言葉を知ってる? ラツェル」

「うんうん。知ってるとも。で、そうかぁ。そこまで言われちゃ仕方ないぜ。お言葉に甘えて、飲み物をいただこうかな? 親しき仲にも礼儀ありだもんね?」

「……僕が言いたいのはそういうことじゃなくてね? 家のドアを勝手に開けたり、許可も得ずに上がり込むのはどういうことかっていうので……ああ。面倒くさいな、もう」

「ふふ。面倒くさい? おやおや。面倒くさいっていうのはボクの専売特許のはずだけどなあ」



 ふふん。ラツェルはなぜか得意げな表情で形の良い鼻を鳴らした。その仕草の意味が僕にはまったくもって意味不明だった。というか『極度の面倒くさがり』というのを自覚しているなら治せよ! と僕は言いたいくらいだった。言わないけれど。


 言ったところで無駄だということを僕は……もう本当に十年間で身に染みて学習させられてしまったのである。さながら薬物を投与されたゴブリンがすべての物事に対する情熱を失わされるように。



「で? 迷宮ダンジョンで、迷子だって?」

「うんうん。迷子迷子。みーんな迷子。アリープも、ウィンチェルも、カジュウも、みんな迷子だってさ。まったく困っちゃうだろ? もう子供じゃないのにさあ」



 肩をすくめるようにしてラツェルは言う。まるで他人事みたいな物言いだ。


 みんな【黄昏の時計パンドラ・クロック】の大切なパーティメンバーだというのに。……とはいえ僕もそれほど危機感を抱いてはいない。むしろ気持ちは穏やかだ。


 なぜなら僕は彼女達の強さというものを誰よりも知っているから。パーティメンバーだからこそ、身近に、知っている。



「ちなみにどこの迷宮ダンジョン?」

「王都を西に二十キロくらい進んだところって言ってたかな。緊急の連絡では」

「あ。もしかして未踏破迷宮ダンジョン?」

「たぶんそうなんじゃないかな? ボクは調べてないけど」

「確かそうだ。前に見た地図に載ってたはず。それに、迷宮ダンジョンの名前を言ったわけじゃないんでしょ?」

「そうだねそうだね。西に二十キロくらいの迷宮ダンジョンとしか聞いてないぜ、ボクは」

「ちなみに連絡を寄越したのは誰? 連絡があったのはいつ頃?」

「ええとねえ。……昨晩だね。うん。お風呂に入る前だ。アリープから、迷子になっちゃってまずい状況だから助けに来てーって連絡があってだねぇ」



 ……昨晩。


 僕は唾を飲み込む。一拍を置く。ラツェルの言葉をよく咀嚼して、また訊く。



「昨晩?」

「昨晩昨晩。昨日の夜だぜ」

「助けに来てって?」

「うんうん」



 ラツェルは悪気なく答える。悪魔を祓うような銀色の髪の毛、にすこし黄色を混ぜたような色合いの瞳。それは透き通っていて無垢だ。悪気なし。悪意なし。ただ純粋に――純粋すぎるくらいにラツェルは面倒くさがりで、かつ。


 仲間を信じすぎているのだ。ラツェルという、勇者は。


 だから僕は問い詰めることもなく静かに考える。静かに頭の中身を回転させる。さながら竜巻の精霊であるサイクロンが悪戯に花嵐を巻き起こすように。僕は考えて――。


 未踏破迷宮ダンジョン。昨晩の緊急連絡。迷子という名の――遭難。


 僕は音を立てながら席を立った。



「五分で支度する。ラツェルはいつも通り、


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