タイトルはDEAによって公開規制されています

@28ki283

本文

<配役>

エド:エドワード・コリンズ。


アメリカ麻薬取締局(DEA)のエージェント。

優れたキャリアと実績を有し、マシュー・モロー捜査官に次ぐDEA時期管理職と目されていたが、仕事と家庭のストレスや昇進へのプレッシャーから麻薬取締局捜査官でありながら中度の薬物依存症に陥っている。


失踪した同僚マシュー・モローの行方を追跡巣、彼が通っていた地下のバー「ベルベット」に潜入する。


リリィ:リリィメリー。

絹を思わせるような声をした地下のバー「ベルベット」の女店主。


マット:マシュー・モロー

麻薬取締局のエージェント。エドの同僚で、任務中に謎の失踪を遂げる。


ドナルド:ドナルド・ダーク

麻薬取締局管理職。エドとマットの上司。


メグ:マーガレット・ボア。

DEA職員。エドの補佐役。


浮浪者:(本名不明)


・・・・・


(午前1時のタローストリート。不定期に響く車のクラクション。

(酒瓶を手にした少年少女たちのバカ騒ぎ。)

(どこかの窓から漏れる頭の悪いヒップホップ。)

(そんなものが入り混じった街角を足速に抜けようとするエドに横から浮浪者が声をかける)


浮浪者:おお、どうかお恵みを。

この持たざる者に神の御慈悲を。

何卒、何卒。


エド:悪いが僕は信仰を持っていない。一つもだ。

ゆえにあらゆる神の名の下(もと)にも、あなたを助けることはできない。


浮浪者:ならばせめてこの夜(よる)が明けるまでの酒を。


エド:よした方がいい。

アルコールは体に良くない。


浮浪者:ただ朝を待つ哀れな子羊を癒す救世主(メシア)の血を。


エド:酒は薬物です。何も癒さない。

嗜好品の皮を被った、ただの麻薬ですよ。


浮浪者:どうか、お恵みを。


(エド、小さな舌打ちをため息を一つ。ポケットからくしゃくしゃの1ドル札を取り出して浮浪者の前に差し出す)


エド:ところでベルベットという店を知っていますか。


浮浪者:ベルベット。


エド:ええ。地下にある小さなバーだそうです。

この辺のはずなんですが。


浮浪者:聞いたことがあるような。

暗い夜を灯すだけの希望が持てれば、思い出すかもしれません。


エド:あなたが希望を抱くには。


浮浪者:もうあと10ドル、いや5ドルあれば。


エド:欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。


浮浪者:はて。

あなたは信仰を一つたりともお持ちでないのでは。


エド:信仰なんかじゃない。安っぽい教養ですよ。


(エド、独白するように答えて浮浪者に金を渡す)


エド:10ドル差し上げます。

どうか希望を持ってお答えください。

ベルベットという店はどこですか。


浮浪者:このビルの裏に。

ごみ収集場の横の赤くサビの浮いたドアが入り口です。

ウェルカムボードはありません。

開けるべき扉を、お間違えないよう。


エド:ありがとう。

良い夜を。


浮浪者:くれぐれも、つり合わないくびきをともにしてはいけません。


エド:宗教談義はもう結構。


浮浪者:いいえ。これは、忠告です。


(エド、浮浪者に答えず、地下のバーに続く鉄の扉を粗雑に音を立ててあける。階段に革靴の底の音が響く)


(長い階段を下り切り、山羊の意匠が施された重厚なドアを押し開ける。5坪ほどのごく狭い剥き出しのコンクリートの室内に、粗末がバーカウンターが境界線のように据えられている)


リリィ:おかえりなさい。


エド:こんばんは。

ここは、ベルベットで間違いないですか。


リリィ:ええ。

初めていらしたのね。

どなたかのご紹介。


エド:名も知らぬ敬虔(けいけん)な迷える子羊から。


リリィ:まあ誰かしら。

思い当たる方が多すぎて。


エド:地下室のベルベット、か。

ウォーホルでも飾ったらどうですか。


リリィ:残念だけどポップアートは趣味じゃないの。

さあ。こちらの席へどうぞ。


(エド、リリィに促されカウンターの粗末な椅子に座る)


