第11話

浜辺でテキ屋を営む牛田ひかる。


トウモロコシを焼く牛田ひかる。


ひかるは困難に見舞われていた、トウモロコシのタレに使用している「キッコー野郎マクガイバー」の醤油が切れてしまったのだ。


だが、醤油は聖城塞都市コリナラ・ダ・カスカダへ行かなくては無いのだ。


コリナラ・ダ・カスカダは遠いのだ。


買う時は問屋から一斗缶一組十缶で買っているのだ、先月の半ばに注文しておいたが、輸送の三輪車が谷底に転げ落ちてしまったと一昨日メールが届いた。


切り立った崖の中程に僅かニメートルの道幅の長い長いくねくね曲がった「国道」が開削されていて、雨が降る度にどこかが崖崩れを起こして通行止めになっている。そんな所を不安定な三輪トラックなんかで走るからもう人災という他無いのだが、保険にすら入っている事は稀なのだ。


あの業者は暫く営業再開しないだろう…。


ひかるは悩んだ挙げ句、大きめの翼竜数頭に乗ってバカンスを楽しみに来ていた手練らしき冒険者一行にコリナラ・ダ・カスカダ行きを頼んでみた。


浜辺で半裸の姿で岩に腰掛けてマンドリンをかき鳴らしていた一行のリーダーだという青年剣士・ビステマ氏は、砂色の髪をかき上げてマンドリンを脇に置くと、汚いナップサックからマウンテンデューの缶を取り出して開けながら「商売人なら、こっちも何か期待しても良いかな?」と言ってぬるい炭酸水をゴクゴクと飲んだ。


その辺りも手練そうなので正直あまり気のりしなかったが、ひかるは正直に事情を話して礼金について交渉しようとした。


「あ、現金じゃなくさ、買い取りお願いできる?俺らまとまった戦利品手に入れるアテがちょっとあるんだけど、鑑定書付いてても何軒か回らないと捌けないじゃない?一括で引き取って欲しいんだよね」


そこそこ面倒な取り引き条件が来たな、と、思ったが、醤油を買うのに一往復してもらうのであれば悪いとも言い切れなかった、鑑定書付きの物品は冒険者からの買い取りが公定価格と定められているので、それによって損は発生しない、それに色を付けて売るのは商売人の権益でもある。


二人は各々のスマホに入っている、ギルド公社発行による契約アプリを起動して、互いの定款などつらつらと読み込み、パスワード設定やら簡易の合意書へのサインなどをして契約を結んだ。


じりじり照りつける中、ビステマ氏は真剣に小一時間もかけて面倒な手続きをやっていた、まあ信用は出来そうである。


全て終わるとビステマ氏は頭を掻きながら岩から降りて、バカンスを一時中断してひと仕事せねばならない事を仲間に宣告しに行った、夕方にはメールで説得の成否を伝えると言い残して去ったが、眉を八の字にして、歳の割に味のある大人の顔を浮かべていた、手に入るのは処分に困る品、という事だろうか…。そこらへんは少し気になった。



そして翌朝早朝、冒険者一行の三頭の飛竜は、空振り続きのくせにナンパを中断した事をボヤく大剣使いの大男・オリオン氏、ヒーリングも攻撃魔法も器用に覚えざるを得なかった魔道士・バナロ氏、怪物が隠し持つ財宝専門の盗賊・カイツァー氏、彼らのリーダーだが男所帯の中で何故か料理当番をいつも押しつけられているとボヤく、立派な宝剣を背にした剣士ビステマ氏、そしてテキ屋の牛田ひかるを乗せ、観光スポットである美しい朝焼けの浜辺を飛び立った。


