夜桜の下で今、青春を謳歌する

四ノ崎ゆーう

夜桜の下で今、青春を謳歌する!

 桜乃さくらの神社の御神木である桜の巨木。この桜を見ていると何だか不思議な気持ちになる。いつもいつも、誰かに呼びかけられているような……。だから、この神社の前ではいつも無意識に足を止めてしまう。

 ――意識をしていないと吸い込まれてしまうような鮮やかさを誇る桜は、僕が人生で見てきた桜の中で一番綺麗だった。


 季節関係なく、桜乃神社の前を通った日には必ず同じ夢を見る。

 それは星が輝く夜空の下。ひらひらと宙を舞う鮮やかな淡い桃色の花びらが夜空に桃色のアクセントを加え、桜乃神社の桜の巨木はより存在感を増す。その桜の姿がどうしようもなく美しくて、可憐で、夢の中でも見惚れてしまうほどの魅惑を放っていた。

 そんな夜桜の前に天使のような優しい笑顔を浮かべて立っている一人の女性。その女性は僕の初恋の人であり、人生で初めて綺麗だと思った女性。

 心から愛した、大切な、大切な、僕の恋人、櫻野おうの桃華ももかの夢だった――。


 桃華とは昔から一緒に遊んでいた幼馴染みだった。幼、小、中、高と一緒で、実に十五、六年の付き合いだ。僕は世界一仲のいい幼馴染みと勝手に自称していた。

 ちょっと思い返すだけでいろんな思い出が鮮明に蘇ってくる。二人でいろんなことをしたし、季節に関係なくいろんなところにも出かけた。一緒に笑った回数は数え切れないし、お互いに喧嘩した時もあった。でも、それはすぐに謝って仲直りをしたんだったな。

 僕と桃華はいつも一緒に下校していた。そして下校途中、桜乃神社で寄り道をして遊んで帰ってくるというのが毎日のルーティンだった。中学に進学しても、高校に進学してもそのルーティンが変わることはなく、雨の日でも雪の日でも必ず桜乃神社で寄り道をして帰った。

 その桜乃神社で人生を賭けた告白もした。丁度桜が満開の季節で、地面には花びらの絨毯が敷いてあった。そこで僕は桃華からオッケーを貰い、晴れて付き合うこととなったのだ。めっちゃ嬉しかったし、これからどういうことをしようかな、と考える楽しみも増えた。

 しかし、高校三年生のある日、事件は起きた。その日、僕は用事があり、学校に残らないといけなかった。すぐに終わるような用事でもなく、ずっと桃華を待たせるのも悪いと思った僕は先に帰っててくれとお願いした。当然嫌な顔をされたが、先に神社に行っとくということで話がまとまった。

 僕が学校での用事を済ませた頃にはすっかり日が落ちていて、神社を覗いてみたがさすがにもう桃華はいなかった。いつも、暗くなる前ぐらいには神社を後にしているから今日も同じような時間帯に帰ったのだろう。


 この日、僕らは初めて二人のルーティンをしなかった。


 家に帰ると、母さんが慌てふためいた様子で僕にこう告げた。


「桃華ちゃんが事故に遭って、危ない状態らしいのよ!!」


 それを聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。寄りによって一緒に帰らなかったこんな日に最悪のことが起きた。

 僕は母さんから桃華が搬送された病院を聞き、急いで向かった。今までにないほど無我夢中に走り、通常歩いて三十分かかる道のりだが、十分で病院に着くことができた。待合所には桃華のお母さんがいて、手を合わせ、無事を祈っている状態だった。

 僕は軽く会釈をして、隣に座って一緒に無事を祈った。

 永遠とも思えた長い長い時間が過ぎ、桃華の処置を担当していたであろう先生がこちらにやって来た。表情からはどうなったか伺えなかったが、次の瞬間「申し訳ございません。手は尽くしたのですが……お亡くなりになりました」そう先生は言った。初めは幻聴かと思った。というか幻聴だと信じたかった。悪夢だと思いたかった。でも、何度頬をつまんでも叩いても、痛みを感じた。頬をつねっただけとは思えない、痛すぎる痛みを。

