きのこが侵食する

初霜遠歌

序章 追放

「マルシュ、お前を『リベレーション』から追放する」


 パーティーメンバー三人に呼び出されたカフェで。

 到着するなり、リーダーのテッド・フエーテからそう言い渡された。

 辺りがしんとした静寂に包まれる。

 マルシュ・ムールは立ったまま、三人の嘲笑を受け止めた。


「……テッド、それはここでする話じゃない。場所を変えよう」

「何だ、恥ずかしいのか? マルシュ」


 コーヒーを飲んでからニタリとわらうテッド。茶髪の奥の黄色い瞳が、蔑みの光を宿していた。


「そうじゃないよ。ここはカフェだ。周りの人の迷惑になる」


 マルシュは眉をひそめた。

 チラチラと、周囲からこちらを伺う視線を感じる。

 現在時刻は午後二時。みな昼下がりの休憩時間だったはずだ。

 こんな場面を見せられたら気分は良くないだろう。


「おいおい、みっともないぞマルシュ。自分の恥を隠すために他人を言い訳に使うなよ」

「ほんと、十七歳にもなって情けないったらないわ」


 テッドに身を寄せる緑髪ポニーテールの少女、ネリー・メリースがあからさまな嘲りを口にする。


「ここは狩人ギルド直営のカフェよ。周りにいる人たちは、みんな私たちの事を知ってるの。もちろん、君が『リベレーション』のお荷物だって事もね」

「だったら、どうしてこのタイミングでの追放なんだ?」


 彼らとパーティーを組んでから、もう一年になるのに。

 問いかけると、テッドが大袈裟に肩をすくめた。


「やれやれ、そんな事も分からねえのかよ。お前は本当に馬鹿だな」

「本当に、呆れてしまいますね……」


 テッドの左側に座っていたルシール・パエラが大きなため息をついた。

 彼女の赤い長髪がさらりと揺れる。


「マルシュ……あなたにチャンスを与えていたのですよ。少しはまともに戦えるようになるか否か」

「そうだぜ。なのに結果はどうだ? おいマルシュ、魔法を使ってみろよ」


 再び口元を歪めたテッドに命じられた。

 

(……従うしかないか)


 マルシュは手のひらを上にして右腕を伸ばした。

 そのまま魔法を発動すると、




 ——ポンッ、と手の上に『きのこ』が出現した。




 太い柄とまん丸で赤い傘。

 しかも、その傘には白い斑点が三つあり、何だか顔のようにも見える。

 テッドが蔑む視線を強めた。


「馬鹿でも分かるように説明してやるよ。お前は今でもその『きのこ魔法』しか使えない。そんなゴミは、このエデルヴェスの街最強のパーティーにはいらないんだよ」

「マルシュ……正直なところ、私はあなたがここまで無能だとは思っていませんでした」


 ルシールから冷たい視線が向けられる。

 テッドが優雅な動作でコーヒーを一口飲んだ。


「ま、そういうわけだ。理解できたか?」

「だけど、魔法が使えない状況におちいったら?」


 マルシュは反論しながら、『きのこ』を片手でお手玉のようにポンポン投げた。


「以前、魔獣の群れの真ん中で魔法を封じられたときは、俺がいたから生還できたんじゃないか。あれは、魔法を使えないなりに俺が十年以上修行を続けていた結果だ」

「ああ!?」


 テッドが急激に不機嫌な顔になり、コーヒーカップを乱暴に置く。


「あれはあの場所に魔王の遺物がまつられてたからだ! ただのイレギュラーだろうが!」


 テッドが大声でぶちギレた。

 マルシュは右手でお手玉を続けながら、その怒声を受け止める。


「調子に乗んじゃねえぞ! 普段は俺の足元にも及ばない雑魚がよ! 『戦力強化』が使えねえ状況なんざ、もう二度と起きるはずがねえだろうが!」

「テッド、もうほっとこうよ。馬鹿には何を言っても時間の無駄よ」


 ネリーがテッドの肩に手をかける。

 テッドはそれだけで機嫌を直し、ネリーの頭を撫でた。


「悪い悪い。そうだな。こんな無能とは違って、俺たちの時間は貴重だもんな」


 それから彼は、また嘲る視線をこちらに向けてきた。


「マルシュ、お前みたいなゴミの相手は終わりだ。とっとと消え失せろ。ただし、金と装備は置いて——」

「あっ……」


 お手玉失敗。キャッチし損ねた。

 右手で弾かれた『きのこ』が放物線を描き——ポチャン、とテッドのコーヒーに墜落した。

 顔のような模様の傘を上にして、ぷかぷか浮かんでいる『きのこ』。

 ちょうど「両目」に当たる点からコーヒーが垂れていて、何だか泣いているようにも見えた。


「……………………」

「……………………」


 沈黙。


「…………ごめん、テッド。マジでごめん」


 居た堪れない空気の中、マルシュは真面目な声で謝罪した。


「……………………」


 テッドは俯いたまま、肩を震わせていた。ネリーとルシールも同様である。

 謝罪はしたが、それ以上はこちらから話しかけられない。マルシュはテッドが何かを言うのを待つ。

 そのとき、


「……毒きのコーヒーだ」


 ボソッと、誰かが呟いたのが聞こえた。

 しん——と一瞬の静寂があり。

 次の瞬間、周囲にクスクスと笑い声が広がった。

 流石にムッとして、マルシュは呟きが聞こえた方に顔を向けた。


「この『きのこ』はこんな見た目ですが、毒はありません。ただ、煮ても焼いても不味すぎて人体が受け付けないだけです」

「それって、やっぱり毒きのこなんじゃないのか?」


 あろう事か、更なる冒涜ぼうとくが返ってきた。

 マルシュはますます顔をしかめる。


「違います。確かに味覚は毒物を予測するセンサーとも言われますが、この『きのこ』は苦いだけで、食べても身体に害は——」


 ——バンッ! と大きな音に耳を貫かれた。

 ビクッと周りの人々が飛び上がる。

 マルシュは特に動じず、視線をパーティーメンバーに戻した。

 拳をテーブルに叩きつけたテッドが、立ち上がってこちらを睨んでいた。


「お前……俺をおちょくってんのか!?」

「いや、そんなつもりは」

「ふざけんじゃねえ! 殺すぞ!」


 怒号と共に拳が眼前に迫る。衝撃がマルシュの頭を突き抜けた。

 激痛が走り、視界が暗転する。




 ——『あはは、殺したわね。守ると誓ったはずの少女を』




(……っ!?)


 頭の中で女性の笑い声が反響し、マルシュは心臓が止まったような錯覚を覚えた。


(何だ、今のは……!?)


 ドン、と背中に衝撃が走り、息が詰まった。

 マルシュはハッと目を見開く。霞む視界に映るのは、カフェの天井。

 どうやら、自分は吹っ飛んで仰向けに倒れたらしい。

 コツ、コツと足音が聞こえる。

 視線を向けると、テッドが憤りをあらわに近付いてきていた。


「ゴミが調子に乗りやがって! ぶっ殺してやる!」


 再び顔面に拳が直撃し、マルシュの意識は途切れた。

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