「アッー!」


出発から二時間もした頃、オリオンが唐突に叫んだ。


「どうしたー!?」


先頭の翼竜にひかると乗っていたビステマは大声で訊いた、耳に風がうなり、互いに20メートル程の距離があるので振り絞るように叫ばねばならない。


「スマホ、コテージに置いたままだぁー!!」

「バーカ!」


ビステマは面倒そうに半笑いを浮かべた、バナロとカイツァーも後ろから叫んでいる。


「まーたそれかよ!後でキャリアに連絡してやっから!」

「リゾートのコテージが客のスマホ粗末に扱ったりしねーって!明日には戻るんだろ?ほっとけよ!」


全員の心の中の舌打ちが聴こえるような会話だ。


「アステリア通りのカフェで浜のリベンジしてやろうと思ってたのに、カスカダで俺なんもできねーじゃん!」


両手で頭を抱えて叫ぶ。大剣の剣士殿はナンパの事を言っているらしい。


「あいつ電子マネーに全財産突っ込んで銀行口座にも財布にも一銭も持ってないんだよなぁ…。だからいつも入れてるのと逆のポケットに入れたりしてスマホがめっからなくなると大騒ぎ。バカだろ?後で教えてやってよ、そんな事するとあぶないって…俺らがいくら言っても聞かねえしさあ」


ビステマは眉根を寄せてひかるを振り返った、面倒見の良いリーダーである感じのする男である。任せろ、と、ひかるは親指を立ててやった、胸元から

イブリースがちょこんと顔を出し、まだ何か叫んで後ろの二人を呆れさせているオリオンをじいっと見て、あくびをした。




「うん、ここだな。磁晶石がオド発光反応してる」


山々に囲まれた盆地の上空で、ビステマは手にした小さなスコープを通して地上を見下ろし、視界の中に現れた鈍い光を見付けた。


生命エネルギーの一種が渦を巻いて偽装膜を張っているのだと、ひかるは聞かされた、知恵のある魔物はそういう巣に隠れている。


「バナロ!あの朽ちた木の辺りにアンチマジックをかけてくれ!」

「おー!いくぞ!」


三頭の翼竜は朽ちた巨木の周囲を旋回し始めた。


バナロは手にした法具である黒い杖に念じた、先端に嵌められたスターサファイアが、彼がかなりの実力者である事を物語る。先端の宝石が何であるかは魔道士としての格によって厳格に定められているのだ。


バナロは呪文を口にしつつ杖を三度振った。


三度目に振り下ろされた時、全員の視界が変わった、ひかるは、居眠りをしかけてハッと気付いた時のような感覚を覚えた、真下、朽ちた木の脇に、いつの間にか一軒の民家が現れていた。


「降りるぞ!」


冒険者パーティは各々の武器に手を添え、油断なく周囲を観測しながら、翼竜が静かに木々の真上を滑空して、彼らは数メートルの高さから音もなく飛び降りた、ひかるを乗せた翼竜は離れた所に舞い降りて、「降りろ」と後ろを振り返った。


「さあて。この様子だと二人以上は確実に居るな」


ビステマは三十メートル程離れた位置の木陰から、家の庭に洗濯物が干されているのを見ていた、内容は普通の家庭のそれだった。若い夫婦、そして子供。


「銀手を」

「ああ」


そっと歩いてきたカイツァーが、ビステマの迷彩柄の背嚢から密な彫り込みの入った銀色のガントレットを一双、取り出し手渡した。家から目を離さず受け取ったビステマは、ガントレットに指を通し、背負った宝剣の柄を握る。


キィ…と、微かな音を立てて二つは応呼した、宝剣の柄とガントレットの彫り込みの奥に青い光が宿る。



ひかるは他の二人に手招きされて後ろから彼らを見ていた、オリオンが独りごとのようにひかるに話しかけてきた。


「あのガントレットは聖別された代物だ、魔を祓うための。それで、ビステマのあの剣は格はそんなに高くないけど聖剣なんだ、前に龍を殺して聖霊院から下賜されてさ。あの年で龍殺しなんてまず居ないだろ?あいつ東方の出で、何だかいう伝説の王とも関係があるとか何とか占い師のバアさんに言われてたな…」


バナロが続けて言う。


「それで、俺達は魔物退治に関して少しばかり責任を負う立場に居るんだ。【力は相応の義務を課せられるべし】という教義によってね。ガントレットはその証でもあって、強い穢れから持ち主を護る。触れるだけで危険な魔を屠るための特別製のやつだ…その為にここへ寄った」


前の二人が振り向く、オリオンとバナロは頷き合い、ビステマに手信号を返した。


「済まないが、すぐ終わらせるからちょっと待っててくれな。多分ちょいと嵩張るが戦利品は良い値で売れると思うぜ?」

「あんたはここから動かないように。あそこには多分魔人種が住んでるから、俺達がまともに戦うととばっちりを食うだろう」


バナロはひかるに向かって杖を振った、燐光が飛んでひかるの体を包む。


「魔除けだ、気配は消えてる。万一俺達がやられたら、竜はあんたをすぐに連れて行くだろう、その後はあんたにやるよ」




ハックション!


