第61話 カット夢想

『一旦カット』


 それは、ルダンが魔女達に、スラを助けるように命じられた直後であった。


 ほんの僅かな瞬きの後、景色が全く以って切り替わったようでもあったし、まるで最初からそうでもあったような気もする。


 ――否! そんなこと、あってたまるか!


 ルダンは目の前の景色を否定した。


「な、なんだこれは!」ルダンは思わず叫ぶ。


『——』


 驚くべきは、その精一杯の叫びが全く以って『響かない』こと。とはいえ、彼女の目の前に広がる光景に比べたら、そんなものは些事である。


 目の前に、白銀のドラゴンが大きな口を開けて火炎を噴き、それを今まさに浴びようとしている〈ルダン・バルルウ〉がいる。


 そして、周囲はさっきまでいたどこぞの森の中でなかではなく、魔女もおらず、いつの日かの集合団地、そのスーパーマーケットの前である。


 なぜか両手両足の縄もなく、ルダンは恐る恐る、ドラゴンに向かって剣を突き立てようとする、あまりにも無力な〈ルダン・バルルウ〉に近づいた。


『それ、あんまり触んないでくださいねー』


 その瞬間、ルダンは振り向き脇を固めて拳を構えた。そこに、見慣れぬ女がいた。真っ白な服を、否、布を纏った女。歳は大して変わらない気もしたが、大人びているようでもあったし、遥かに年下の、知恵も何もない子供のような屈託の無さも持っている。


『なんか失礼なこと考えてるな』


「お前は誰だ。これはなんだ」


 女の言葉に、棘をもってルダンは訊ねた。女は口を窄めてしばし思案し、


『しいて言うなら、プロデューサー、いや、やっぱスポンサーかな? 色々出してるからね』と答えた。


「ぷろでゅーさー? すぽんさー?」


『まあいいの。こっちの話。あなたにわかりやすく言うと、こういうことをする人』


〈没。却下〉


 途端、目の前の景色、あのドラゴンも住宅も、動かぬ〈ルダン・バルルウ〉も、その全てが消え失せて、真っ白な空間に二人は残った。おかげで真っ白な服を纏った女の姿はほとんど見えない。


「な、これは、まじない……幻覚か?」


『似たようなものだけどちょっと違う。それよりさ、確かに出会いが刺激的過ぎたのはわかるけど、ちょっと落ち着いていろんなことを考えてみない?』


 女はそう言って、ルダンの足元を指した。何かと思えば、椅子がある。しかも、革張りで見た目だけで綿がたっぷり入ったものとわかる。脚は金属でできているが、その表面は鋭く砥がれた剣よりも眩く、鏡のように磨かれていた。こんな品は王国でも見たことがない。少し躊躇われたが、結局ルダンはそれに腰かけ、しばし思案し、そして合点がいく。


「あ! お前の声は聞いたことがある!」


『やっとか!』


 女は嬉しそうに手を叩いて喜んだ。


「そういえば、ジゴーが怪獣に成るときに聞くような……」


『そうそう、あれ、わたし!』


「……どういうことだ?」


 一難去ってまた一難。扉の向こうはまた扉。ルダンは対手の顔を凝視した。今度こそわからない。


「お前が、ジゴーを手助けしているのか?」


『賢い! すてきな女神さまポイントを進呈します』


「女神……?」


『そうそう。そんな感じ。わたし偉いので』


 ふん、と鼻息荒く女はいい、ルダンは疑いの目をじっと送る。


『信じてないな』


「いや……信じられないのはそうなんだが、目の前の出来事が、わたしの夢でないなら、もう信じるしかない」


 ルダンの額には脂汗が浮かんでいた。この現象を飲み込み、かつ、目の前に極めて希少な存在がいることが事実だとすれば、どう対応するのが適切なのか。完全に判断にあぐねていた。スラであれば、ここぞとばかりに女神を懐柔しようとするに違いないのだが(夢であれば差し引きゼロ、事実であれば儲けである)、そんな知恵はルダンにはなかった。


『賢い! すてきな女神さまポイント、略してステマポイントを進呈します』


「さっきから何なんだそれは」


『気分。それでね、あなたには三つの助言を差し上げます。頑張って実行してね』


「なんだと」


『一つは、この後あなたは、オークに引き渡される姫を助けるために、大立ち回りをする必要があります。大剣をぶん投げるなら、オークの顎を狙って投げて、脳みそ揺らしてフラフラにした後に、お姫様を助けなさい』


「待ってくれ、覚えられ……」


『直前でもアナウンスしてあげるから安心して』


「親切ですね」ルダンは思わず畏まった。その態度に〈女神〉は満足そうに微笑んだ。


『そしてもう一つ、魔界では、その剣より小さい板に乗って滑る競技が流行っています。すけーとぼーどっていうんだけけど、あなたの剣はそれに似てるから頑張って。参考映像はこちら』


 気づくと周囲は雪山になっていた。しかもかなりの急斜面に立っている。ルダンは慌てて体勢を立て直そうとしたが、そのとき彼女の脇を、駆け抜けるより早く何かが通った。通常の人間では一瞬の出来事で理解もできないだろうが、ルダンの騎士としての動体視力が、それを、高速で移動するオークと捉えた。


「なっ……」


『見るのは足元。板に乗ってるでしょ。あんな感じでレッツライドしてね』


「ここは雪だぞ」


『あの山だって、油だらけ煤だらけでよく滑るから案外いけるよ』


「そうなのか」


『ちなみに今お見せしているのはすのーぼーど。すけぼーとは別だよ』


「じゃあなんですけぼーを見せないんだ」


『……面倒臭くって。ハイ次!』


 ぱん、と〈女神〉は手を打った。すると景色が切り替わる。それは、再びドラゴンと〈ルダン・バルルウ〉が向き合う〈シーン〉だった。


 実は自分じゃない別人ではないか、などとも考えたが、どうもそうではない。どう見ても自分である。だが、こんな出来事あっただろうか。確かに白銀のドラゴンと向き合った覚えはある。その上に乗っているオークも見たことがある。記憶の通りだ。しかし、ドラゴンに炎を吹かれた覚えはない。否、ある? ルダンは眉間に皺を寄せた。


「待て、待ってくれ。これ、知ってる……?」


『いいね、やっと気づいた』


「わたしは、ドラゴンに炎を吹かれたことがあるのか?」


『正解! ステマポイント!』


「じゃあなんで生きている」


 一難去ってまた一難。扉の向こうはまた扉。ルダンは対手の顔を凝視した。今度こそわからない。この記憶は、有るようで無い。


 ——否。


「ウトトの魔術、記憶……?」


『うーん、惜しいんだけど……もういっか、正解!』


〈女神〉は手を打つ。すると、目の前の光景が次々に増え増え増え増え、しかも微細に重なり合って、まるで眩暈でも起きたかのような嫌な見た目に切り替わる。


だが、重ね合わさっている〈ルダン・バルルウ〉がそれぞれ微細に姿勢を変えていて、まるで一つ一つの動きを切り取ったかのようになっていることに気付いたとき、それぞれの微細に動きが違うそれらは、一枚一枚の紙に描きつけられた絵画の様になり、そのまま連なって、薄い巻物にまとめられ、〈女神〉の掌中に収まった。ルダンは自身に起きた現象に置いて行かれて、呆然と〈女神〉の手の中にある、円盤に視線を注ぐ。


『これは、わかりやすく言うと〈フィルム〉かな。わたしは神様なので、こうやって、あなたがドラゴンの炎で焼かれた瞬間を〈カット〉して、無かったことにできます』

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