 到底、受け入れられない現実に桃華のお母さんはその場に泣き崩れ、僕は衝撃のあまり頭が真っ白になり、固まるしかなかった。

 少し気持ちを落ち着かせた後に桃華が眠る部屋へと案内された。桃華のお母さんのご厚意で僕も一緒に入れてもらえることになった。

 ベッドの上には顔に白い布が被され、仰向けに寝ている桃華の姿が。

 ゆっくりとお母さんが布を取ると事故のせいだろうか、酷い傷を負った桃華の顔が……。

 生前のあの姿とは似ても似つかない醜い姿になってしまった僕の恋人が目の前にいる。

 それでも、明日の朝にはいつも通り目を覚ますのではないかと思うほど、優しい寝顔。もう、桃華の笑顔は見れないのか、もう、桃華と会話できないのか、桃華と笑い合うことができないのか、そう思うと涙が滝のように頬を伝う。

 僕は桃華のそばにより、ぎゅっと手を握る。その手は人間に似つかわしくない冷たさをしていた。


 そこから数週間。僕は魂が抜けたかのように毎日を過ごした。僕にとっては生き甲斐をなくしたと同然のことなのだ。生きる活力は到底なく、ベッドにうつ伏せになるだけ。いっそこのまま死んでしまってもいいかなと思ったぐらいだ。

 そんな僕に生きる活力が戻ったのは桃華の葬式で桃華のお母さんに言われた言葉だった。


幹斗みきと君、あなたは桃華の分まで生きてあげてね」


 死人は当然戻らない。だから、生きている僕が桃華のために唯一してあげれること、それが桃華の分まで精一杯生きることなのだ。それに桃華のお母さんが気づかせてきくれた。

 桃華が生きるはずだった分まで僕が桃華の気持ちを背負って生きていく。今はいない桃華まで届くように。

 僕はこの日、前を向いて、何があっても挫けず、頑張って強く生きようと心に誓った。


 それから三年の時が経って、現在僕は大学二年生へと進級を果たした。

 大学生になった今でもちょくちょく桜乃神社には通っている。なんだか、また桃華に会える気がして……。

 そして、桃華が亡くなってから二回目の夏。

 大学も夏休みに入ったこの時期に僕らは家族で田舎のおばあちゃんちへと泊まりに行っていた。家族で花火やバーベキュー、流しそうめんなど、夏ならではのたくさんのイベントをした。

 そこで、おばあちゃんから桜乃神社にまつわる、ある有名な言い伝えがあると教わった。


『十五夜の月夜に花びらが舞い、満開の桜の木が淡く光る時、願いは叶う』


 この言い伝えは鎌倉時代初期頃からあるらしく、桜乃神社の御神木は既に樹齢三千年を超えていると言われているらしい。

 遥か昔から「この御神木には本物の神が宿る」やら「この御神木に祈りを捧げればたちまち病は治る」などなど、大層な崇められ方をしていたようだ。

 しかし、明らかに現実では起きやしない非現実な内容が混じっている。さっきの言い伝えに関しては、十五夜は九月であり、桜の開花時期とは程遠い。それに木が淡く光るなんて現象はあるはずがない。所詮は言い伝え。誰かの作り話の可能性もある。

 でも、何の偶然なのか、桃華の命日は今年の十五夜なんだよな。


 あっという間の夏休みが過ぎ九月に入った。おばあちゃんから聞いた話を頭の隅に置きつつ、今日も桜乃神社にやってきていた。当然、桜の木には青々とした緑の葉が付いており、桜が咲く気配なんて微塵も感じられない。


「さすがに嘘だよな」


 今で咲く気配なんてないのだから、十五夜に突然桜が満開になるなんてあり得ない。そんな言い伝えを気にしても仕方ないと思い、毎回している参拝をしてから今日は神社を後にした。


 その夜、また夢を見た。星の夜空の下で夜桜と桃華という構図は変わらないのだが、何故か今日はセリフ付きだった。


『ねぇ、そろそろ十五夜だね。思い返してみれば、私たち、今までにお月見したことないじゃん! 折角だし、今年やろうよ! 十五夜の日、夜九時に桜乃神社に集合ね! あ、幹斗、お団子忘れないでね?』


