第39話 栄華の邪光『原子力爆弾』

 ウトトの、送って入って差し上げる、という言葉に、スラは詰まった。ただ、四人の中でただ一人、ルダンだけが暗雲の向こうに、きら、と輝きを認めた。


「何か光った。ドラゴンか?」


 ルダンの危惧はもっともだった。この状態でドラゴンに襲われれば一溜りもない。否、怪獣という手段以外に、ドラゴンの襲撃を回避する手段など人間は持ち合わせてはいない。


 ウトトもジゴーも、彼女の言葉に促されるように空を見上げた。そうして、ジゴーは素早く、懐から例の〈カチンコ〉を取り出した。


 それの板部分は真黒だったが、見ている間になんと、その表面に文字らしきものが殴り書きされていく。なんとなく、依然見た時の文字よりも焦りが見えるとスラは思った。


「やらないとどうしようもないらしいな」


 どうやら慣れた様子でジゴーはそう言う。


「ジゴー、あれは……」


「ドラゴンじゃない。すぐに離れろ」


 その言葉を聞くと、ウトトは素早くジゴーから離れ、スラとルダンのもとに走った。そして、杖をルダンへ押し付けた。


「ここでお別れです。あなた達は真っ直ぐ北へ。この杖を持っていれば、数日は空気も持つでしょう。運が良ければ、汚染物質に喉を食い破られる前に国に帰れます」


「なぜですか、ウトト。急にそんな……」スラが困惑をそのまま口にする。


「彼らは、三度目の〈オド〉を使いました。あれはドラゴンではありません」


「また、あの恐ろしい破壊を?」スラの脳裏に浮かんだのは、あの分厚い暗雲と汚染された黒い煙すら押しのけて、青空を呼び込む恐ろしい力だった。


「怪獣が現れた以上、もうこの土地に利用方法はありませんから。それより問題なのは、あれがわたし達に向けられていること、そしてきっと、その背後には魔女がいることです。だから、狙いはわたしですよ」


「ウトトを?」


「魔女は、過去だけでなく未来も見えます。予知です。わたし達を正確に狙う攻撃、即ち予知の通りに、運命に準えて、まるで死人の様に力を行使するのです」


 その言葉に、スラは違和感を持った。


「どうしたのですかウトト。何か様子が……」


 すると、ウトトはやけに草臥れた笑いを浮かべた。


「お別れです、お姫様。ジゴーはあなたに言葉を託しました。わたしにとっての因縁はともかく、彼の意志を、わたしは尊重します。ジゴーは、色々と嫌われるようなことばかり言いますが、ああ見えて誰かを守ろうとして戦ってくれる、優しいところもあるんです」


 そういうが早いか、ウトトはスラの首筋に手を伸ばし、触れ、刻まれた真黒な呪いの茨に指を引っ掻けると、ずるり、と引き摺り出した。真黒な茨は、しばし宙を漂ったのち、光の粒となって天に登っていく。なんとなく、一瞬人影のようにも見えた。今のスラの首に、あの忌々しい文様はない。


「ウトト、お前……」ルダンはそれの意味するところ、即ち呪いを解いたところに驚きの声を上げる。


「私怨はあります。本当はもっといじめてから殺したかったです。そのためにあなたを此処までお誘いしたのに。わたしの背後にある歴史を含め、あなたをたっぷり苦しめたかったのですが、もうどうでもよくなったんです。さあ、急ぎなさい」


「あの、ウトトはどうするんですか、一緒に逃げないと……」


「わたしはジゴーとともに。わたしは、もとよりそういう運命です」


 そういって、なぜか嬉しそうにウトトは微笑むと、呆然と立ち尽くす姫の背中を押し、ルダンの目を見た。


「お姫様の騎士なのでしょう。早く連れないと、怪獣に巻き込まれて死にますよ」


「わかっている。姫、行きます」


「嫌です、ルダン。わたしはまだ……」


「国に帰り、知ったことを持ち帰る。姫の言ったことです。婚姻のこともあるでしょう。では、ウトト。ジゴーにもよろしくお伝えください」


 ルダンに躊躇いはなかった。彼女は素早く、そして力強く暴れる姫を抱えて山の中へ消えていく。ウトトはしばし、その背中を見送った。


「いいのか、ウトト」


 戻ってきた彼女へ、ジゴーは訊ねた。


「ええ。問題ありません。それより、参りました。ムヤナの民がわたしへ矛を向けるとは」


 これでは、どっちが裏切り者か、わかったものではありません、とウトトは言って、肩を竦めた。


「過去の記憶だけじゃなく、未来の記憶も持つ。だから、精度の高い爆撃ができる」


 忌々し気にジゴーは天空を見上げてそう言った。〈オド〉は真っ直ぐ、こちらに落ちてきている。この辺り一帯をとりあえず焼き払うのが目的ではないだろう。


「ですが、あなたがいれば問題はない。そうでしょう」


 そういって、ウトトはジゴーの右腕に抱き着いた。しかし、彼は表情一つ変えない。


「別に、おれの力じゃない。もう着弾する。迎撃が間に合わなくなるから、なるべく遠くへ離れろ」


 ジゴーに言われた通り、ウトトは数歩下がった。


「じゃあ、また、あとで」


「そうだな。また、あとで」


 ウトトの足音を背中に受けながら、いよいよ天空から迫る〈銀の箱〉に目を細める。そして、改めて〈カチンコ〉の表面に書かれた文字を黙読した。


 どれくらい静かに、そうして突っ立っていただろう。ウトトは十分離れたか。あの二人はもう大丈夫か。


 そして、息を吸う。そして、声を放つ。〈カチンコ〉 を構える。


「シーン三十一、栄華の邪光『原子力爆弾』特撃用意、アクション!」『シーン三十一、栄華の邪光『原子力爆弾』特撃用意、アックション!』


 ——カン!

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