ひかるの胸元でくしゃみをしたイブリースは、人の気配が充分遠ざかるのを聞き分けてから顔を出した。


「なかなかやりおるではないか、わしにくしゃみをさせるとは。のうひかる、アレはどうにも好かんなあ、力なきものの住処を襲うとあっては。まあ、わしには関わりのない事だがのう!」(宇宙人ジョーンズのナレーションな声)


ひかるはイブリースの後頭部を指で刺激してやった。



四人の冒険者達は、家の中から死角になる通り道を通って裏手に回り込み、壁伝いに中の様子を探った。


精神修養の成果で感覚が鋭敏化しているバナロが壁の木板に掌を当てつつ、懐から乾燥させた毒茸を出して前歯の先でひとかじりする。


感覚が更に鋭くなり、手先に微振動を感じながら、更に蜘蛛の神霊を想起し、細かな震えを声として聴いた。


「母親と子供が一人。正面近くの台所に居る。暫くは動かない」


バナロはふっ、と息を吐いて蜘蛛の心を脱ぎ、続いて気息の精霊への祈祷文を口にした、自分たちの物音を消したのだ。


そこから素早く行動した四人は、裏口を破って家に入り込み不意を突いて魔人の親子を襲撃した。音もなく現れた武装した男達を目にするや、料理をしながら娘に何か話して聞かせていた母親は鋭い叫びを上げた。


