優しさと想い出

ラグランジュ

第1話 記憶と支配(単話)

 ありきたりな人生を送ってきた。特に何か特別なことがあった訳じゃない。普通だ。何もかも普通だ。勉強もスポーツも友達関係も。


 子供の頃の記憶が蘇る。夏休みのプール。泳ぎが上手くなって帽子の線が変わっていく。


 夏休みの宿題でいつも残るのは自由研究。憂鬱だった。宇宙に興味がありいつもそれを題材にした。


 クラス対抗のスポーツイベントがあった。サッカーでポジションはスイーパー。確実にゴールを防いだ…つもりだった。


 好きな娘が出来た。気になっていろいろカッコつけた…実らなかった…


 プラモデルに夢中だった。決まっている曜日には店内がライブ会場並の人口密度。


 プラモデルの買った残りをゲームに。それも夢中だった。50円でいつも粘って粘って、100円までと決めていた。


 小学校の卒業式は…特に泣かなかった。というよりも泣こうとしたが無理だった…やはり卒業しても仲のいい友達と遊んでいたから特に変わらなかった。


 高校生の通学がとにかく大変。満員電車でかなりの距離。しかも土曜日あるじゃないか。そして土曜日の午後は補習…苦手な科目は何しても苦手…


 補習のない土曜日は最高だった。帰りにみんなで食堂で野菜炒め定食。その後繁華街まで繰り出してビリヤードボーリングカラオケ…


 ここなんだ!!いつもここなんだ!!俺の戻ろうとしている場所。


 何故だろう?特に好きな彼女がいた時でも、進学や就職が決まっていた時でもないんだ。


 何度も夢に出るこの場所。不思議と辛いことは思い出せない。楽しいことばかり。


戻りたいな…そんなこと出来るわけないのに…


そんなふうに思っても時は過ぎる。




 高校卒業後、ある女性と出会う。初めてちゃんと好きになれた、というよりも離れたくない人と出会った。


 何をするでもなく、テレビみたり、雑誌を読んだり、たまに映画を見に行ったりと。


 当時はスマホがない。今だと退屈に思える。でもその退屈なんて感じなかった。


 初めての旅行。親に心配させないように説明したが、その彼女の親はすぐには納得してくれなかった。そうだろうな。


やっと納得してくれて、行けた旅行。


 水族館で大騒ぎ、海を見て大騒ぎ、夕飯でお腹満たされて寝る。疲れ果てて寝る。


 でも夜中に目を覚まして、隣にいる大好きな彼女のおでこにキスを。


虫だと思ったのか、手で払われた。


 その彼女と何度か旅行に行く。ある島の海に出会う。最高の世界を知ることに、もう忘れることはない。


 ここもよく夢に出る。そしてここにきた時から時間は止まった。その年がメールアドレスになっている。時計の針は進まない。


 暑すぎる日差し、日焼け止めも忘れアクティビティに夢中で…


その島の虜になり、そのことばかり…


その結果、彼女と別れた。


結婚を考えていたらしい…


指輪まで返してきた。いらないから売った。



 不思議と辛くはなかった。思い出すのはあの島の海。今でも変わらない海の色なんだろうか?


 ずっとそこのことばかり。全てが原点の島だった。



 夢を見続けても大人になれば現実に仕事におわれていく。日々同じことの繰り返し。


 土曜日の昼過ぎ、有給取ってる同僚の代わりにいつもと違う場所に納品に。土曜日は3時には業務終わることに。納品も注文も無いからだ。


 とても好感の持てるお客さんだ。さりげなく話をして、納品を終えて帰り道、海が見える橋に差し掛かる。


 海風が気持ちいい。窓を全開にして走る。磯の香りがしてくる。思い出すのはあの島の海。



 そんな日々を送っていると、結婚する女性が現れる。事情があり結婚願望が凄く強い。


 少し時間をおきたかったが、好きに変わりは無いので結婚した。比較的早い結婚だったからみんなびっくりした。


 俺もびっしりした。以前に長く付き合っていた女性と別れても連絡取り合っていた。


 もう連絡出来ないと伝えたら、怒られた。振られたのは俺なのに…


 そう言えば、長い付き合いの中で、喧嘩別れして戻って、その彼女が、こうして戻れてデート出来て良かったと嬉しそうに言った。


 結婚するのはこの女性と決めていたから、周りの友人もその女性と結婚だと勘違いしていた。その気持ち解る。


 

 やはりこの結婚は長続きしない。お互いに合わない考え方で喧嘩が絶えなかった。好きになって結婚はしたものの簡単ではないんだな。



 人生ってよく解らない。結婚して幸せなのか、それとも独身の方が幸せなのか?



 その後結婚してる俺は何も言えないが、今度は最初から何でも言い合える関係であることが解ってから結婚した。



 あの島へ、その彼女を連れて行ってきた。同じ場所に同じ季節に。



 何も変わってなかった。海風を全身に感じて過ごしていた。彼女はその海に感動して遊びまくろうとして、俺は少し疲れた。



 今でもその結婚生活は続いている。もちろん大切な彼女だから後悔はない。



 時々思うことは、記憶の中に残されたあの島の海。何もしなくてもいい…何も変わらないで欲しい。



 今でも支配されている。俺の記憶はあの海に置いてきたのだからね。




一話完結になります。


長い内容でしたがご愛顧いただきまして、

本当にありがとうございました。




 




 




 


 




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