第10話
「勉強ですか?」
「勉強はキライか?」
本を渡され、家庭教師をつけられてフランはアルに尋ねた。
アルに次期公爵として教育をすると言われていた。どうなるのか未来はわからないけど、とりあえず教育を受けさせてくれるのはありがたかった。
「いえ、好きです。でも苦手なものもあって……」
「そりゃそうだろう。得意、苦手は誰にでもあるだろ。実はオレだって子供の頃、苦手な授業があったときはサボってたことがあった」
「ええっ!?公爵さ……じゃなくて、アルもですか?」
「そうだ。だけど今になって、あの時しておけば良かったなと後悔してることもある。大人になると、あの時間が貴重だったなと気づく」
「そうなんですか……」
「勉強を頑張ったら……そうだなぁ。遊ぶ時間も貴重だと思うんだよな。終わったら一緒に馬にのって、その辺りを早駆けしてくるか?」
「僕、まだ馬には乗れません」
「そうか。じゃあ、教えてやる。楽しいぞ。シアは馬に乗れるのか?……って、その顔は好きなんだな?」
私はフランよりもキラキラとしていた。
「ええ!足の速い馬に乗りたいです!伯爵家で一番いい馬をこっそりと連れ出し、馬を駆けさせていたんです。みんなに怒られていたけれど、朝焼けの空や海に映し出される夕日は忘れられないわ」
プッと吹き出して笑い出すアル。
「お転婆すぎる。これはバカ王子の好みではないな。だが、オレは嫌いじゃないな。じゃあ、3人でできるように馬術をフランもしてみよう。これから仕事があるから午後になるが、かまわないか?」
ハイッ!と私とフランは元気よく返事をした。それを見て、また笑い出すアル。
「よく笑う人ね」
ボソッと私が呟くと、横にいた執事のシリルが、小さい声で言った。
「本当はこんなに明るく笑う人ではないのですが……」
私とフランがよほど可笑しいのかしら?フランはシリルに連れられて行ってしまった。街の学校を見たり家庭教師を紹介してもらったりするらしい。
「私は何をすればいいのでしょう?仕事とか役目とかあればしたいのですが……」
フランが頑張る姿に、私も何かできることはないのかしら?と思い、尋ねる。
「シアは公爵家のことを教えてもらうことと結婚式の準備をしてくれ。メイド長に頼んである」
「結婚式!?」
契約上の結婚に莫大なお金をかけてする意味がわからない!
「ああ。そこはきちんとして、皆にお披露目しないとな」
「ええっと……旦那様?お金を無駄にするのはやめましょう?アルが本気で好きになる人ができたら、その人のために結婚式をおいておけばいいんじゃないかしら?」
「女アレルギーが治るわけがない。何人もの医者にも相談し、アレルギーを抑える薬も飲んだ。だけどダメなんだ。どれだけ考え、試したかわからない。だから君らを迎えた。これ以上、このことには触れるな」
朗らかな雰囲気は消えた。冷たくて石のようになってしまったことを感じる。追求はやめておくべきだとわかる。私出過ぎてしまったわ。
一礼をペコリとして部屋から出た。そして待ち構えていたメイドがいて、はじめましてと挨拶された。
……メイド長!?この人が!?
「まあまあまあまあ!バツイチ子持ちっていうから、色気たっぷりの人かと思ったら、こーんな可愛らしいお嬢さんなのですねぇ!」
がっしりとした体躯、太い声、美しく化粧をし、長い髪を可愛くツインテールにしているけれど、間違いなくオネエさんだった。
「磨きがいがあるわあ!」
「あの?もしかしてメイド長さん?」
「そんなわけがないです」
後ろから淡々とした声がした。黒髪で銀縁眼鏡をした無表情の彼女がそうらしい。私とさほど年齢が変わらない気がする。
「メイド長の補佐をしているジャネットよぅ!」
「本当はジャンだけどね」
言わないでよっ!と本名を明かされたジャネットはメイド長に怒るが、軽やかにプイッと無視された。
「旦那様より命じられ、このジャネットというメイドが、シア様のお世話をさせていただきます。本来なら他のメイドに任せたいものの、旦那様がジャネットを指名してきたため、彼……じゃなくて、彼女にいたします。なにか不都合があればメイド長の私にまで言ってくだされば、すぐにこのジャネットは変えますから」
はあ……と私は頷く。では!と言って、きびきびとメイド長は戻っていった。メイドたちを束ねる立場のため、忙しいのだろう。
「シア様、よろしくお願いしますねぇ」
「こちらこそわからないことばかりだけど、教えてね。ジャネット、よろしくお願いします」
私が挨拶を返すと、ジャネットは目を丸くし、驚いていた。
「どうしたの?なぜ驚いているの?」
「いいえ……その……今まで来られたお嬢様方はあたしがお付きのメイドになると言ったら怒るか拗ねるか無視するかでした。まさか、丁寧にあいさつを返されるなんて……なんて……ううっ……ぐすっ……もう感激です」
えっ!?泣き出した!?私はあわてて、泣かないでよー!となぜか慰める役になってしまったのだった。
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