「誰なの!?」

「騒ぐな!」


間髪入れずに叫び返したビステマは、銀のガントレットをはめた手で、自分の腰までの背丈しかない魔人の娘の首を掴んだ。


「ママ…」


状況を感じ取った娘は、弱々しく母親を呼んだ。ビステマの手はその喉元を強く絞った。


「う…!」

「やめて!まだ四つよ!」

「もう呪文の一つくらい唱えられるだろう、いつでも浄化する」

「俺達は龍討ちをやってる。抵抗したらお前も終わるぜ?」


カイツァーは脅し文句を口にしながら縄を取り出し、簡素な衣服に身を包んだ魔人の女に近付き、震えて動けないでいるように見えるその両手を縛った。


「なあ、男が居るだろう、外に服が干してあった…。すぐに帰るのか?」

「主人は…鉱石を掘りに他の男達と出て行ったわ。六日はかかる所へ」

「いつだ?」

「昨日よ。娘の首から手を離して!」

「ふうん…」


ビステマは指に更に強い力を込めた。


「けほおっ!」

「やめて!何がしたいの!?」

「さあね」

「あ…けほっ!…う…、ゲホッッ!!」

「娘を苦しめるのをやめて!!」


カイツァーは母親に足払いをかけて転ばせ、腹を蹴りつけた。


「ふん!」

「きゃあぁ!…あっ…!」


バナロが冷たい目でその様子を観察しながら二人に言う。


「そいつ、アンダリアン財宝について知らないか?」


オリオンが素っ頓狂な声を出した。


「アンダリアンん?大昔の話だろうそりゃ」


ビステマは意外そうにオリオンを見る。


「お前よく知ってたな、オリオン。今はもう朽ちた古書しか知らない出来事なのに。…でもあれはまだ見付かってないんだぜ?」


バナロは手をひらひらさせた。


「そういうのほじくり返してまとめサイト作ってる好事家の御仁がいらっしゃる。密かにブーム再来て所さ、スマホスマホだからなオリオンは」

「ふん…油断ならねえな。商売仇は多いんだ。じゃあこの機会を逃す訳にはいかない、知ってる事は全部教えて貰いたいな…マダム?」


ビステマは床に転がされて蹴り回される女に向かって背中の剣を抜き払った、切っ先を向け、じりじりと近づいて行く。


「お前たちがかつてこの地を荒野に変えた時、地霊から巻き上げた百リーグ立方分の金のナゲット…。どこかの洞窟に埋めたって話だが」

「この…盗賊!」

「聖ストラの使徒と言え。この銀手が見えてるだろう、お前たちからこの国を奪い返した大賢者のご遺志を継ぐのが俺達だ」

「馬鹿言わないで!そんな歴史は…無い!」

「何だと?」

「でっち上げよ!北からなだれ込んだ蛮族の末裔が既に神話だった英雄を騙っただけ!本物はそんな昨日今日の存在じゃないわ!」


女の目には怒りや憎しみと言うより、呆れのような感情が浮かんでいた、しかし刺すような視線でビステマを睨みつけている。


「コイツ何言ってるんだ?」

「さあな。出任せで時間を稼ぐ気だろ、誰か帰って来るのかもな…」

「表を頼む。あの商人にも手伝ってもらえ」

「分かった」

「オリオン!食わせものだ、ドライに行こう」

「ふー。気が進まねえな…。どうして人間と似てるかねこいつら」

「気にするな、ただの穢れた霊だ、こいつらに魂は存在してない」

「そうかいそうかい…」


ビステマは娘を剣の柄で殴りつけて押し倒し、母親の方へ近付くと激しく蹴りつけた。


「オラ!何か知ってたらさっさと言え!それは贖罪になるぞ!」

「ぎゃあっ!」

「財宝で聖堂の一つでも建ったら、お前らは悪しき霊ではなくなるかもな!」

「あぁあっ!」

「他にも人間のためになる事を何か知ってるだろう!貴様らがどうやって魔物をこちらに呼び寄せているのか、そいつも教えろ!」


何度も蹴りつけながら、様々な質問を繰り出していく。その内に何か吐く気になれば儲けものだ、蹴り殺すまで続ければいいだけ。


暫くそうしている間に、娘の方が目を覚まし、起き上がった。


「ママあ!」


痛みと恐怖から叫んだ。


「どうする、これ?」


オリオンは聞こうとしたが、蹴るのに忙しいビステマの耳には届かなかった。


「おーい?」

「やめて!ママ痛がってる!やめて!痛がってる!やめて!やめて!やめて…」


魔人の娘は手持ち無沙汰な様子のオリオンに取りすがろうと、何度もやめてやめてと叫び続けながら近付いた。


「やめて!ママ蹴らないでって言って!」

「うるせえよ」

「ヴ」


オリオンは大剣を背中から振り出しざま、刃の面で娘の頭を打った。頭蓋が叩き潰され、白い中身が天井にまで飛び散り、張り付く。


「いやぁぁぁあああっっ!!!」


魔人は戦慄き、割れ鐘のような悲鳴を上げて絶叫した。


ガツッ!と、鈍い音を立ててビステマの銀の拳がその頬を撃ち抜いた。


「うるっせ!!」

「うぅうぅぅぅ…!!」


母親は声にならないうめき声を出して蹲り、涙の溢れた顔を床に押し付けて全身をひくつかせた。


「おい!脳筋馬鹿野郎!いきなり潰してんじゃねえよ!使えるモノが無くなったろうが!」

「わ、悪い…!」


ビステマはうんざりした表情でオリオンを咎めた、戦っている時に作戦をよく潰してしまうのだ、オリオンは申し訳無さそうに肩を竦めていた。


「ああっ!もう!コイツぶっ壊すの手間かかるようになったろうが!ボサッとしてないで手伝え!指から行くぞ!」

「わ、分かった!」


二人はしゃくりあげ始めた女を見下ろし、どうやって穢れた霊…人間には計り知れない程に悪賢い…に口を割らせるかという難題に改めて取り掛かった。




(…)

ひかるの懐で、イブリースは不機嫌に背中の毛を膨らませていた。


「暫くわしは眠るよ、ひかる。この耳が今は邪魔で仕方がない」


仔猫の姿をした老悪魔は、一言そう言うと服の中で寝息を立て始めた。


カイツァーが背を低くして音もなく風のように現れ、ひかるに見張りの手伝いを頼みに来た、今は森の中に一人で居る方が危険かも知れない、そう言って魔人の家の傍の繁みへ連れて行く。