リリィ:何になさいますか。


エド:そうだな。

ビールをいただけますか。


リリィ:バドワイザーのボトルでよろしいかしら。


エド:ええ。

ボトルド・ビアは衛生的でいい。

バド・ライトなら、なお体にいい。


(リリィ、小さく笑って栓を抜いたボトルをカウンターに置く)


リリィ:健康意識がお高いのね。

どうぞ。


ビールだけじゃ口が寂しいでしょう。

胡椒の効いたペパロニでも切りしょうか。


エド:医者から高脂質の食品を制限されています。

それに、サラミは食塩と食品添加物と保存料の塊ですから。


リリィ:ならこちらをどうぞ。

食塩・添加物・保存料不使用のオーガニックですよ。

残念ながら、グルテン・フリーではありませんけれど。


(リリィ、小皿にクラッカーを乗せてカウンターに供する)


(エド、ごくありふれたクラッカーを物珍しそうにつまみあげ、音を立てて咀嚼する)


リリィ:クラッカーがそんなに珍しいですか。


エド:このクラッカー、しけっていますね。


リリィ:申し訳ございません。

地下にあるバーなもので。

空調は、どうしても。


(エド、ボトルビールでパサついたクラッカーを流し込む)


エド:ビールも生ぬるいですね。


リリィ:申し訳ございません。

ただ、あまり冷たいものは体に障りますわ。


エド:この店にはネオンサインどころか立て看板の一つもありませんね。


リリィ:申し訳ございません。

当店のお客様は運命に連れてきていただくシステムですの。


エド:これらを総合的に判断して言えることがあります。

この店には客を迎えようという意思が感じられません。


リリィ:気分を害してしまったらごめんなさい。

もしかして今日、何か嫌なことでもありましたか。


(エド、シャツの胸ポケットに飲ませたカードホルダーを取り出し、リリィへと向ける)


エド:ご挨拶が遅れました。

麻薬取締局特別捜査官のエドワード・コリンズです。

マシュー・モローについて知っていることを全てお話しください。


リリィ:マシュー……マシュー。


エド:マシュー・モロー。

通称マット……ここで彼がなんと名乗っていたまでかは知りませんが。

34歳男性フランス系アメリカ人。

アメリカ麻薬取締局の職員です。

彼はしばしばここに来ていましたね。


リリィ:いくらご同僚でも、個人のプライバシーには配慮すべきではありませんか。


エド:私たちには捜査権があります。


リリィ:アメリカはもう自由の国では無くなったのですか。


エド:大きな無数の目に見られているだけです。

国民に自由が保障されている事にはなんら変わりありません。


リリィ:そう。

なんだか息が詰まりますね。

彼のことをお話しする前に、タバコを吸っても。


エド:どうぞ。


リリィ:健康を気にされているのに、ごめんなさいね。


(リリィ、タバコに火をつけてゆっくりと一服する)