 ――十五夜の日に月見はいいけど……なんで僕がお団子を持って行かないといけないんだよ。


『だって、私は物理的に用意できないからしょーがないじゃん』


 夢の中では、桃華の言っている意味がよくわからなかった。

 朝、目を覚ましてもその夢は頭に残っていた。三年ぶりに聞いた桃華の声は以前と変わらず、僕の大好きな声音だった。また眠ったら桃華に会えるんじゃないかと希望を抱いて、二度寝してしまったが、もう夢に桃華が現れることはなかった。

 そのおかげで、学校には遅刻しかけた……。


 頭が覚醒してから改めて考えてみると、桃華にお団子が用意できない理由はわかる。だって、桃華は死んでしまっている身。幽霊になってお団子を用意することもできない。

 でも、それは現実での話。夢の中では関係ないはずだ。だって、この夢は僕の深層心理でしかない……はず、だし……。

 深層心理だと言い切れない理由は、今回見た夢は何故かとても現実味があったからだ。まるで本当に桃華が月見の誘いをしてきたような……。


「一応、月見の準備、進めておこうかな」


 例え、それが僕の深層心理であったとしても、月見はただの自己満足だったとして処理できる。それに、何となく僕はあの桜に桃華がいる気がするから、桜の下に実際は一人でも心は二つある。どっちにしろ無駄なことではないはずだ。十五夜の日は桃華の命日だし、思い出の地で過ごすのも悪くない。


 お団子を用意しろと言われたから、十五夜までの土日にせっせこせっせこお団子を試作した。多分、十五夜になればスーパーには月見団子が並ぶんだろうけど、折角の桃華の頼みなので自作することにしたのだ。

 月見団子は単に白玉を作るだけでは味気ないので、味付けをしてみたり、あんこを詰めてみたりといろいろ試作した。気づいたらお団子作りに没頭していた。

 最終的には試作した中で美味しかったやつを三、四種類詰めて持って行くことにした。

 

 月見団子を作る関係で十五夜の日、午後はお団子作りを奔走していた。大学の講義が運良く午前中で終わり、午後は暇ができたのだ。

 お団子は早く作りすぎると固くなってしまうので、先に三種類の味を用意することにした。

 今回選んだのは、みたらし、こしあん、芋餡の三種類。初めは四種類にしようと思ったが四は縁起が悪いから三にしたのだ。ちなみに五種類も思いつかなかったから三種類。

 しかし、準備といってもみたらし以外は市販のものを買ってきているので、そんなに時間はかからない。

 時刻が十八時を過ぎたぐらいに全ての工程が終了した。作りすぎた分を少しつまみ食いをして、あとは九時に桜乃神社に行くのみ。


 桜乃神社には約束の五分前に到着した。夜の桜乃神社は薄暗く、光源はところどころに灯っている灯籠とうろうだけだ。

 雰囲気がありまくりで、おばけでも出るんじゃないかと思う程。

 とりあえず、御神木がある神社の裏手まで回る。懐中電灯が必要だったな、と少し後悔している。

 神社の裏手は灯籠どころか明かりがなく、目の前は真っ暗な状態。辛うじて、月明かりが地面を照らしてくれている。

 月を見るという面では持ってこいの条件かもしれないけど、多少の怖さはある。

 足元に気をつけながら進み、御神木までやって来たが、やはり桜の木はこの前と変わらず、緑の葉っぱが茂っている。


「やっぱり、そんなわけないよな……」


 少し、ほんの少しだけ期待してしまっていたのだ。また桃華に会えるならどんな天変地異なことが起こってもいいなって。

 僕はそっと桜の幹に触れる。すると、ふわっと僕が手を触れたところが淡いピンク色に光りだした。


「え!?」


 思わず後ずさりをし、御神木を見上げてみると、幹全体が淡く光ってるじゃないか。それだけじゃなく、さっきまで咲いてなかった桜まで満開に咲いている。風が吹くたびに花びらがひらひらと舞っている。


「う、嘘だろ……。おばあちゃんの話本当だったのかよ……」


 何度でも言うが今月は九月で、今日は十五夜。四月ではない。涼しくなったとはいえ、まだ残暑は残っている。春には程遠い季節だ 

 なのに……。


「ど、どういう原理でこんなことになってんだ?」


 御神木が淡く光ってくれてるおかげで幹の周りは光源がなくても大丈夫なくらいに明るくなった。

 昔、サイリウムの仕組みを再現してみようという授業で、ある科学物質同士を混ぜ合わせると光るみたいなことやったことがあるが、そんな人工的なことではない。だってさっきまでただの桜の木だったのだから。