家の中からは、絶え絶えに女の叫び声がしていた。



「制圧は出来たが、後処理に暫くかかるんだ、一筋縄では行かない相手なんでな。あんたはここに隠れて裏手側を見ててくれ、何かあればすぐ家の中に駆け込んで二人に知らせるように、俺は木の上から正面を見てる」


空からは穏やかな日の光が降り注いでいた、家の脇のひさしの下に割られた薪が積まれていて、作りかけだったろう料理の微かな香りが漂って来る、小石を積んで作られた、几帳面に整えられた所と形のいびつな所のある花壇があり、粗末な端切れで作られた人形が平らな砂地の上に置きっぱなしにされていた。


壁にもたれかかって、通信サービスの届いていないスマホを触った後で、ひかるは周囲に注意しながら明日からの商売の事を考え始めた。




どれだけ時間が経ったのか、冒険者達は「やっとひと仕事終えた」という顔でひかるの前に現れた。


「さて、お待たせしました。値が付きそうなものはまとめておきましたよ、安いと思いますけど。すみませんね、期待はずれだったようです」


ビステマは疲れた様子で改まって詫びていた、嵩張るものを引き受ける事になりそうだ。


「あーあー。あんだけ手間かけてもなんも出ないなんてよお、損な仕事だったぜ…」

「文句言うな、お勤めだよオ・ツ・ト・メ。これのお陰で結構優遇されてるんだからなウチは」


ボヤくオリオンをバナロがたしなめた、オリオンはだるそうに伸びをした。


家の正面に「安い売り物」が積まれていた、どうも引っ越し荷物にしか見えない…。ひかるはイヤな予感を覚えた。


「ホントすみませんけど、あれ持って帰ってウチとしてはやっとトントンてところで、捌けるまでのロッカールーム代金考えるとおたくにとっては赤字てことに…。ホントすみません」


ビステマはニッカリと白い歯で笑顔を見せた、ひかるはため息をついた。醤油のために営業日三日使って赤字も出るとは、不便な世界である。


重い足を引きずっておずおずと裏側から出て行くと、衝撃の光景を見ることになった。


-うーわ、価値観ちがーう!!-


女が裸にされて無数の切り傷から血を滲ませ、どこをどうやればそんな事をやり仰せるのか、地面に突き立てた長い木の杭に、股間から口へと串刺しにされていた。


目玉は刳り出されて頬にぶら下がり、血まみれ杭の先端が突き出した口の端から赤い紐のような臓物が長く垂れ下がって風に揺れる。


そして上3分の1を潰された子供の首が切り取られ、地面につき立てられた杭の先に刺されていた。


何の目的があるのやら分からないが、明らかに見せしめとして作られた超・前近代的オブジェだ。


聞こえてくる冒険者達の屈託のない会話。


「娘の方も子袋まで開いてみたか?」

「ああ。一応な、念には念を入れて。でも小せえから何にも入らねえよあんなん。腹にはゲロとクソしか詰まってなかった」

「こっちもだ。まあそんなヒマなかったか。暖炉と竈も崩して見たけど財産らしきものは銀貨三枚隠してただけだな」

「仕方ねえな、商人さんにもご足労頂いたのに。しょっぺー!」

「ハハ、みんなして醤油買いに出ただけみたいになっちまったなあ…でも今年のノルマ果たせたんじゃないん?」

「収穫はそれくらいだな。じゃ、この雑貨鑑定に出して引き取って貰って、すぐ泳ぎに帰りますか」

「魔道具があれば手を付けときたかったがねえ、ここの奴は何にも持っていなかったか…」

「泳いで忘れな、宿世の天球儀なんて幻のアイテム」

「今度こそ誰かと熱い夜を迎えてやるぜ!」

「もう俺らにグチグチと暑苦しい夜を迎えさせるのはやめてくれ」

「懲りろよなー。鎮静剤でも医者に出させろ」



もうやだ中世…。


ひかるは目を逸して見ないようにしながら「早く帰りてぇー!」と思った、



城塞都市に着くと、冒険者向け行政サービスの一環である鑑定窓口の出張所がテナントビルの一階に入っており、ネームプレートを首から掛けたプロ鑑定士がこまごまとした雑貨を手分けして鑑定してくれた、そして、いずれの物件にも国の専用用紙を用いた鑑定書が発行され、ひかるはその場で取り引きを行って代金を支払った、取り次ぎ手数料が別途かかった上に、保管庫の借り受け手続きと料金の払い込みもしなければならず、それに数時間を要した。




