星を図る

水汽 淋

第1話

久しぶりに小説を書いてやろうと思って筆を執ったが、何も物語が思いつかなかった。

俺の好きな比喩と迂遠な言い回しは、地平線の先の小さな塊となっていて、こちらを見ているのか背を向いているのかはわからない。


俺はその言葉達に手を伸ばしてみたけれど、結局無意味だということを知ってその場に座り込んだ。

辺りは何も無い草原だった。周りの背の低い草達はすすきのような色をしており、果たして文章を書かなくなった俺への当てつけなのか、夏が終わろうとしている心象風景なのか、判断が付かない。


そうして数分じっと黙り込んで、創作を司る脳の右端っこの部分をこねくり回してみたけれど、物語のもの字も出てこず、全くしょうがないので、俺のことについて話そうと考えた。

それがいい。リハビリだ。とりあえず文章を書くのが肝心なのだ。


ではなぜ俺が小説など書こうとしたのか、それを話してみよう。

そしてそれを語るとなると、俺の精神性から軸までを喋らねばなるまい。

これは物語ではなく、私的なエッセイなのだ。私小説といっても差し支えないかもしれない。

であれば俺の好きなように文章を描き、その着地点が駄作的プラグマティズムとなっても然程おかしくないのではないか。


そうだそうだ、と俺は首肯して、物語を紡ぐようになったきっかけこそ迂遠かつ冗長だと吐き捨てて、俺にどのような影響を与えたかを書き連ねよう。

俺を理解してくれ、という祈りが、高校三年生の夏から執筆を始めた俺の原動力になっている。


それまでの俺は全くもって空っぽだった。

頭で考えるということをせず、やられたことをこなすだけ。そしてこなすということに何の感情も抱いていなかった。嫌だとか嬉しいとか、そういう感情は何も持っていなかった。


思考する、ということを俺は高校三年生になるまで一切してこなかったのだ。

そんな俺が小説を書こうと思ったことこそ、まさに青天の霹靂、運命の出会いと言わざるをえなかった。


そこで俺は初めて他人の感情を思い浮かべ、どう書けば読者の胸を打つかを考え、体験こそ最良の糧なのだと疑わず、活発的な人間へと変化した。


小説を書くというのはなんと楽しいものだろう!!


この気持ちが俺を支配して、今もなお喝采を上げ続けている。もはや文章を書かなくなって久しいが、俺は文章を書かなければならないと常に思い続けている。


もう物語を書く理由などどこにもない。そもそも初めから、書く理由などどこにもなかったのだ。だからこそ俺の渇望は満たされることを知らないで、頭の片隅で常に主張を続けている。 


小説を書きたい。

俺好みの文章を書きたい。

俺の文章があなたの胸を打ちたい。

決して抜けぬ棘のようなそれは、俺と似た文章を探し続け、そして稀有な存在だと絶望して欲しい。


そのためには本を読まなければ。

俺の棘が一時的にでも抜けてくれるような文章がある本。

それでしか痛みは凌げず、その間しか俺は動けない。

その道程を、俺は俺と同じ亡者に歩ませたかったのだ。


ただ、そうさせるには、物語としての骨子が必要だった。


読み進められるだけの頑強な、物語としての完成度。

構成は俺の文章の立役者となり、実体験はより輝きを増すための栄養になる。


だから俺は、体験こそが作家として必要な遍く要素の発露になると考えた。


そのためには自らに行動力が無ければならないのだ。俺はこの考えを、今も持ち続けている。俺が一人で旅行をすることも、初めてのものがあるなら真っ先にそれを選ぶのも、俺のこの好奇心は、ここに集約する。


それが俺という創作家としての、搾りかすのような矜持と言っていい。手段は目的を見失い、星落ちる砂漠をひたすらに彷徨っている。


俺の行動原理とは、言葉にするとあまりにも短く、呆気ないものだ。

小説を書くため。

本当に、俺は小説を書き始めてから八年が経っても、このことしか頭になかった。


だから俺はきっと、この先も文章を読みたいと願い続けるだろうし、物語を描かねばと夢想し続けるだろう。


俺の生きる意味とは、本当にたったそれだけのことなのだ。


だから。

だから俺は敬愛する伊藤計劃の言葉をここに引用する。

俺という人間が何故小説を書くのか、その理由を知って欲しいから。


『これがわたし。


これがわたしというフィクション。


わたしはあなたの身体に宿りたい。


あなたの口によって更に他者に語り継がれたい。』

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