僕らの『青春攻略』は、るる先輩に飛びのって。
永原はる
000 プロローグ
彼女を見かけたのは、通学路の途中。具体的に言えば、高校まで徒歩であと五分ぐらいのところにある鈴鳴橋の欄干の上だった。膝を曲げ、かがんだ体勢から勢いよく両足を伸ばし、そのまま橋の下へとダイブした。
学校一の美人が宙を舞う。子猫が小さくニャーと鳴く。その一瞬の光景はあまりにも美しく、見惚れるしか出来なかった。
腰の上まで伸びた黒髪が、風に浮いてなびく。ブルーのインナーカラーが露になる。太陽の光に透けて、キラキラと輝いて宝石のようだ。長い手足、スラリと細長い身体が重力に逆らって飛翔していくツルのようにも見えた。
実際は、落下しているんだけど。
ぽちゃんッ! というベタな着水音と共に、晴乃井るるは見事な着地を決めた。跳ね返った水が、彼女のスカートを濡らした。踝のあたりまでが川に浸かっている。
それでも晴乃井るるは、何事もなかったかのように、平然と猫を撫でた。
なんだ、なんなんだ。いま目の前で起きた出来事は事故か、はたまた彼女の故意か……。いずれにせよ、この状況を見過ごせなかった僕は、一目散に駆け寄った。
すると晴乃井るるが視線をあげた。なので当然、目線はバッティングする。
「あれっ、」と声を先にあげたのは、彼女の方。
「え」と、それに反応したのが僕の方。
「君、
そして彼女は、僕の名をハッキリと口にした。僕は驚いて、足を止めた。
だって、ありえないのだ。面識も接点もあるはずのない高校一の美人が僕を認知しているなんて。聞き間違えか、と思った。けれど、
「やっぱり、新室くんだ」と彼女は抑揚のないトーンで、繰り返し僕の名を挙げた。「なにしてんの、こんなところで。川だよ、危ないよ」
「えっ、いや、あなたこそ……。てかなんで、僕の名前」
「だって……。あっ」
ふと何かを思い出したかのように、晴乃井るるは間の抜けた声をあげた。そのあとで目線を斜め上へとずらしたまま、ぶつぶつ独り言を言い始めた。
「そうか……まずいな……」
だとか、
「うーん……どうしよう……」
だとか、
「いや、まだなんとか誤魔化せるか……」
とか。
「にゃー」
という鳴き声をあげたのは、晴乃井るるの腕のなかの猫だ。
とにかく彼女は、なにやら考え込んでいる様子で、川の中に突っ立っていた。
そんな場合じゃないだろ、と僕は思う。
「何が何だか分からないですが……いや、そんなことより早くあがりましょ──」
で、そう声をかけた。その時だった。
「ひゃぁっ‼」
突然、晴乃井るるが悲鳴をあげたのだ。それから、
「あんた──誰っ⁉」
彼女はハッキリと僕の目を見て、叫び声をあげた。
「は? この猫、なに? てか、なんであたし、川の中に……。っあー‼ そういう‼ うわー、やってんなぁ‼」
さきほどまでとは打って変わったハイテンションで次々と言葉を吐き出して、
「とにかく、あんた!」と僕を睨みつけた。「ここで見たことは忘れること。いいね?」
彼女は、僕の隣を通り過ぎて、逃げ出すように去っていった。
その背中を眺めながら、疑問符を頭の上にいくつも浮かべながら、
「忘れられるわけないですけど……こんな出来事……」
と、ひとりごちた。
これが、晴乃井るるとの出会いだった。
そう。出会いだ。
つまり、彼女との関係性がこの出来事によって始まった、という意味だ。僕は、この出会いがきっかけとなり、晴乃井るると深く関わるようになる。
再会の時は、想像以上に早く訪れた。その日の放課後のことだ。
教室から廊下に出てすぐ、僕は見知らぬ女生徒から声をかけられた。
「新室くん。ちょっと、いいかな?」
声が聴こえた方へと振り向くと、そこには茶色がかったボブヘアが特徴的な、小柄な女子が立っていた。たしか隣のクラスの子だ。名前は知らない。抑揚のない声と素っ気ない表情。物静かな印象が、僕の記憶の扉をノックした。
この感じ、どこかで……。と、デジャブのような感覚が脳裏をよぎったが、その違和感を口に出すより早く、女子が言った。
「晴乃井さんが、君を呼んでる」
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