第50話 スラとセブ

「つまり、ジゴーは本来、わたし達魔女の一団とともに旅をし、とある渓谷でオークの集団に襲われて死ぬ定めにありました。ところが、彼は例の『怪獣になる力』を使い、その予知を破壊して生き残り、あまつさえわたし達の命すら救いました。そのあと、ウトトともに離脱して、魔界中を破壊して回っています」


 セブは、ジゴーについての話をそう総括した。それを、スラは黙って聞いていた。日は既に暮れ始めており、ほかの魔女達はすでに寝床の準備を始めていた。だが、セブだけはスラの隣に座り、じっと地面を見ていた。


「これでわかったでしょう。彼にはわたし達の予知が通用しない。彼が生きている限り、わたし達魔女に、真の安寧は訪れないのです」


「あなた達の安寧とは……」


「予知の通りに死ぬことです。ですが、それをいともたやすく『あれ』は破壊する。わたし達魔女は千年以上昔から、予知の通りに生き、そして死んでいったのです。なのに……」


 セブはずっと、地面を睨みつけたまま。スラはふう、と息を吐いた。


「ジゴーは、大きな工場を破壊することを目論んでいます。そもそもジゴーは、この魔族が作った社会を間違いだと考えています。この社会が向かう先がすべて無意味であり虚無であることを嘆き、そのために力を振るっているようです」


「工場か。この辺りで一番大きいのはもっと西にある」


「はい。そこで間違いないでしょう。オークの大きな家がたくさんあるところ、そこを壊したときにジゴーは工場を見つけたようです。あのあたりから、二日以上歩いた先にあるはずです」


「そうだな。これで約は果たした。それでいいな」


「はい。勿論です。ですが、その、不躾で申し訳ないのですが、なぜわたしにジゴーの行く先を訊ねたのですか」


「予知があるから、そんなものは不要だと?」


「はい。〈オド〉を使ったのも、予知のためでしょう。ジゴーはきっと生きていますが、最低でも場所は合っていました。そんなあなた達が、何故わたしの口からジゴーの居所を訊ねたのでしょう」


「……これからわたし達は、お前をオークの国に売る。ドラゴンの巣がここからさらに南にある。それに誘き出されて、ジゴーとウトトがやってくる」


「あの二人が、わたしを助けに来ると?」


 セブは黙って頷いた。


「予知の通りなら、彼らはその道中に何度もオークの襲撃に遭い、死ぬはずです」


 とはいえ、彼女は深くため息をつく。


「ですが、そんなことにはならないでしょう。わたし達の予知には怪獣の現出が入らないのです。同様に、怪獣が絡めば予知は無意味です。それより大事なのは、何故そうなるか、なのです。ジゴーが明確に向上を破壊する意図があるなら、恐ろしいことに、それは予知以上に精度の高い未来なのです」


そう語るセブの手元がわずかに震えている。スラはなぜかそれを、恐ろしいと思った。


「そんなことが……」


「あなたの言葉が正しければ、やはり予知は正しく機能している。安心しました」


 自然とセブは自分の肩を抱いていた。スラはそんな彼女の様子をじっと見つめる。


「予知が外れること、それがそんなに恐ろしいのですか。〈オド〉を使う指示をあなた達が出せたこと、それからオークへ私を引き渡すということは、あなた達はオークに付き従っている様子。それも、本当の予知の通り、オークに殺してもらうためですか。そんなに予知が外れることが恐ろしいのですか」


 スラがその問いを口にした瞬間、彼女の胸倉をセブが掴んだ。


「これだからお前達は!」


「予知で理解していても、実際に言われると気が立つのですか。それとも、予知とは限定的で、わたしの発言までは見ていなかったのか。どちらでしょう」


「もういい。いいか、もう明日の朝には、お前をオークに引き渡す。竜騎兵の部隊だ。そいつらはわたしよりも、もっと気が短いぞ。覚えておくといい」


 セブはそう言って、スラを突き放した。泥の中をスラは転がる。スラはゆっくりと身を起こした。セブは既に彼女から視線を離し、テントに戻ろうとしていた。


「そうですか。でも……」


 スラは空を見上げた。相変わらず暗雲がそれらを占めている。


「あの二人がわたしのもとに来てくれるなら、わたしはそれを、少し嬉しく思います」

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