第2話
出戻り娘に両親は慰めるより激怒していた。この国の王子の妃として嫁いで、後継者の王子まで作った時は大喜びで、小躍りしていたのに、今は私とフランを睨みつけている。
「オースティン殿下のご不興を買った話は聞いた。離縁されたことも聞いた。なにしてくれてるんだ!?我がフォルテス伯爵家を潰すつもりか!?」
父は頭を抱えている。母はふぅとため息をついて、困った顔をする。
「世継ぎまで作ったのに追い出されるなんて、オースティン殿下も変わってますわね。よっぽど愛人が好きなのですわね。でも上手く立ち回れなかったシア、あなたが悪いんですわよ。気に入られるように振る舞えなかったのかしら?」
母の言葉が一番心に突き刺さって、痛い気がした。私のせいなの?私はずっと我慢してたわ。殿下が夜、違う女性のところへ行ったり、子どもや私が無視されたりひどいことされたり、愛がなくても一生懸命、殿下の妃として、勉強し、外交も笑顔でこなしていたわ。
「この家におまえの居場所などない」
そう冷たく父が言った。その日から私と私の子のフランは屋敷の敷地内にある、小さな小屋で、暮らした。
「母様?泣いてるの?」
フランの柔らかな金色の髪を私は優しく撫でる。
「泣いてないわ。むしろ安心してるの。フランには貧しい生活になるかもしれないけど、ドス黒い王家で育てなくて済むことに安心してるわ。いい?ここで負けたら終わりよ!二人でたくましく生きるわよ!ド根性よ!!」
「ド根性……ですか?」
そうよっ!と私はフランの両手をぎゅっと握る。私はへこたれるよりも、むしろ清々しかった。あのドス黒い王家の人々に囲まれていた時は、ストレスで胃に穴があくかとおもったわ。私は立ち上がる。
とりあえず、小屋の穴をふさいで、風が入ってこないようにしよう!板でも打ち付けようと思ったとき、小さい頃から可愛がってくれた庭師の爺が来て、お嬢様、してあげますよと小屋を直すのを手伝ってくれる。
「王家の雰囲気が合わないのは、この爺やが一番わかっておりましたよ。髪をなびかせて馬を駆けさせていたシアお嬢様ですからね」
さらに昔馴染みのメイドや乳母が私のことをかわいそうに思い、ベッドや暖かな服、食べ物などをこっそりくれたので、私とフランはそれほどひもじくて寒い思いはしなくてすんだ。
「婆やはシアお嬢様を一番理解しておりますとも。王家へ入るのは無理ですと思っておりました。お父様やお兄様たちを言い負かすくらい知恵があり、気が強かったのですから」
同情というより「やっぱり」という反応。よく私を知っている者たちは最初からこの結婚は無理だったと思っているらしい。どんなに猫かぶっていても無理だったのかもしれない。
オースティン殿下の好みの女性とは私はまったく違った。彼が好きなのは、色気があり、媚びるような声を出し、褒めるところじゃないのに褒めていい気分にさせる。私にそういうのは無理だったんだわと今になって振り返って考えてみる。
とにかく落ち込む暇はないわ。食べていくためには、少しでも稼がなくっちゃ。
裁縫をしたものを売ったり、屋敷の手伝いをしたりし、細々とお金を手にすることは可能だと思う。そのお金でフランを町の学校へ行かせたり、生活に必要なものを買ったりして暮らしていくことがなんとかできそうだと考えた。
それに貧しくて何にもない生活になったけれど、私とフランは王宮にいた時よりも笑っているから大丈夫に思えた。
でもしばらくして、ふと気づいた。
「フランの靴、破れているわね」
フランの靴は小さくなってきて、前の方はすりきれていた。
「大丈夫です。まだ履けます」
にっこり笑うけれど、不憫な気持ちでいっぱいになる。嫌だけど父に頭を下げてくるしかないわね。さすがに、靴や服を買う余裕は私の稼ぐお金だけでは、まだ無理だわ。父はすごく腹を立てていたけれど、少し時間をおけば、おさまっただろうと思うし。
時々、屋敷で顔を見るけれど、一切こちらを見ようとしないけども。
「お父様、お願いがあります。靴を……」
私がそう言いかけた時だった。こちらを一瞬、見たと思ったが、フンッと言って、無視して行ってしまう。ダメなのね。
フランの靴にその夜、私の服を切って、布を当てて、とりあえず、穴をふさぐことにした。フランはその様子を横で見ながら、悲しそうに言った。
「母様も僕も皆から嫌われているんでしょうか?いらない存在なのでしょうか?」
年の割に大人びているフランはいろいろなものをみて、察しているようだった。
「皆じゃないでしょう?親切にしてくれるメイドや乳母、爺やたちもいるもの」
あっ!本当だ!と顔が明るくなるフラン。もう寝なさいと私はフランに言うと、はーいと返事をして小さな古いベッドにもぐりこんだ。
とにかく、フランの靴をなんとかしなくっちゃね!私は明日、町へ行って仕事を探してみよう。なにかできることあるかもしれないわ。お嬢様育ちの私だったが、意外と自分がたくましいことに気付く。それもこれも王宮で鍛えられた精神のせいだろう。
『忍耐力』というこの三文字の力がついたことだけはお礼を言いたい。
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