第41話
私とアルが馬車から降り立った瞬間から、周囲の空気が変わったことを感じた。
「あら?どこのお嬢様かしら?」
「見たことあった?美しいわね!」
「エスコートしているのはクラウゼ公爵か?」
「じゃあ、あちらはもしかして……」
「オースティン殿下はもったいないことしましたな」
ざわざわとする。視線が私とアルに集まる。アルはニッと笑い、私の耳元に唇を近づけて小さい声で言う。
なんだか……アルが私に近づくとドキッとする。触れられることはないってわかってるのに。
「美しいシアを連れて歩けるオレは役得だな」
「ア、アル!そんなことありません」
からかわないでくださいと私は頬を赤くした。でもジャネットや公爵家のメイドたちのがんばりはすごかったと私は思い、帰ったら、皆に、お礼を言わなきゃと思った。
お風呂後には香りのよい香油を縫ってくれ、歩く時の細かな所作、ドレスと装飾品は何度も吟味されていた。
「皆がシアを見ている」
「アルのことも見てますっ!」
「残念だけど、今宵は君に譲っておくよ。どう考えても君のことを他の貴族の男たちが心穏やかに、見れてはいないからね」
私が下を向きかけると、上を向いていないとダメだよと笑われた。アルはさすが社交界に慣れていて、余裕がある。アルは会場に入ってから他の貴族に朗らかに挨拶を始めた。
「クラウゼ公爵が妻を娶ったと聞きましたが、こんなお美しい方だったとは!挨拶が遅れてしまい申し訳ない」
「い、いいえ。わたくしの方こそ、ご挨拶できず申しわけありません。結婚式をし、お披露目を皆様にさせていただきたいと思っておりますので、会えること、楽しみにしております」
私がそう返すと相手は悪い気にはならず、ぜひ!伺いますよと言ってくれる。うまくいってるなぁとアルが呟く。
「シア、陛下がいらした。挨拶にいこう」
久しぶりに見る白髪交じりのグレイアッシュの髪をした陛下がいた。こちらに気付き、にっこり笑いかけてきた。……笑いかけるなんて。しかも私やアルが行こうとしたが、カツカツカツと足音をたてて、自らやってきた。こんなこと……私が王宮にいた時は一度もなかったわ。
「よく来てくれた。クラウゼ公爵、そして夫人」
陛下はアルと天気の話でもするようにお誕生日おめでとうと他愛ない言葉をかわしたと思ったら、私の方を向く。
「陛下、お誕生日おめでとうございます」
私はスッとドレスの裾を持ち、所作の勉強をした通りに指先まで気をつけてお辞儀をする。
「ほぅ……これはどういうことだ?王宮にいた時とは別人ではないか。こんなに美しいとは知らなかった」
「オレの妻ですからね。触れないでくださいよ」
「なっ、なにもしていないだろう!?」
オレの妻!?ちょっとムキになって言う顔が可愛いかった。可愛いなんて言った怒ってしまうかしら。
「随分と気に入っているのだな」
陛下のアルに対する言い方が優しく親しげだと思う。陛下は私にはよそよそしかったけれど、アルにはまるで息子……ううん。オースティン殿下以上に可愛い甥というのが伝わってくる。
「ええ。とても。シアもフランもオレにとって大事な家族です。だから、誰にも手出しはされたくないんです」
「まるで宣戦布告じゃないか?」
「そうかもしれません」
際どい会話になってきた。私はドキドキする。陛下にアルは言っているのだ。オースティン殿下が私やフランに手出しをするなら容赦しないと。
「ふむ……わかった。アルバートがそこまで想っているということは心に留めておこう」
よろしくお願いしますとにっこりときれいな顔で笑うと、陛下は『その笑顔に弱いんだ』と苦笑し、次の招待客のところへと行ってしまった。
ふぅと小さく私はため息を吐いてしまった。アルが私の顔をのぞき込む。
「大丈夫かい?疲れた?」
「あ、いえ、少し今の空気に緊張してしまっただけです。すいません」
「謝らなくてもいい。だいたいオレと陛下とはこんな感じだ。オレの両親が早くに亡くなったから陛下が何かと両親の代わりに気に留めてくれたり可愛がってくれたりしていたんだ」
「なるほど。良い方なんですね」
「シアにとってはあんまり……だっただろうとは思う」
「いいえ。私も私で悪かったんです。気分を害するようなことを時々、はっきりと言ってしまうんです。それに陛下はお忙しい方ですから、私に無関心でも仕方ないです」
誰かに助けてほしかった。だけど助けを求める術を私は知らなかった。一人でがんばろうとしていた。どうせ味方なんていないと意固地になっていたのもあるかもしれない。
フッと隣にいるアルを見ると、ああ……この人になら頼ってもいいのねと思う。アルは私の気持ちを解してくれている。少しずつ少しずつ……。
「君を守らねばならなかった人が、その役目を果たしていなかっただけだとオレは思うけどね。……ほら。その張本人が来た。昔から変わらないが、たいてい遅刻してくるんだよな」
そうアルが視線をやった先にはオースティン殿下とその横には派手な赤いドレスを着たイザベラがいたのだった。
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