 よく見ると、ひらひらと散る桜の花びら一枚一枚まで光っている。信じ難いがこれは自然に起こっていることだと認識するしかないようだ。


「ん?」


 あまりに信じがたい光景に思考を囚われていると、ふと背後に何かの気配を感じた。嫌な予感はしたが、恐る恐る後ろを振り向くと貞子のように髪が長く、白いワンピースのような服を着た女性が立っていた。


「うらめしや〜」

「で、出たぁぁぁーー!!! 幽霊ぃぃぃぃーー!!!」


 あまりにびっくりして、その拍子にその場でドスンと尻餅を付いてしまった。めちゃ痛い……。


「幽霊とは失礼な! 私だよ。桃華だよ。少し驚かせちゃったかな?」


 驚かせたか驚かせてないかは今の僕の状態を見ればわかるだろうに……。あと、少しじゃない。めちゃくちゃ驚いた。


「久しぶりだね。幹斗」


 そう言ってそっと手を差し出してくれた。僕はその手を取り、立ち上がる。


「…………」


 あまりの驚きに言葉が出ない。 


「ちょっと? まさか忘れたとは言わせないぞ?」

「……いいや。ちゃんと憶えてるよ。久しぶり、桃華」

「うん、久しぶり。幹斗、幽霊にはあんなに驚いたのに私には反応うすーい。もっと感動してよー」


 桃華がここにいることに関して驚いてないと言えば嘘になるし、めちゃくちゃ感動してる。正直泣きそうなのだ。しかし、ここはスマートにカッコを付けさせて欲しい。さっきあんなにカッコ悪い姿を見られたんだから……。


「ずっと夢で会ってたしなー。この前も――」

「そうそう! そうなんだよー。私頑張ったんだから!」


 この前も夢に出てきたんだよ、と言おうとしたところで食い気味に僕の話を遮ってくる。


「え? 頑張った?」

「うん。この桜の木の通信環境あまり良くなくてさ……。声を出せたのはこの前の夢だけだったよ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て……何の話をしてるんだ?」

「何って……夢の話だけど?」


 待て待て待て。話について行けてない。今までの夢は僕の深層心理じゃなかったと言うのか? 桃華に会いたいがあまり、夢に見てしまったんじゃなく、桃華が意図的に僕の夢に入り込んでいた??  ん??