エド:お名前を伺っても。


リリィ:私はリリィ。

リリィメリー。


エド:リリィメリー。

陽気なリリィ。


リリィ:そう。

人生にはいつでも笑みを。

ああ、あなたに捜査権があるのは分かりましたけど、年齢は聞かないでくださいね。


エド:身分証明書をお見せいただけますか。


リリィ:身分証。

そんな面倒なもの、一つたりとも持っていませんわ。


エド:リリィ。

私には逮捕権もあります。


リリィ:何の罪で逮捕されるのかしら。

クラッカーがしけっていた罪。

それともバドワイザーがぬるかった罪。


エド:第二級公務執行妨害罪です。


リリィ:少し落ち着きましょうよ。

私はまだ、彼のことを何も話していないわ。

何も。


エド:タバコが燃え尽きる前にお話頂きたい。


リリィ:……彼はよくここに来てたわ。

ぬるいバドワイザーではなく、カクテルを飲んでいた。


エド:彼は何を飲んでいましたか。


リリィ:ブラック・ベルベット。

ご存知かしら。


エド:スタウトビールとシャンパンのカクテルですね。


リリィ:よくご存知で。

でも、この店にはスタウトはなくて、ぬるいバドワイザーしかありませんの。


エド:薄いビールとシャンパンか。

同じような色合いですね。


リリィ:色味は似ていても中身は違いますわ。

お作りしますから召し上がってみてください。


エド:ええ。

リリィメリー、あなたの本名も年齢も、もう聞きません。

代わりに教えください。


リリィ:なにかしら。


エド:あなたとマットの関係は。


(リリィ、ビルドしたカクテルをエドの前に置く)


リリィ:店主と、お客様です。


(エド、カクテルグラスを一息に飲み干す)


エド:ご馳走様でした。

また伺います。


リリィ:おやすみなさい。

良い夜を。


(サブウェイのベルがなり、ドアの開閉音と無数の足音に囲まれて、エドはDEAのオフィスへ吸い込まれていく)


エド:すまない、遅くなった。


メグ:おはようございますコリンズ次長。

ダーク部長がお待ちですよ。

もう、かれこれ1時間ほど。


(エド、デスクの上でアタッシェケースを乱雑に開き、必要な書類を探す)


エド:君の引き止め工作に感謝する。


メグ:お気になさらず。

次長の補佐は私の仕事ですから。


エド:仕事熱心だな。

誰だって、いいポストが欲しいものな。


メグ:コリンズ次長、体調が優れませんか。


エド:そう見えるか。


メグ:ええ。


エド:なら戻ったらコーヒーを淹れてくれ。

エスプレッソくらい濃いのを頼む。


メグ:集中力の欠如、落ち着きのなさ、多動。

お言葉ですが、カフェインを控えられてはどうですか。

ひどい頭痛も少しはマシになるかもしれませんよ。


エド:小言はよしてくれ。

片頭痛の方がずっとマシだ。

さっきからずっとサラが耳元で小言を言っているんだ。


メグ:サラ、とは。


エド:聞こえないのか。


メグ:ええ、何も。


エド:サラは何があっても自分の手を汚さず、自分の非を認めようとしない、スマートでクレバーな、僕の愛する妻だよ。


メグ:コリンズ次長。ここはオフィスです。あなたの家ではありません。


エド:君も僕が邪魔なんだろう、あの女みたいに!


メグ:落ち着いてください。


エド:もういいから黙れ!


(場面転換、エドの短い叫びと共に眼前には上司であるドナルドが座す)


ドナルド:黙れ、か。

だがさっきから一方的に喋っているのは君だよ、コリンズ君。


エド:……部長。

申し訳ございません。取り乱しました。


ドナルド:気にするな。

今、家の方が大変なんだってな。

それで、例の件は何か掴めたか。


エド:いえ何も。

GPSと街の防犯カメラから割り出して例の店を探しましたが、それらしき場所は見つかりませんでした。


ドナルド:アメリカ麻薬取締局特別捜査官マシュー・モローは姿を消した。

新聞の一面を飾れるくらいの多量の違法薬物と共に、だ。

この意味がわかるかね。


エド:ええ。


ドナルド:我々は輝かしい業績を取り逃しただけではない。

局の面目を完膚なきまでに潰しかねない火種をどこかに落としたということだ。


エド:ええ。


ドナルド:彼と君は同期だったね。

当局の誰もが、次のチーフのポストには彼か君が座るのが適任だと考えていた。

ライバルの失脚が嬉しいか。


エド:いいえ。


ドナルド:同期のライバルだけでなく、君が座るはずだった革張りの椅子ごと失われかけていることを、君は理解しているか。

エドワード・コリンズ。


エド:承知しております。


ドナルド:君に課せられたオーダーは二つだ。

モローを探せ。

納得できる成果を持ってこい。


エド:イエス、サー。


ドナルド:火種を消し損ねれば彼の罪は君に及び当局にまで燃え移る。

わかったなら調査に戻れ。


(場面転換、その晩エドは再びベルベットのドアを開ける)


