第48話 反逆者
**八尾の戦いの後日、藤堂高虎の本陣**
戦場での喧騒がようやく収まり、日常が戻りつつあるが、藤堂高虎の心は晴れなかった。戦いで多くの仲間を失い、特に自らの一族である藤堂良勝と藤堂高刑を失った痛みは、彼の胸に深く刻まれていた。高虎は本陣の中庭で、一人静かに剣を磨いていた。その姿を遠くから見つめていた家臣の一人、佐久間重継が、意を決して声をかける。
「殿、お疲れのところ申し訳ございません。戦の後処理について、いくつかご報告がございます」
高虎は剣を置き、深く息を吸い込んだ。
「何だ、佐久間」
「まず、今回の戦での功績により、家康公から伊勢国の領地が加増されるとのことです。さらに、殿は従四位下への昇進も確定いたしました」
高虎はしばらく黙って聞いていたが、やがて静かに頷いた。
「ありがたいことだ。しかし、それに見合う犠牲を払ってしまった。良勝や高刑の死を無駄にしないためにも、これからの治世に全力を尽くさねばならぬ」
その言葉には、悲しみと共に、藤堂家をさらに強固なものにしようとする決意が滲み出ていた。佐久間もまた、戦の辛さを共感しつつ、静かに高虎の決意を感じ取った。
「殿…私どもも、これから全力でお支えいたします」
その時、また別の家臣が慌ただしく本陣に駆け込んできた。
「殿、緊急の知らせです。渡辺了が…」
高虎はその名を聞くと、厳しい表情を浮かべた。
「了がどうした?」
「了が領地の民を引き連れ、無断で城を離れた模様です。独自の軍を作り上げ、反旗を翻す意志があるのではないかと…」
報告に動揺する家臣たちを前に、高虎は少しの間考え込んだ後、静かに立ち上がった。
「渡辺了め、独断専行を超えて、今度は裏切りか…。すぐに追跡隊を編成せよ。了が何を企んでいるかを確かめねばならぬ」
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**数日後、渡辺了との対峙**
渡辺了が領地の外れに築いた仮陣地に、高虎の追跡隊が到着した。高虎は自ら前線に立ち、了との直接対話を望んでいた。渡辺了が現れ、少人数の兵を従えて高虎の前に立ちはだかった。
「殿、お会いするとは思いませんでした。わたくしが独断で行動したことが原因で、お叱りを受けるのは理解しております。しかし、この戦乱の中、殿のやり方では藤堂家は滅びるかもしれません」
高虎は冷静に彼を見つめ、剣を抜かずに口を開いた。
「了、お前は何を考えているのだ?この国を守り、家康公に仕えるのが我々の役目ではないのか。何故それを捨て、民を巻き込んで自分の道を進むのだ?」
了は鋭い目つきで高虎を見返しながら答えた。
「殿、戦での犠牲を見て、わたくしは考えを改めたのです。戦場において、人命を無駄にすることが多すぎる。藤堂家もまた、多くの犠牲を払いながらも、家康公のためだけに動かされている。わたくしは、この地の民を守るため、藤堂家の独立を目指そうと考えております」
その言葉を聞いた高虎の表情が一瞬硬くなったが、すぐに平静を取り戻した。
「お前が何を考えようとも、藤堂家は徳川家の忠臣として生きる。それが、わしらの道だ。これ以上、逆らうつもりなら、了、お前を止めるしかない」
一瞬の緊張が流れたが、渡辺了はゆっくりと頭を垂れた。
「やはり殿は変わらぬのですね。ですが、わたくしも引き下がるつもりはありません。どうか、ご武運を」
その言葉を最後に、渡辺了は背を向け、高虎と袂を分かつ運命を選んだ。
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**結末**
その後、渡辺了は追跡隊に捕らえられることなく、消息を絶った。一方で藤堂高虎は、戦後の傷を背負いながらも、伊勢津藩を治め、家康の信頼をより一層得ることとなった。
だが、彼の心の中には、戦の犠牲や家臣との別れが深く刻まれていた。高虎の人生は常に戦と犠牲によって形作られ、同時にその強さと弱さが彼の名を歴史に刻むこととなる。
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