「ごめんけど、理解できないわ……。もっと現実的に……ってそれを桃華に求めるのは間違ってるか……」

「そうだぞー。私何て非現実的すぎる存在じゃん。幽霊みたいなもんなんだし」


 初めの幽霊とは失礼な、って言ったのはなんだったんだよ……一瞬で矛盾したよ……。


「まぁ、全部ちゃんと話すから、とりあえずお月見しようよ!」

「はぁ……まぁ、そうだな。僕が考えたって何にもわからんしな」

「うんうん。それでー? お団子持ってきてくれた?」

「ああ、もちろん。力作だぞー」


 とは言っても団子をこねて丸めて、みたらしを作っただけだが……しかし、団子の形は一口大のちょうどいいサイズに仕上げることができた。


「えぇ! 作ってきたの!?」

「そうだぞ。三種類の味をご用意してまーす」

「地味に凝ってきたね。にしても作ってきてくれるとは……。てっきりスーパーとかで買ってくるのかと」

「折角だし作ろうかなってね」

「そのチャレンジ精神、尊敬するよ……」

「あはは。幽霊に尊敬されてもなー」

「何? 不満ー?」

「いや、そうじゃないよ。ほら、月見しようか。レジャーシートも持ってきたし」

「お、さすが幹斗。準備がいいねー」


 桜の木の麓にレジャーシートを敷いて空を見上げると綺麗な満月が顔を覗かせている。


「すげーここベストスポットじゃん」

「でしょー! この時間帯だとちょうどいい位置に月が上がって、神社の屋根と被らないんだよー」

「なんで、そんなに知ってました的な喋りなんだ?」

「だって、毎日見てたから。この三年間」

「え、どういうこと?」

「いやー私の魂はね、この桜の木に宿ってるから」

「へ?」


 いやいやいや、まぁでも確かにこの桜の木は御神木だし、魂が宿るなんてこともあるかもしれないけど……。


「うちの先祖もここの桜に魂宿ってるよー」

「先祖!?」

「うん。あ、そっか。そういえば、言ってなかったね。私たち櫻野一家は代々桜乃神社を守ってる神主の家系だって」


 桃華と出逢って約二十年。明かされた衝撃事実……。

 今まで突っ込んではこなかったけど、思い返してみれば桃華って桜乃神社のこと、やたらと詳しかったな。

 この神社の成り立ちや巫女のことについて熱く語られたことがあったけど、そういうことだったのか……。今までただ単に物知りなだけかと思ってたけど、家系がそもそも桜乃神社に関係あるから知ってたのか。


「このままだと幹斗が婿入りしてたところなんだよー?」

「え、そうだったの?」

「うん。さすがに私が嫁ぐと神社がねぇ……まぁ、死んじゃったから今は関係ない話だけど」


 またしても明かされる衝撃事実。しかも結婚の話が出てたとは驚きだ。


「で、話を戻すと、神社を代々守る私の家系は死んだら魂がこの御神木に宿るって言い伝えられてるの」

「へぇ〜。で、それが本当だったと」

「うん。御神木の中、過ごしやすいよー。自分の部屋あるし」

「部屋、あるの……?」


 過ごしやすい御神木とは一体何なのか……。


「昨日はひいひいひいひいおばちゃんと喋ったよ」

「世代間がバグってる……」


 つまり、この御神木は櫻野家の魂のマンションといった感じなのか。……いや、魂のマンションってなんだよ。


「でも、普通のお墓と違って一つの御神木にたくさんの魂いるからさ……夢ネットワークが繋がりにくいのが欠点なの」

「何そのWi-Fiが弱いマンションみたいな欠点……。そもそも夢ネットワークって何?」

「えっとー、思い出の人とか大切な人の夢に入り込めるネットワークのこと。死者界では当たり前のネットワークだよ?」

「死者界の当たり前を人間界の僕に求められても……」


 死人の世界って何だかんだ過ごしやすいんだな。今までの死んだ後のイメージが桃華のお陰でいい意味でガラリと変わった。

 というか、知り合いや身内だとしても夢に土足で踏み入れられるのは果たしていかがなものか……。


「そのネットワークがね、こんなにたくさんの魂が一箇所に集まってるとみんなが使うから混雑して回線が弱くなるのよ……」


 ネットワークの欠点が人間界のネットワークとそっくりだ。


「さっきも言ったけど、そのせいで幹斗の夢に入り込めたのはいいんだけど回線的に姿を見せるだけで精一杯だったの」

「なるほどー……」


 多分、この話は僕自身が死んでみないと理解できない話なのだろう。


「あ、ちなみにその夢ネットワークはオプションで他のお墓とかにも繋がって、交流することもできるんだよ?」

「何そのオプション!? ってか僕にその情報いらない……」


 僕が死なない限りその情報を使うことはないだろう。


「それでさー、幹斗はもう大学二年生だよね? どう? キャンパスライフは楽しい?」

「うん、結構楽しいよ。高校と違って毎日行かなくていい週とかもあるし、やっぱり、自分の興味ある講義を受講できるのがいいね」

「へー。高校までとは結構変わるんだね」

「そうだな」

「あーあ。私も幹斗とキャンパスライフ送りたかったなー……」


 その、どう返事すればいいか困るような発言をしないで欲しい……。来世で頑張れって言うのは違うし残念だねなんてデリカシーないこと言えない。まぁ、僕の本心をありのまま言えばいいかな。


「僕も桃華と一緒に大学行きたかったよ……。桃華ともっと青春したかった」

「うん……。今日はさ、私が死んでからできなかった分の青春までやっちゃおうよ! 十五夜が終わるまではここにいられるし」

「そうだな、できなかった三年分を取り戻そう!」


 叶うことはないと思っていた。こうしてまた桃華とお喋りができることも、青春ができることも……。

 僕は幽霊や天国などの非現実なことは今日この日まで信じてこなかった。だけど、これからは信じざる負えなくなった。だって死んだはずの桃華がこうして僕の目の前で月見団子を頬張っている。

