第41話 スラと魔女

 スラバドラ・マルカ・イヴァントは、オークの家から盗んできたクッションの上で目覚めた。最初は乗り気ではなかった野宿にも随分慣れた。そんな、ある朝のような目覚めだった。


 現に、目の前にはやけに目を引く橙色の外套が見える。一つ、二つ、三つ……そこでやっと彼女は、自分が危機に晒されていることに気付いた。


『その背後には魔女がいることです』


 今、スラに背を向けているのが魔女の一団なのだろう。ウトトの仲間、同属。だが、ウトトの言によればどうも仲違いしている様子。その危険から、自分を遠ざけるためにウトトはわざわざ、杖まで手放してルダンと自分を逃がしたのだ。


 すると、気になるのは自分の状況であった。ウトトにとって、王家は一族の仇だという。だとするならば、すでに自分の首は断ち切られていて当然だった。自分はイヴァント王国の王族を示す青い外套を着たままである。強いて言うならの戒めとして、両手両足が縛られてはいるが、それで魔女が満足するというのは妄想が過ぎる。


「起きたな」


 思案の最中、急に声を掛けられ、スラは思わず全身で飛び上がった。


「……はい。つい先ほど。この度は丁寧にご対応いただいたようで、感謝いたします」


 つらつらと言葉を連ねる。相手の顔は暗くてよくわからないが、声質から女とわかる。


「これが、王家の三女か。口が減らないところは父親譲りか」


「父が、なにか」


「帝国相手にも退くことなく、大口を叩く豪胆さ。なりふり構わず息子娘を質に入れる狂った精神性。そういうところだ」


「別に、当たり前のことです。王族に限りません。父だけではありませんよ」


 スラはきっぱりと言い返した。すると、相手はため息をついて、スラの顔を覗き込むように身を屈めた。


「本当に口が減らないな。もういい。わたし達は、お前達とは違う。これ以上の問答は不要だ」


 相手は首を振り、スラの隣に腰かけた。


「手足を自由にしてはいただけませんか。逃げはしませんから。どうせ、どんなに逃げてもあなた達のまじないですぐに捕まってしまうでしょう。いえ、それ以前に、わたしは貴女たちの傍でないと、汚染で死ぬはずです。それが、何よりの拘束になりませんか」


「確かにそうだ。だが、お前をこうしておくことに意味がある」


「何故でしょう。教えていただけませんか」


「わたしの気が晴れる」意地が悪い。スラは内心唇を噛んだ。


「お前、同行していた女のことは気にならないのか」


「彼女は、わたしよりも遥かに強い女性です。この程度、心配に値しません。わたしが縛られていることに心を痛め、あなた達の思い通りになるような女ではないのです」


 スラの言葉に、相手はしばし黙った。そして、急にスラの背後に手を回した。


「本当にお前達はつまらない。いいだろう、お前は、自由にしてやってもいい」


 案外あっさりと縄が解かれた。手足が自由になり、スラはゆっくりと立ち上がった。痺れもなく、疲労感などを除けば今すぐにでも走って逃げられる。だが、当然そんなことはしない。


「ウトトが、お前にきちんと魔界の歩き方を教えているのには驚いた」


 スラの態度を見て、相手は感心したように言う。スラは改めて、自分の一挙手一投足がウトトやジゴーへつながることを意識した。


 そうして、スラは自信を取り巻く環境へ目を配った。目の前の女は三十代ぐらいだろう。


「わたしの名前はセブ。ウトトの叔母に当たる」相手はそう名乗った。


「わたしは、スラバドラ・マルカ・イヴァント。イヴァント王国の第三王女です。ウトトにはお世話になりました。では、わたしのこれからの処遇についてお伺いしたいです」


 ウトトの言葉に、セブは眉一つ動かさない。ほかに周囲にいる魔女の数は三人だが、焚火か何かを囲んで動かない。


「本来であれば、わたし達が知りたいことは、すぐに知れる。お前の従者を殺すと脅すか、お前自身に苦痛を与えればいい」


「ですが、それをあなた達はしない。否、できない。何故ならば、そのやり方はあまりにも王族的だからです」


 スラの言葉に、対手は眉一つ動かさず、ただじっとスラを見つめた。


「その通り。だから、わたし達はお前に、あくまで公正に取引をする。お前の欲しいものと引き換えに、わたし達も欲しいものを要求する。交換だ」


「いいでしょう。さあ、欲しいものをいいなさい」


 スラはそう言って、クッションの上の腰掛、堂々とセブを見上げた。あたりは森の中、地面は剥き出しの泥。クッションは汚れ、その上の少女といえば齢十にも満たない。それなのに、その威容と不遜な言葉遣いが、セブに迫った。


「ジゴー・エルギーのこれから向かう場所」


「では、わたしからは、ジゴー・エルギーについて、あなた達の知っていること全て。それで釣り合いましょう」


「それでいいのか」


「勿論です。ジゴーは、いえ、怪獣のことは、わたしの何よりの関心です」スラは毅然と言い切った。その言葉にセブは頷き、スラに向き合うように座ったまま姿勢を変えた。


「わかった。ならば、語ろう。われらとジゴー・エルギーの因縁、そして、いかにして怪獣を殺さねばならぬのか。その理由を」

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