「ひかる、この地の魔人達が何故狙われているか分かるか?」


通りを歩いていて、不意にイブリースが懐から話しかけてきた。ひかるにはその問いに答える言葉が思い付かなかった。


「…もう人間たちは忘れているが、かつて動乱が起こった時代に、征服者が既に僅かな人数しか残っていなかった魔人達を探し出し、滅ぼすために撒いた空想物語があったのだ、その一部が黄金伝説となってある。他の部分は聖者の物語となった、どちらも数百年前と言われているが」


イブリースは頭を振って、心を閉ざそうとした。


「人間の世界の記憶など高が知れている、種より萌え出たオーク樹めが、ゼフィーの戯れにかけられ、その忌々しい足で天国の門を蹴るまで…」


そして押しだまり、眠ってしまった。



その頃、アステリア通りのカフェで冒険者達は意気揚々としていたが、彼等に魔人狩りを命じている聖霊院が、そしてここ大陸の西半分の国々の支配階層が、世界の遥か彼方にあるという、魔人達の世界の実在を信じ、どれ程恐れているのかは知らないのだった、それは大きな秘密にされていたからだった。


彼等はもう長い事…歴よりも長くその秘密結社は存在していた…魔人達を恐れ、探索と排除のために、闇の帳に隠れる一生を捧げていたのだ。


















皇帝の寝室のガラス張りの天井には、闇の中に浮かぶ世界の半分が光っていた、背後には太陽が強烈な輝きを放ち、数億の新しい人々の世界にその命を分け与えている。


老いた皇帝は、今は亡き皇后に思いを馳せていた、婚礼の儀式はあの大地で行われたのだ。


控えめなインターコムの呼出音が静謐を破り、皇帝は横たわったまま思念で応答した。



-どうしましたか?-


-お休みの所をお赦し下さい、陛下がお気になされていた事が起きました-


-聞かせて下さい、今から寝室を出ます-


-はい、それでは、まず要件をお伝えします-



皇帝に仕える最高位の文官は、邦人母子殺害事件が起きた事、被害者が【自然主義派】の一家であった事を伝えた、原始的な遮蔽技術を用いていた為に、【新人類】種族の接近を防げず、極めて残忍な手口で殺害された。


皇帝は鎮痛な表情を浮かべ、先を促した。


彼等の文化圏の霊性水準は既に現文明段階として頭打ちになり、物質的発展が進展を見せるまで現状が維持される見通しである事、そして進展時期は数百年後と見られるという分析結果が報告された。


これは以前から言われていた事であった。


好ましくない事に、新人類の遺伝的獲得形質には嗜虐的傾向を強化する要素が強く形成されつつある事が近年の傾向と化していた、【旧人類に関する恐怖的誤情報】がその軸となりつつあるのだった。


皇帝は、懸念が現実化しつつあるのを知って決断の時の訪れを感じた。



『基本命令』…地球本星における現人類との接触を禁ず。


この法案を成立させると、本星は渡航禁止領域となる、1万年前に文明の痕跡を抹消して月への大規模移住を実行して以来、度々言われて来た事だが、星を次の民族へ完全に明け渡す時が来たのだ。


様々な文化遺産を置き去りにし、儀式が失われ、過去が消えて行くだろう。



人間が人間の姿を保つ意味が忘れ去られる引き金となるかも知れない。


その時、我々は何になるのか?



伝説の始祖である海神の像、その王妃と十人の王子の像が、大地からの光を受けて立っている。











【アトランティス帝国】


宇宙政府加盟国

建国…約34000年前

領域…月、その他外宇宙天体の種族別居住領域。

現在人口…本星・約24万人、月・122億人、銀河系全体・2746億人、近隣銀河系含む・約5100億人

友好国…火星、その他系外惑星文明無数

主な構成人種…地球人類第四根幹人種

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