 なんて非現実なことなんだ。これは夢なのか……? 今日は夢であって欲しくない、そう強く思いながら僕は頬をつねる。しっかり痛みを感じれるように強く強く、頬をつねる。……うん、めっちゃ痛い。

 こんなに痛みを感じることが嬉しいと思った日は今までにない。これは夢じゃなくて現実なんだな。僕の愛する桃華が目の前にいることも、九月なのに桜が満開なのも、桜の木が淡く光り輝いているのも……全てが現実で、儚く尊いもの。

 今日は二度と訪れないし、明日は当たり前のようにやってくる。でも、明日は突然にして奪われることもあるということを肝に銘じて置く必要がある。それを桃華の死を通じて学んだ。当たり前だと思って今日を生きれていることに感謝して、一日一日を大切に生きていかないといけない。

 今日僕が感じたこの驚きも喜びも、僕が死ぬまで鮮明に覚えていることだろう。きっと自分が死ぬ間際にも今日のことを思い出すに違いない。あの時、あんなことがあったなって。


「ねぇ、幹斗は新しい恋愛してる?」

「いや、桃華以降一切してない」

「そう……。多分私のせいもあるんだろうけど、幹斗は新しい恋愛をして、幸せな家庭を築くんだよ?」

「え、でも……」

「私は既に死んでるからどう足掻いても、もう幹斗と家庭を築くなんてことはできない。幹斗は私に未練があるかもしれないけど、私はそれで幹斗の幸せを減らしたくない。まぁ、子供ができた時はこの神社に見せに来てよ。いいご加護をあげるからさ……」


 そのように言う桃華の顔は酷く辛そうであった。


「……桃華はそれでいいの?」

「うん……」


 嘘だ。


「桃華。僕は桃華の恋人である前に幼馴染みだ。桃華が嘘ついてることぐらいわかる。本当のことを言えよ」


 ギュッと唇を噛み締める。そして、桃華は本心を明かす。 


「いやだよ……本当は私が幹斗の隣で一緒に歩きたいし、幹斗と幸せな家庭を築きたかった。幹斗の幸せを減らしたくないっていうのも本心だけど、やっぱり私とがよかったって思っちゃうよ……」


 痛いど気持ちはわかる。僕ももし桃華と立場が逆なら同じことを思うし、同じことを言うだろう。だからこそ、僕は桃華の気持ちも除け者にはしたくない。それも踏まえ、吟味し、僕が出す答えはこうだ。


「幸せってさ、人それぞれだろ? そりゃ、一般的には結婚して家庭を築くのが幸せかもしれない。けど、そんなのはただの一般論じゃないか。僕は新しい恋愛をして結婚するより、こうして桃華と喋ってる方が幸せだ」


 そう。一般的には結婚して家庭を築くのが幸せなんだろう。しかし、これはただの一般論だ。結局幸せかどうか思うのは個人なのだから一般論でものを語っても仕方ない。

 結婚して幸せじゃないと言う人も少なからずいるのだ。ならば、僕が結婚して家庭を築くことを絶対に幸せと感じるなんて保証はない。それに僕は桃華以外の人を好きになる自信はない。


「桃華は死んでしまってるかもしれないけど、心はいつも一緒にいると思ってる。だから、これからも、僕が死ぬまで僕の心の中にいて欲しいんだ。それで、来世で絶対に結婚しよう」

「……うん。ありがとう幹斗! 約束、だからね!」


 ぎゅっと、桃華とハグをする。三年ぶりに桃華の温もりを感じた。この細く華奢な身体。サラサラな髪の毛に長いまつ毛。僕が心から愛する人はいつも天使のような優しい笑顔を浮かべる素晴らしい女性なのだ。


「不束者な幽霊ですが、これからも末永くよろしくお願いします……!」


 きっと僕は、明日も明後日も明々後日もこの桜乃神社にやってくる。雨が降っていようが、雪が降っていようが、嵐が来ようが、この命がある限り僕はこの神社に通い続ける。愛する桃華と逢えるこの想い出の場所に――。


 

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