リリィ:おかえりなさい。


エド:こんばんは。


リリィ:昨日はよく眠れましたか。


エド:今の仕事を罷免されたら睡眠薬のソムリエになろうと思っています。


リリィ:まあ。

国民の10%が不眠症だって言いますから、いい転職先かもしれませんね。


エド:この店は国税庁にもカントリーオフィスにも登録がありませんでした。


リリィ:そうでしたか。


エド:リリィメリー。

私はあなたを疑っています。

あなたが、マシュー・モローの失踪に絡んでいると。


リリィ:存じ上げませんわ。


エド:あるいはあなたが、マシュー・モローと手を組んで、違法薬物を不法に入手していると。


リリィ:アルコールだけで十分、夢は見れますもの。


エド:私たちは結論を急いでいる。

今夜、確信的な話が聞けないのなら、私はあなたを逮捕します。


リリィ:確信的な話だなんて。

そんな話、こんな湿気っぽい地下室にあるわけないじゃありませんか。


エド:マットはどこにいる。


リリィ:きっとどこかで、ベルベットの毛布にくるまっているんじゃないかしら。


エド:出来の悪いピロートークのような話はもう結構だ。


リリィ:確信的な話を拒否しているのはあなたの方ですよ。

どうしてあなたは、こんなネオンサインも看板もない、埃っぽい店の名前を知っているんです。


エド:それは。


リリィ:どうしてあなたは上司に嘘をついてまで今夜も一人でここに来たんです。

エドワード。

嘘をつくことが全ていけないことではありません。

ただし、偽証してはならない。

こと、隣人に関しては。

あなたは彼を探してなんかいません。

あなたはただ、ベルベットの毛布で眠りたいだけ。


エド:違う。


リリィ:彼からあなた宛に、預かっているものがあります。


(リリィ、カウンターの上に紙包をそっと置く)


(エド、許可を待たずに紙包を気早に暴く)


エド:デリンジャーピストル。

マットが、彼がこれを私に。


リリィ:酔い覚ましに、と。


(突如として騒々しくベルベットの扉が開かれる。エドが振り返る。数名の局員を率いたメグが暗い顔でこちらを見ている)


メグ:エドワード・コリンズ。

違法薬物の所持と使用、およびマシュー・モロー殺害の容疑であなたを逮捕します。

速やかに両手を上げ、壁に顔と腹部を押し当ててください。


エド:メグ。

なぜ君がここに。


メグ:次長。

残念です。


エド:君が逮捕するのは私じゃない。

この女だ。


メグ:ここにはあなた以外誰もいません。


エド:何を言っている。

このバーの店主の……


メグ:バーではありません。

雑居ビルの備蓄倉庫です。

あるのは、長机(ながづくえ)一つと、

あなたが横領したドラッグだけ。


エド:落ち着いて聞いてくれ。

君は誤解している。

僕は国籍や肌の色で君の評価を下げたりしない。

僕を蹴り落として君が望むポストに就こうとしても構わない。

だから銃を下ろしてくれ。


メグ:あなたの差別的な発言は聞かなかったことにします。

速やかに壁に顔と手をついてください。

もし指示と異なる動きをすれば、発砲します。


エド:どうも、悪い夢を見ている。

僕も、君も、目を覚ます必要がある。


メグ:これは夢ではありません。

あなたが使用した薬物の中毒症状です。


エド:マット。

酔い覚ましを貰うよ。


メグ:銃から手を離しなさい!


エド:大丈夫だ。何も問題ない。


メグ:無駄な抵抗はやめなさい。

そのピストルの射程距離は1メートルもありません。


エド:頭痛との距離は0センチだ。


メグ:エドワード・コリンズ、銃を捨てなさい!


エド:大丈夫だ。何も問題はない。何も。


(銃声)


浮浪者:欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。


(クラクション、若い男女の騒ぐ声、歪んだギターの音と共にカーテンコール)

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