014 意識は途切れて、幕が上がる。
約二十四分間という能力の持続時間は、あっという間に過ぎた。
もう間もなく、『インスト』が切れる。なので、瞼を閉じ、その時を待った。
意識が、プツン、と途切れた。
次に意識を取り戻した時の僕は、
最初に、身体の痛みを感じた。とはいえ、教卓の裏に無理やり押し込まれたんだから、それもそうだ。まあ、無理やり押し込んだのは僕自身なんだけど。
けど、安心した。こうして同じ場所で意識を取り戻したということは、見回りの先生に見つからなかったということだ。誰にもバレることなく成功したのだ。
うまくいった。作戦は、滞りなく完了したのだ。
ただ、ひとつだけ──土壇場の変更点はあるけれど。
「ねぇ、訊いてもいいかな」
そう言いながらしゃがみこんで、こちらを覗き込む女子生徒に、僕は気づく。
「ははっ……なんでしょう?」
こちらを覗き込む女子生徒──
「なんで、あたしは今、ここにいるわけ?」
彼女は、口角を引きつらせながら、とても不安気な様子で僕を見ていた。
ま、当然だ。だって作戦通りなら、インストが切れた瞬間の晴乃井先輩は自分の教室にいて、テストの続きを受ける予定になっていたのだから。
「どういうこと? テスト、受けられなかったの?」
「いえ。ちゃんと、受けてきましたよ」
「そう。……なら、なんで? まだテスト中だよね?」
僕は、彼女の目をじっと見て、
「テスト、全部解いてきちゃいました」
と、白状した。
晴乃井先輩が、驚きの表情を浮かべる。
「えっ、え、どういうこと? なに? 終わらせてきたってこと?」
「はい。二十四分間のうちに、全部解いて、途中退室してきたんです」
そうなのだ。
僕は、数学のテストをおよそ十五分ですべて解答し終えた。そして、テキトーに言い訳を並べて答案提出、途中退室した。
で、この教室まで走って戻ってきて、制限時間を迎えたわけだ。
「うそ……すごすぎ。そんなことできるの? いや、でも出来たとして……」しばし考えた後、彼女は僕に問うた。「そこまでする必要ある?」
「はい。どうしても、途中退室したかったんです」
「どうしても……?」
「チャイムが鳴って、問題用紙を表にして、僕はまず自分が担当すべき問題……つまり晴乃井さんの苦手分野を洗い出そうとしました。で、そのとき、あることに気づいたんです」
「あることって、なに?」
「それは、ここ数年分の過去問を解いたからこそ分かる変化でした。正確に言えば、出題傾向はあまり変わりありませんでしたが……また別の変化があったんです」
呼吸を挟み、
「
僕は、告げた。
「問題の難易度が下がっていたんです。しかも、はるかに。問題用紙を見てびっくりしました。正直、これなら
「なるほど……。そんなに簡単だったんだ」
「はい。だけど、それだと困るんです」
「………………? 困るって、なにが」
「誰でも高得点がとれるテストなんだったら、仮に先輩が高得点をとっても、ぜんぜん凄さが伝わらないじゃない。そういうことに気づいちゃったんです。だから、誰よりも早く解答を終わらせて途中退室しよう、って思いました。そうすれば、凄い人っぽくみえるんじゃないかって」
そして僕は、言う。
「だって。そもそもの目的は、テストで高得点を取ること、じゃなくて、晴乃井先輩を『完全無欠の最強女子高生』にすること、ですし」
静まり返った教室内が、もっと静かになった気がした。晴乃井先輩が沈黙したのだ。
な、なにか変なこと言ったか……? と不安になり、先輩の顔を覗き込んだ。彼女は、目を丸く見開いて、口もぽっかりと開けたまま、しばらく無言だった。
「……………………っぷ」
かと思えば、唐突に吹き出し、
「あはっ……あはははっ、なにそれっ! やばぁッ! あははははっ!」
豪快に笑い出した。
他の生徒がまだテスト中だってことを忘れているみたいに、大きな声で笑った。校舎中に響き渡るぐらい、少なくとも教室中を埋め尽くすくらいのボリュームで、爆笑していた。
「は、晴乃井先輩ッ? し、静かに……」
「あはっ、あははっ。ほんと、あなた──」
それから、彼女は右手で涙を拭ったあとで、
「──最高だよ」
満面の笑みを、僕にくれた。
心臓が、大きくはねた。
「……恐縮です」
思わず、顔をそらしてしまった。
「ねぇ、天才クン」
「なんでしょう」
「やっぱり、あんたが必要だわ」
すっと、晴乃井先輩の右手が僕へと伸びた。
「できれば、これからも協力してくれない?」
その言葉が、僕の胸をぎゅっと掴んだ。だから、お返しといっちゃなんだけど、
「……できることがあれば」
僕は、晴乃井先輩の右手を掴んだ。
にひひ、と彼女が笑う。僕も微笑み返す。
「これからもよろしくね。あたしの天才クンっ!」
こうして、晴乃井るるとの日々は幕が上がった。
彼女を『完全無欠の最強女子高生』にするという馬鹿げた目標と、『楽しい青春を送りたい』というささやかな願いを現実にするべく、僕らは本格的に『青春攻略』に身を乗り出したってわけだ。
高校生活は消化試合だって、誰が言ったか。僕が言ったっけか。ともかく、そう考えていた過去の僕さえ腰を抜かすほどの青春が、これから始まる。
いまはまだ、知らないけれど。
【Case.02へ続く】
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